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#11 ひとり増えちゃったんですけど

 ガチャリ、と。メイド服に身を包んだ涼香ちゃんが気怠そうな声を出しながらドアを開けて入ってくる。


「むぅ、なにを騒いでるの。うるさい……」


 どうやら俺たちの声の大きさに文句があったようだった。そういえば作業をしていたのだったか。なら、その邪魔になっていたか。


「それはすまなかっ――」


「かわいいっ!」


「はえっ!?」


 俺が謝ろうとしたその瞬間、光の如き素早さで飛びついていく姿があった。


「制服のときも良かったけど、メイド服でもずっとかわいい! 肌や髪が真っ白いから、黒色の服でしっかりとコントラストが出ててとってもいい。それに背が小さいこともあって、ふんだんにあしらわれたフリルが更にかわいさを協調してる。いいね……いいねっ!」


 美琴さんがベタベタと涼香ちゃんの周りを、触りながら、時折持ち上げながら。その容姿、服装について、全力で語る。

 うん。美琴さんによる涼香ちゃんの服装についての評価については頷きたいところだが、今はそういう話をしている場合じゃない。


「ひっ、な、なにっ!?」


「美琴さんっ! 涼香ちゃんがすごくびっくりしちゃってますから! そこまで!」


 案の定というべきか、突然のことに戸惑った涼香ちゃんが恐怖とも嫌悪とも取れそうな表情をしていた。

 どうどうどう、と美琴さんをたしなめながら涼香ちゃんから引き剥がす。

 もうちょっと、もうちょっとだけ! あとちょっとでいいから! じゃないのよ……いちおうあなたこの中で1番歳上なんだからしっかりしてくださいよ。


「……なんとなく察した。その人が、お姉ちゃんのメイド服を見て、騒いでた」


「うん、大まかには合ってる」


 俺がそう言いながら頷くと、美琴さんを除く他のふたりも同じく頷いた。

 声を出していたのは私だけじゃない、と。不服そうな様子で美琴さんは講義の声をあげる。たしかにそれはそうなんだけど、1番騒いでたのはあなたなんだよ?


「そんなことよりっ!」


「ひっ!」


 俺の拘束を振りほどき、美琴さんは最初ほどの勢いではないものの、涼香ちゃんに近づく。

 さっきのトラウマからか、涼香ちゃんの顔が少し引きつる。


「絢香さんから聞いたんだけど、あのメイド服を作ったのは涼香ちゃんだって」


「……それは、そう。合ってる」


「ってことは、今涼香ちゃんが身に着けてるのも?」


 コクリと、涼香ちゃんが頷くと美琴さんがパアアッと顔を明るくする。

 そうして涼香ちゃんの手を取り、ギュッと掴む。当の彼女はというと目を白黒させて、周囲の俺たちに何事かと説明を。そして助けを求める。


「涼香ちゃん、手芸部に入らない!?」


「ふぇっ!?」


 短く。しかし、とても熱い勧誘だった。


「新入部員がひとりふたり入ったところで学校から降りてくる部費とか変わんないから正直どうでもいいとか、むしろいないならいないでそれでいいって思ってたんだけど」


 それに来年には私もういないから、今年中の間だけ手芸部があればどうでもいいし、と。

 おい、まだあなたの後輩がいますからね? いちおう来年までは続いてもらわないと所属部活がなくなる人がいるんですからね? それも目の前に。

 ……まあ、いいっちゃいいんだけど。無くなるなら無くなるで。


「でも、あなたみたいに素晴らしい服を作る人なら別っ!」


 ああ、なるほどな。そういうことか。


「つまりは、涼香ちゃんに衣服作ってもらいたいって、そういうことですか」


「えっ、それをしてもらえるならそれも嬉しいけど、ちょっと違うかな」


 おっと、これは予想外。てっきりそういうことかと思っていた。

 俺に対して催促してもいつまで経っても作る気配がないから、別の人に作ってもらおうってそういう算段かと。


「あー、もしかして他の人が作れば俺は作らなくてもいい、なんて思ってたんじゃないでしょうね?」


 図星だ。涼香ちゃんが作るなら俺が作らなくてもよくなるからちょうどいいなと思ってたところだ。

 適当にしらばっくれてはみるが、さすがに無理があるか。


「他の人が何枚作ってくれようが、裕太くんには私の服を作ってもらうからね!」


「だーかーらー! ……はぁ、今日でこのやり取り何回目ですか」


 過去最高記録かもしれない。むふん、と胸を張る彼女を見ながら、思わずため息が漏れてしまう。

 作ってもらうのなら、私も! という絢香さんと茉莉。なんのことだかわかっていない涼香ちゃん。とりあえず話についていけてない状態だとかわいそうなので、事情を説明する。


「なるほど。つまりは裕太さんは服を仕立てられる……と」


「まあ、それなりには、だけど」


「それなりなんて、そんな! 涼香ちゃん! 裕太くんの衣服はね……ふごぉっ!」


「はいはい先輩、いらないことは言わないようにしましょうねぇ、うん」


 余計なことを言い出しそうになっていた美琴さんの口に手を当て、無理やりに黙らせる。

 もがががもがっ! と、手のひらの下からなにかを叫んでいるが、聞こえない聞こえないっと。


「それで、美琴さんをはじめ、お姉ちゃんや茉莉までもが現在その服を欲しがってる、と」


 ニヤァ、と。涼香ちゃんが笑う。ダメだ。この笑い方をするときの彼女は、ダメなやつだ。俺にとって不利益を被ることを思案してるときの顔だ。


「私も、裕太さんの作る衣服、欲しいかな」


 普段と変わらないような、しかし棒読みとも取れそうな、ものすごく微妙なラインの口調で、彼女は言う。


「いや、別に涼香ちゃんは自分で作れるんじゃ?」


「それとこれとは話が別。私だって誰かが私のため仕立ててくれた服ってなると、欲しい」


 果たしてそれが本音から言ってるのか、それとも面白がって言っているのか。……いや、誰かが仕立ててくれた服と自分で作った服では気持ちの面とかで別物だというのはそうだと思うが。

 けれど、涼香ちゃんの場合は――、


「あ、ちゃんと身体のサイズなら教える、安心して。メイド服(これ)を仕立てる都合上、割と最近に採寸したのでその時の数値で問題ないはず」


 それとも、と。彼女は妖しい表情でこちらに近づいてきて、小さく囁く。


「ご自身で採寸したいのであれば、どうぞ?」


「はあっ!?」


 ニシシッとイタズラに笑うと、とってってってっ。彼女はその体躯に似つかわしい、軽い足取りで距離を取る。


 ……これだから、彼女の気持ちがなかなか測れない。美琴さんや絢香さん、茉莉であれば、この俺に服を作って欲しいというその言葉は、おそらく本当に作ってほしいのだろう。

 だか、涼香ちゃんの場合は本当に作ってほしいのか、あるいはただ単にからかいの材料にしたいのか。それがわからない。


「そもそも、さっきも言ったけど……って、涼香ちゃんはにはまだ言ってないか。とにかく、俺は別に美琴さんに衣服を仕立てる約束をしたわけじゃないし、他の誰かの服を仕立てる約束をしたわけじゃないからね!?」


 そう、この場にいる4人に向かって宣言をする。宣言を、するのだが。

 誰ひとりとして、こちらを見ない。全員そっぽを向きやがる。

 わざわざ目を合わせにいっても外される。理由は明確だし、そんな凹むことでもないということをわかっていても、ちょっと傷つく。

 君たち、ほぼ全員が昨日今日の付き合いのくせに変なところで仲いいね? って、そういう冗談を言ってる場合じゃない。


「ちなみに、裕太さんは誰かのために服を作ったことは?」


「そんなことより、俺は作るという約束はしないと言ったんだが、それに対する返答は?」


「……知らない」


 どうやら、この先これで通すつもりらしい。となれば、これ以上はただの押し問答にしかならない。他の3人にしても、同じだろう。

 俺は諦めて、しぶしぶ一方的にしか受け付けられない質問に答える。


「まあ、両親宛ての物を作ったことはなくはないが、それ以外は無いな」


「ふむふむ、なるほど」


 もちろん習作的なやつは作ったことがあるが、誰かのための、誰かに合わせて、というものを作ったことは家族以外では一度もない。

 だからこそ、美琴さんに作ってくれと言われてしまって、どうしたらいいのか困っているわけなのだが。


「つまるところ、裕太さんに衣服を仕立てて貰った人が、初めての人、となる」


 ぽつり、と。涼香ちゃんがそんな言葉をこぼした。

 瞬間、それまでは緩すぎずくらいの空気感だったものが、一気に貼り詰める。全員の鋭い視線がこちらを向く。

 えっ、急になに、どうしたの皆。怖いんだけど。


「というか、初めてもなにも家族には作ったことあるって言っただろ?」


「ファーストキスに家族とのものは含めない理論により、その意見は棄却されました」


「勝手に棄却するな」


 そもそもなんだその理論。


「ともかく、いちばん初めに裕太さんに衣服を仕立ててもらった人が、裕太さんの1番になる」


「あのなあ、たかが……とはいわないが、俺の仕立てた服ひとつにそんな特別な意味合いを持たせられたら困るんだが」


「残念ながらその意見も棄却されました」


「だから勝手に棄却するな」


 せめてさっきみたいになにか理由をつけろ。さっきの理由も意味不明だったが。

 やっぱりとてつもなく不敵な笑みを浮かべている涼香ちゃんが、こちらを見つめ、話しかけてくる。


「それじゃ、改めてお願いする」


「勝手にお願いして勝手に約束を取り付けないでくれ」


 俺の心からのその願いは「知らない」のひとことで片付けられてしまう。


「私も、そのヒロインレース(衣服争奪戦)に混ぜてほしい」


「衣服争奪戦って、そんな大仰な」


「……言うほど、大仰でもない」


 言われて、改めて周囲を確認する。

 どうしてこうなった。めちゃくちゃに息巻いている絢香さん、なにかブツブツとひとりごとを言い始めている茉莉。そしてテンパってるのか恥ずかしがってるのか、感情が乱高下している美琴さん。

 もう一度言っておこう、どうしてこうなった。


「いやあ、大変ですね?」


「あなたのせいでね?」


 俺がそう言って恨めしく視線を向けてやると、プイッとそっぽを向きやがる。……このやろう。






 夜7時。いろいろ話し込んでしまったこともあって遅くなってしまった。

 そもそも絢香さんたちがおかしいだけで、そのせいで感覚が麻痺していたが、遊びに来ただけの美琴さんは帰らないといけない。さすがに時間が時間ということもあって、駅までは俺が送ることになった。


「いやあ、ほんっとうに面白いことになってるね?」


「部外者だからって、楽しそうにしないでくださいよ……」


 うりうり、と肘で小突きながらイジってくる美琴さんに、俺はそう悪態をつく。

 どうせそれさえも、きっとからかいながら返してくるのだろうと思っていたのだが、以外にも弱気な声が返ってきた。


「……それが、そう部外者とも言いづらくなってきたかなあ、なんて」


「はあ? なにを言ってるんすか?」


「ほら、涼香ちゃんが言ったじゃない? 衣服争奪戦って」


 言った。なんか勝手に人の仕立てる服にめちゃくちゃな付加価値をつけやがった意味不明な争奪戦。

 正直そのことを考えると今でもちょっと頭が痛い。


「それで、他の3人は曲がりなりにもいちおうは裕太くんのメイドさんとして、なにかやってるわけじゃん?」


「まあ、そうですね?」


 果たして正しくそういう仕事をしているのかというと微妙な人もいるが。というかそっちのほうが多いが。


「それで、私って立場としてはただの部活の先輩でしょ?」


「それから、部長ですよ。いちおう」


「いちおうってなにさ! ……まあ、それは今はいいんだよ。とにかく、彼女たちと違って、私は君にとくになにかをしてあげてるわけじゃないのよ」


「はあ」


 まあ、確かに部活でもどちらかというと俺がなにかをしてくれと頼まれる立場ではあるが。


「それなのに、あの3人と同じ立場に立つのは、それは違うんじゃないかなって、思って」


 ……ん? なにか、話の流れが不穏な気がする。


 いつもより強張った声。緊張しつつも紅潮の見える顔。

 静かだからこそ、いつもと違うその声に気づけ。

 月明かりの下だから、いつもより綺麗に見えて。


 だというのに、めちゃくちゃに不安を煽るのは、どうしてだ。


「ほら、部活のときに言ったでしょ? あのときは冗談だったけどさ。……でも、そうするべきなのかなって」


 なぜだかはわからないか、この続きを聞いてはいけない気がする。なんとかして話を変えないといけない。

 だというのに、こういうときに限って、話題が見つからない。

 そうして俺がまごついている間に、ついに彼女から告げられてしまう。


「私も、裕太くんのメイドになる」

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