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#110 仲直り

 家に帰ると、涼香と美琴さんが出迎えてくれた。


「ん、意外。帰りたくなくなってそのまま一泊くらい外泊してくるものだと思ってた」


「さっ、さすがにそんなことはしないよ!?」


 開口一番、涼香がそうからかってきて。私は顔を真っ赤にしながらそう否定した。

 否定した、けど。正直今それを言われて、なんでそうしなかったんだ、って。ちょっと思ってしまった。

 今から裕太さんの手を引いて外に出ていって……は流石にだめだよね。


「でも、実際にそれをやらかした人がここにいるし。別にそれくらいしても起こられるくらいで済む。たぶん」


「あ、あはは……」


 私の表情から考えていたことを読み取ったのか、それともただからかいの言葉を並べただけか。涼香がそんなことを言ってくる。

 まあ、みんなに報告していないだけで。その手の類のことはやらかしているんだけれども。それも、同じ部屋で泊まるどころか、一緒の布団で眠るっていう。


「そういえば、茉莉ちゃんは?」


 この場にいなかった、最後のひとりについて。私はそう尋ねる。

 ふたりは私の質問に対して一度顔を見合わせてから、真面目な面持ちで、今は疲れたみたいで自室に戻ってる、と。

 おそらくそれは裕太さんがこの場にいるためにごまかしとしてつけられた理由なのだろうけど。


「お姉ちゃんには、あとで話したいことがあるから、帰ってきたら訪ねてほしいって言ってた」


「……そっか。ありがとう」


 おそらく、彼女が自室に引っ込んでいる理由はこれだろう。

 あとで、きっちりと話をしないといけないだろう。


 あれ以来、茉莉ちゃんとはまともに話せていない。

 まだ少し怖い気持ちもあるにはあるけれど。でも、涼香や美琴さん。そしてなにより裕太さんに支えてもらった今の私であれば、再び彼女と向き合えるだろう。


「そういえば、これ、返しておく」


 そう言いながら、涼香はポケットから1通の封筒を取り出す。

 長期間の間、ずっと持ち歩かれていたのだろう。ややくしゃりとひしゃげたそれは、見紛うこともない、私が彼女に託した裕太さん宛の手紙だ。


 裏の封は、開かれており。それが誰かによって読まれたということ。そして、その読者が本来の宛先でないことだけは、明らかだった。


「他人の手紙を勝手に見るのだけはいただけないけど。でも、おかげでキチンと気持ちと向き合うことができた」


 手紙が届けられなかったからこそ。それが、本来の読み手ではない涼香に読まれたからこそ。今の状況がある。


 ありがとう、と。私は彼女に向けてそう感謝を告げる。どこか誇らしげにしている涼香の後ろで美琴さんも並んで笑っているところを見る限り、彼女も協力してくれていたのだろう。

 放っておけば、勝手に恋のライバルが退場しただけだというのに。

 それでもなお、彼女たちが助けてくれたのは。


「まあ、納得して、みんなに認められてじゃないと、意味がないから」


 きっと、いつか涼香自身が陥った坩堝から、みんなが手を差し伸べたときと同じだったのだろう。






 コンコンコン、と。扉をノックする。

 返事は、返ってこない。


「あの、絢香です。今、大丈夫ですか?」


 不安に思いながらにそう言うと。少ししてから小さな声で、開いてるわよ、と。そう招かれる。


 ゆっくりと扉を開くと、そこにはベッドの上で座り込みながら、こちらに背を向け、壁か天井かを見つめている茉莉ちゃんがそこにいた。

 なんて声をかければいいのだろうか、と。そんなことを考えていると、私が口を開くより先に、茉莉ちゃんが、ねえ、と声をかけてくる。


「遊園地、楽しかった?」


「えっ? あの、えっと。……はい、楽しかった、です?」


「なんで疑問系なのよ。……全く、その調子なら、立ち直ったみたいね」


 茉莉ちゃんはそう言うと、ゆっくりとこちらを振り返ってくる。

 その表情はどこか疲れていて。いちおう笑顔ではあるものの、浮かんでいる笑みは力ないものだった。


「ごめんなさいね、絢香ちゃん。私――」


「茉莉ちゃん、ありがとうございました!」


「……はい?」


 私の告げた言葉に、茉莉ちゃんは豆鉄砲でも食らったかのように、目をまんまるに丸めて、拍子抜けをしたような表情をする。


「いや、なんで? 私、怒られたり責められたりするようなことはしてたけど、間違っても絢香ちゃんに対して感謝されるようなことはした覚えがないんだけど」


 どうやら彼女は、修学旅行でのこと。そしてその後に私がそれを引きずり、落ち込んでいたこと。それを随分と気にしていたようだった。

 俯き気味な彼女に向けて。私は静かに首を横に振ってから、それはちがいます、と。


「茉莉ちゃんが、気に病む必要はないんです。だって、茉莉ちゃんがしたことはなにも間違ってないんですから」


「なに、それ。だって私、絢香ちゃんの恋路を邪魔したんだよ? 絢香ちゃんが、裕太のことを諦めるように」


 たしかに、彼女の発言の影響は小さくないものだっただろう。少なくとも、私にとってはそうだった。

 間違いなく存在している事実としても、危うく私が自分自身を見失いかけるところだったという意味でも、やはり、彼女の言葉の力はとてつもないものだった。


 けれど、受けた影響は決して悪いことばかりではない。

 裕太さんが諭してくれたように、物事の見方や受け取り方次第で、幸にも不幸にも転ずるのだ。


 茉莉ちゃんが言うように、このまま私が裕太さんと一緒になったのなら、その先にあるのは地獄なのかもしれない。裕太さんについてよく知っている彼女が言うのだから。彼のことを想い、守りたいと願っている彼女が言うのだから、それはあながち間違いではないのだろう。

 しかし、彼女の言葉は忠告だった。忠告なのであれば、それを引き起こさないために考え、対策していくことができる。


「このままだと、知らずに陥ってしまっていたかもしれないところを。茉莉ちゃんは教えてくれました。おかげさまで、私は考えることができます」


「……別に、私は絢香ちゃんのために言ったわけじゃないわよ」


「ええ、わかってます」


 あの言葉が、裕太さんを守るためのものだったことは。

 けれど、それと同時に。私が向き合わなければならなかった、受け入れなければならなかった大切なことでもあり。

 そして彼女の言葉は、結果論としてという話にはなるけれども。それに気づかせれてくれて、として、考えるための機会を与えてくれた。


「茉莉ちゃん。私、必ず裕太さんを幸せにしてみせます」


「……なに? まだ裕太から返事をもらったわけじゃないのに、気が早くない? それとも、遊園地で告白でもされた?」


「あっ、いえ、そういうわけではなくって」


 たしかに、改めて自分の発言を振り返ってみると、かなりフライング気味なことを言っていると理解する。

 ちょっと恥ずかしさを感じながら。しかし、そのまま言葉を続ける。


「修学旅行で、茉莉ちゃんから投げかけられた質問への答えです」


 あのとき。私は茉莉ちゃんからの質問に答えを返すことができなかった。

 迷ってしまって、不安に思ってしまって。そして、そのまま答えずじまいで今まで来てしまっていたのだ。


 裕太さんのことを、殺すのかどうかという、その質問に。


 だからこそ、遅くなったけれど。私は答える。

 はっきりと、自信を持って。


 私は裕太さんを殺す人ではなく、彼を幸せにする人だと。


「そう。それなら、もし絢香ちゃんが裕太のことを不幸にするようなら、私はあなたのことを殺しに行くと思うけど。それでも大丈夫かしら」


「はい、その覚悟の上です」


 今度は、悩むことなく、間髪入れずにそう答えられる。

 私のその答えに、茉莉ちゃんは「そう」と小さくつぶやくと。目を伏せながらに、


「私の最大限の脅しにも、一切の迷いなく答えるのね。……それくらい、しっかりと気持ちを見直すことができたってことか。これならもう、私がどう邪魔をしようとあなたの気持ちの邪魔はできないわね」


「裕太さんや涼香たち。それに、茉莉ちゃんのおかげです」


「私はなにもしてないって、さっきから言ってるでしょ?」


 茉莉ちゃんはそう言いながらそっぽを向く。

 その手は、少し握りこまれてていて。わずかにぷるぷると震えていた。


「茉莉、ちゃん?」


「……ごめんなさい」


 苦しみを吐き出すように、茉莉ちゃんはそうこぼす。

 その瞳には涙が浮かんでいて。その表情には悲しみが伴っていて。


「ごめんなさい、ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」


 繰り返される彼女の謝罪からは、彼女が抱えてきていたであろう罪悪感が伺えて。

 その、ただひたすらにそこにある痛みが伝わってくるようで。


「私だって、こんなことしたくなかった。だなんて、そんな言い訳はしない」


 いいや、そんなことはないはずだ。茉莉ちゃんは、本当はしたくなかったのだろう。

 けれど、彼女の信条に則って。そして、彼女の大切なものを守るために。茉莉ちゃんは、痛みを全て抱え込んで、私に言葉を投げかけていたのだ。


 ボロボロと涙がこぼれ落ちて。そんな茉莉ちゃんのもとに、私は駆け寄って。今にも崩れ落ちてしまいそうなほどに弱っている彼女に寄り添う。


 嗚咽混じりの、言葉にならない声で。それでもなお謝ってこようとする彼女に、私は。


「茉莉ちゃん、あなたは、間違ってないです」


 あなたの行動は間違っていると、否定をするわけでもなく。

 茉莉ちゃんは悪くないと、肯定するわけでもなく。


 ただ、間違っていなかった、とだけ。

 しかし、間違っていなかった、ということを。


「ううっ、うぁ……」


 私の身体に体重を預けた彼女は、そのまま私の耳元で泣き続けた。

 どれくらい経っただろうか。ひとしきり泣ききった茉莉ちゃんは、少し引きつけたような呼吸をしつつも、しかし、ちょっとずつ落ち着いてきて。


「……ごめんなさい。醜いところを見せちゃって」


 恥ずかしそうにしながら、茉莉ちゃんはそう言う。


「絢香ちゃんには、いろいろ嫌なことを言ったし、行ったと思う」


「さっきも言いましたが。気にしてないですし、むしろそのおかげで気づけたこともあるので――」


「でも、キチンと筋を通しておかないと、私が気にするの」


 私の言葉を遮るようにして、茉莉ちゃんはそう言う。


「そんなことをしておいて、虫がいいって思うかもしれないけど。でも、それでも絢香ちゃんと仲良くしたいっていうのは、私の本音なの」


 だから、と。茉莉ちゃんは言いにくそうにしながら、口を少しもごもごとさせてから。


「これからも、私と友達でいてくれる?」


「もちろん!」


 断るわけもないでしょう。と、私は茉莉ちゃんのことをぎゅっと抱きしめる。

 ちょっと苦しそうにしている彼女の声に慌てて抱きしめる腕を離してから。


「それじゃあ。これからは正々堂々、裕太さんを狙うライバルですね」


「……私も、そこにいていいの?」


「逆に、なんでだめなんですか?」


 茉莉ちゃんは、おそらく今回のことを引き起こしたことを、やはりまだどこか引きずっているのだろう。

 けれど、これに関してはキチンと茉莉ちゃんも向き合ってもらわないと、むしろ困る。

 だって、


「私も。涼香も、美琴さんも。みんな、しっかりと向き合って、納得して、結果を迎えたい。そこにはもちろん、茉莉ちゃんもいるんだよ」


 だから、ここで茉莉ちゃんが脱落することだって、私たちは認めるつもりはさらさらない。


「ふふっ、いいのかしら。これでも私、裕太の幼馴染よ? 厄介な敵かもしれないけど、大丈夫?」


「ええ、望むところです。そのくらいで怖じ気づいていたら、裕太さんのことを幸せにするだなんてできないと思うので」


 ふふっ、と。茉莉ちゃんが、小さくそう笑った。

 まだ、涙が少し残っていたけれど。それでも彼女は、とてもスッキリしたような、そんな表情をしていた。

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