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#111 一件落着?

 壁にくっつけていた背中を離して。俺は少し安心したと息を吐きつつ、音を立てないように廊下を歩いていく。


「これで、一件落着かな?」


 両の手を頭上で組み、ぐっと背を伸ばす。

 ゆっくりとリビングに向けて歩いていると、とってってってっ、と軽い足取りが近づいてくる。


「おや、涼香ちゃん。どうかしたの?」


「いや、あんまり褒められた趣味ではないと思うかなって。ここはたしかに裕太さんの家だけど」


「あはは。まあ、俺自身、盗み聞きは基本的にはするべき行為所ないと思ってるよ」


 ただ、今回は関わった人間として。顛末をきちんと最後まで見届けておきたかったから。……決して、そういう趣味があるとかそういうわけではない。断じて。

 俺はチラリと後ろを振り返り、先程まで自分がいたところへと視線を向ける。

 そこはちょうど、茉莉の部屋だった。

 そして現在、中には茉莉と絢香さんとがいる。


「気づいてたの? 茉莉が関わってるってこと」


「うーん、なんとなくそんな気がしていた、くらいかな?」


 違和感自体はいくつかあった。

 それは、涼香ちゃんたちと話していたときに気づいた、絢香さんの様子がおかしくなったタイミングの話。そのときに、ちょうど関わっていた人物が茉莉であった、とか。

 他にも、今日のデートに唯一食いついてきていたのか茉莉であり、帰ってきたときにも珍しく迎えに来ていなかったということとか。なんとなく、絢香さんが茉莉のことを避けているように思えた、とか。

 そしてなにより、茉莉が絢香さんのことを心配している様子が、ほとんどなかったということだ。


「最初は、茉莉が単純に気づいていないだけなのかなとも思ってたんだけどね。ただ、それにしては違和感で」


 なにせ、友達であり、同居人でもある、と。そう言うような茉莉なのだ。そういう性格をしている彼女が、俺でも気づくような絢香さんの機微に気づかない、ということが考えづらかった。

 そんなところから始まった違和感だったが。他にもいくつか可能性が見えてきて。もしかしたら、という考えがだんだんと膨らんできていた。


 ひとつふたつであればたまたま起こり得ることでも、それが更にと重なっていくと、それぞれ偶然のように見えても、まるで必然のように感ぜられてくる。


 ただ、どこまで行ってもそう思えるだけ、という程度であって。

 それくらいの確信度で動くには、どうにも俺の踏ん切りが足りなかった。


 茉莉にもしばしば言われるが、どうにもやはり、ヘタレらしい。


「だから、もしかしたら関わってるかもしれないな。くらいのイメージでいた。……まあ、こんなものいくらでも後出しできちゃうことだから、なんの信用もない言葉なんだけど」


 実は俺もそう思ってたんだよ、なんて。終わったあとからであればいくらでも言えるし、そんな言葉に信憑性など微塵もない。

 実際、俺はそう考えはしたものの。けれどそれじゃあ、自身の予想や考えに従ってなんらか動いたかというとそうではない。

 結局動いていないのであれば気づいていてもいなくても同じなので、実質的には気づいていないのと大差ないのかもしれない。


「意外。てっきり、気づいていないものだと思ってた」


「酷い言われようだな。まあ、事実として俺自身の勘が悪いということは以前身にしみて思ったんだけども」


 だからこそ、今回はいちおうではあるものの気づけておけてよかった、ともそう思えた。

 問題がきっちりと解決した。という、そこまでしっかりと見届けられたので。


「ちなみにふたりはどんな話をしていたの?」


「さあ? そこまではわかんなかったよ。ただ、なんとなくふたりの声色的に、解決したんだろうなってことはわかったけど」


 実際、ピッタリと耳を壁にくっつけて聞けば聞き取れたのかもしれないけれど。さすがにそこまでやってはいなかった。

 壁に背をつけて、軽く耳を部屋の内側へと傾けていた程度。なにを喋っていたのかという会話までは聞こえていなかった。


「とにもかくにも、問題が片付いたようで安心だよ」


「…………うん、それは、そう」


 どうしてだか、一瞬言葉を詰まらせてから、涼香ちゃんはそう答えた。

 なにか気になるところでもある? と、そう尋ねたのだか。しかし彼女は首を横に振るばかりだった。


「それならいいけど。……とりあえず、俺は美琴さんを駅まで送り届けてくるから」


 ひらひらっと手を軽く振りながら、涼香ちゃんとすれ違い、そのままリビングへと向かう。

 そんな俺の後方で、涼香ちゃんはポツリとつぶやいていた。


「うん。たしかに、今回の問題は全部解決した」


 俺がリビングに入るその直前。


「でも――」


 彼女がなにか言い残していたような気がしたのだが。俺の気のせいだったかもしれない。






 その日の晩。いつものように机に向かっていると。コンコンコン、とノックの音がした。


「開いてるよ、どうぞ」


 夜中なこともあり、静かにそう伝えると。キィッと扉が小さな音を立てて開く。

 イスの上で軽く身体をひねり、入り口に顔を向けると。そこには絢香さんが立っていた。

 もこもこの、かわいらしいパジャマを身に着けた彼女は。なにやら四角っぽいものを抱えつつ。

 暗さもあってハッキリと表情までは見えないが、どこか少し落ち着かないような様子で。


「あの、えっと……」


 と、まごついて少しアワアワとしていた。

 こんな様子を茉莉に見られたらまた勘違いされそうで面倒くさいな、と。少しそんなことを思った俺は、ひとまず彼女に中に入ってもらうように促す。

 机の照明以外は落としていたので、ひとまず部屋の明かりをつけて。

 座る場所……は、床はさすがによくないので、妥協案としてベッドに腰掛けておいてもらうことにした。


「それにしても、珍しいね? 絢香さんが夜中に訪ねてくるなんて」


「ああっ、えっと。……迷惑でしたか?」


「いいや、別に迷惑ではないよ。最近はもっぱら、この時間は作業してるから起きてたし」


 俺は机の上にあった紙を、ペラッと彼女に見せる。

 距離的な都合で絢香さんの場所からは、細かくなにが描かれているのかということまではわからないだろうが。しかし、そこに絵が描かれているということくらいならわかるだろう。


「それは、服のデザイン……ですか?」


「そう、だね。……そろそろ、約束の時期になるから、いい加減にデザインくらいは完成させないとなんだけど」


 どうにも、現在行き詰まっている、というのが現状だった。

 とはいえスランプというような状況ではなく、あれもいいな、これもいいなといろいろな案が浮かんできて、どうにも纏まらない、というような状況なのだけれども。


「見てみる?」


「いえ、実際に見るときの楽しみにしておきます」


 絢香さんはそう言うと、そっと首を横に振った。

 そっか。と、俺はそう返してから。それはさておき、話を元に戻す。

 絢香さんが、この時間に訪ねて来た要件だ。


「実は、そんな急を要するような話でもなかったんですけど。でも、今日中に伝えておきたいな、とも思いまして」


 絢香さんは、そう言うと、ニコッとこちらに笑いかけて。


「今日は、ありがとうございました。本当に、いろいろと」


「……ああ、俺も楽しかったよ。遊園地」


 なんと反応すればいいのかに困って、ちょっと適当にはぐらかしたような答え方をしてしまう。


「ふふっ、わかってて言ってますよね、裕太さん?」


 そうやって笑いかけてくる絢香さんの表情はどこか妖しさがあるような気がして。時間帯も加味して、ちょっと扇情的に思えてしまう。

 いけないいけない、と思考から邪な感情を振り払ってから、改めて彼女に向き合う。


「それに、そのことなら絢香さんもわかってるとおり、俺ひとりの力で行ったものじゃないからね」


「それはまあ、そうですけれど。でも、裕太さんが助けてくれたのは、事実ですから。やっぱり、感謝は伝えたくって」


 そういうと、彼女はもう一度改めて、ありがとうございました、と。

 面と向かって言われてしまうと、やっぱりどうして、少しむず痒い。


「……ちなみになんだけどさ、ついでにひとつ聞いてもいい?」


「はい、どうされましたか?」


「その、胸元に抱えてるそれ、なに?」


 入り口で見かけたときは暗くてなんなのかはハッキリしていなかったのだが。照明をつけた今なら、キチンと見える。

 キチンと見えてしまうからこそ、自分の視界を疑いたくって。彼女にそう尋ねたのだが。

 当然ながら、そんな場合に自身の視界が間違っているだなんてことはありえずに。


「枕です」


「……だよねぇ」


「これがどうかしましたか?」


「いや、それはこっちのセリフなんだけど」


 どうして俺の部屋に来るのにそんなものを持ち込んでいるんだ、と。そんなツッコミをしようかと思ったが、返ってくる言葉に想像がつくので飲み込んでおく。たぶん「冬場で布団が冷たいかと思って温めようかと」みたいなことを言われる未来しか見えない。

 そういえば、最近は絢香さんが塞ぎ込んでいた都合で起こらなくなっていたが、この人、トイレや風呂に突撃してこようとしてくる人だった。


「ちなみに、俺が寝てて返事がなかったらどうするつもりだった?」


「えっと、その。……あはは」


 絢香さんはそう言いながら、そっと視線をそらしてくる。枕片手にやってきている時点で、なんとなく彼女の考えが察せるのだが。

 ……今度から、寝るときはちゃんと部屋の鍵を閉めようかな。


 絢香さんのことだから変なことはしてこないとは思うのだけれど。

 それにしても、こうして夜に直接やってくるなんてことは今までなかったのに、それがこうしてやってきたところを見る限り。ここ最近のことがあって寂しかったということもあるのだろう。

 あるいはそういった、閉じ込めておいた感情が一気に解き放たれてしまって、いろいろと吹っ切れてやってきてしまったのか。


「そういえば、裕太さん。先程、最近は夜間にデザインを考えていると」


「えっ? うん、そうだよ。だいたい深夜の2時頃になったら眠くかるから、それくらいまで考えてる」


「2時!? 頑張るのもいいですけど、しっかりと身体も休めてください」


 彼女はそう言うと、ポンポンとベッドを軽く叩いてこちらに来いと誘導してくる。

 ……うん、間違いない。絢香さん、いろいろと吹っ切れてるな、これ。

 なんというか、いつぞやのメイド押し売りに来た頃の彼女をちょっと思い出す。こういうときの絢香さんの押しは、めちゃくちゃに強い。吹っ切れてるから。


 とはいえ、どうしたものかと考えて。


「わかったよ。それじゃあ寝るからその前に、絢香さん。とりあえず立って」


「はい、わかりました」


「そのまま左を向いて、4歩進んで。右に少しズレて」


「……はい?」


 俺の指示に疑問を持ちつつも、絢香さんはとりあえずそれに従ってくれる。

 そうして、彼女は部屋の出入り口まで来て。


「それじゃ、ドアを開けて自分の部屋に戻って寝てね。おやすみ」


「おやすみなさいませ……じゃないですよ!?」


 絢香さんはバッとこちらを振り向きながらにそう抗議をしてくる。


「いやじゃあ、どうすればいいんだよ」


「えっと、その、それは……」


 どうやらなぜか言葉にするのは恥ずかしいらしく、少しモジモジとしていた。

 いや、それならそれで行動に移すのは問題ないのか。そっちのほうが恥ずかしそうに思えるんだけど。


「そもそも、以前のときはまだしも、今度は家の中だぞ? 茉莉とかにバレたらどうするんだよ」


「えっと、その……」


 どうやら前回よろしく今回も無策だったようで。あはは、と笑ってごまかしてくる。

 この顔がかわいいのが、なんというか。本当にずるい。


「とにかく、バレたらいろいろとまずいんだから。ほら、帰った帰った」


「うう……」


 前回はともかくとして今回はなんとか説得に成功できたようで。おずおずと絢香さんが帰ろうとしたとき。


「ねえ裕太、ちょっといいかしら」


 ドア越しに、そんな声が聞こえてきた。

 誰の声かなど、考えるまでもない。だがしかし、それ以上に今は状況がよろしくない。

 だというのに、こんなときに限って思考が一瞬フリーズして。彼女に返す言葉が遅れる。


「入るわよ」


「あっ、ちょっと待っ――」


 遅れてしまった判断により。俺の静止も虚しく、ガチャリとドアが開かれる。


「あっ」


「えっ?」


「……ああ」


 絢香さん、茉莉。そして俺。三者三様の反応がその場にこぼれて。そして、空気が固まる。


 これは、なんというか。修羅場とでも言えばいいのだろうか。

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