表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

107/131

#103 偶然か必然か

 美琴さんに言われ、部室の中へと入る。

 シンとした空気の流れる部屋の中は、この部室の雰囲気としては似つかわしくはなかった。

 いや、手芸部の部室という意味であれば、このように静かな方が正しいのかもしれないが。しかし、ここは半分美琴さんの城と化した部屋であり、だいたいいつもなにかしら騒がしい。


「それで? どういう要件で今日は来たの?」


「……ちなみに、普通に部活に参加しに来た、という可能性は考えないんですね」


 まあ、彼女の言うとおり。話したいことがあって訪れているので言い返す言葉もないのだが。別に俺自身も手芸部の部員であるため、ここに来ること自体は不自然ではないはずなのだが。

 そんなことを思いながらに尋ねてみると。彼女はふふんと得意げに鼻を鳴らすと。


「裕太くんが、別に私たちに呼び出されたわけでもないのに。立ち入り禁止の紙が貼られてる部室の前で待つだなんて、そんなことしないだろうなあ、って」


「…………」


 図星である。たしかに、気まぐれで部活に参加しに来ることはあり得るが、そのときに今回のような張り紙があったなら、間違いなく俺は帰るだろう。

 そもそも気まぐれで来ているのだから。


「それで、話したい相手は私か、涼香ちゃんのどっち? ……あ、いや。涼香ちゃんのほうかな?」


「それはそうですけど――」


「だって、ここに来たってことは他の人に聞かれたくない話。少なくとも、絢香ちゃんか茉莉ちゃんのどっちかには聞かれたくないはず。私が相手なら、夜、駅に送ってくれるときでもできるはずだから、基本ふたりきりになる場面の少ない涼香ちゃん、でしょ?」


 それまたどうして? と、そう聞き返すよりも美琴さんが先に答える。

 どうやら、今日の美琴さんは随分と冴えているようだった。元より、どこか抜けていてポンコツ気味なところは否めないものの、地頭も勘もいい人ではあるのだ。


「それじゃあ、私は一旦抜けたほうがいいのかな?」


「あー、いや。大丈夫です。むしろ、一緒に聞いてくれたほうがいいかもしれないので」


「そう? それなら私も一緒に聞いてるね!」


 美琴さんはそう言うと、ちょこんとイスに座り直して姿勢を正す。

 俺の様子を読み取ってか、真面目な話だと察してくれたようだった。


 美琴さんは、家に来る日と来ない日とバラバラなため、正直、絢香さんのことについて気づきがあるかというと、微妙な範囲である。

 直樹が言っていたように、今回の事柄は、俺がギリギリ気づけたというレベルの話なので、関わりの程度だけで言えば俺より少ない美琴さんが気づいているかは微妙である。

 けれど、目の数は少ないよりも多いほうがいいだろう。それに、彼女は彼女で、先程もあげたように勘の良さがとても頼りがいのある強みとなる。なにか、俺が気づけていない視点に気づいてくれるかもしれない。


 ちょうどそんなことを考えていると、トイレに行っていた涼香ちゃんが帰ってくる。


「あ、おかえり涼香ちゃん! それで、裕太くんが涼香ちゃんになにかお話があるみたいだよ!」


「へえ、裕太さんも。……私たちも、ちょうど裕太さんに聞きたいことが、あった」


 それは、なんともタイミングがぴったりなことで。そんな偶然もあったものなのだな、と。

 そんなこんなでどちらから先に話そうかということになり、俺の方から話をさせてもらえることになった。


「それで、俺の聞きたいことなんだけど」


 コクリ、と。少し緊張する。彼女らと話すこと自体は少なくない、というか下手すりゃ諸般の事情もあってクラスメイトよりもずっと多いのだが。しかし、こうして改まって話すとなると、やはり少し力が入ってしまう。


「絢香さんの様子がおかしいと思うんだけど、俺、心当たりがなくって。それで、涼香ちゃんや美琴さんならなにか気づいたこととかあるかなって」


 もし、俺がなにかやらかしていたのであれば、それを直して。かつ、彼女に謝らなければならないだろう。

 普段から、そして、現在進行形で絢香さんにお世話になっている身として。そのあたりはしっかりとしておきたい。


 俺がそんなことを話すと。どうしてだろうか、美琴さんと涼香ちゃんは顔を見合わせて。そして、ぽかんと、口をまんまると開け、目を見開いては。


「驚いた。まさか、同じ話だとは」


 と、涼香ちゃんがそう口に出した。

 要は、俺も涼香ちゃんも。お互いに同じことについて、互いに聞きたいことがあったということだ。……こうなると、タイミングが揃ったことも、ある意味では必然とも言えるかもしれない。


 つまり、彼女の言ったその言葉の意味するところとするならば。俺の覚えた絢香さんへの違和感は間違いのないものであると同時に。

 現状、お互いがお互いに情報不足で身動きが取れていない状態であり。期待できる回答が得られない可能性が高い、ということだった。


 そして、涼香ちゃんも同じくそれを察したのだろう。

 苦い顔をしながら、少し俯きつつ。きゅっとその手を握り込んでいた。


 そして、そんな空気を切り替えてくれたのは。パンッ、という美琴さんの手の音だった。


「まあまあ、とりあえず話してみないと進むことも進まないわけだし。なにはともあれ、話してみよ?」


 なにより、お互いの持っている情報は別な可能性があるのだから。立場が違えば見え方も変わってくるかもしれないし、と。そう彼女は諭してくれる。

 たしかに、そのとおりだ。そんなことも気づかずに早とちりし行き詰まったように感じてしまっていたところをみるに、どうやら今の俺は随分と焦っているようだった。

 自分で、思っている、それ以上に。


「俺の方は、修学旅行から帰ってきてから感じていたものではあるんだが」


 そう切り出しながら、昼頃に直樹に対して行っていたような説明、加えて、家でのことも併せての話を繰り出す。

 やはり、これといったたしかな根拠があってのものではないものの、底しれぬ違和感だけが、ただひたすらに積み上がっていた。


 そうして、俺の方からの大雑把な話が終わると、今度は攻守交代。涼香ちゃんからの話だった。


「私は、お姉ちゃんの手紙を預かって。……それで、ちょっと変だなって思って」


 手紙を貰って、ではなく預かって、と。なにか変な言い回しではあったものの、とりあえずこの場では置いておいて。

 手紙の内容は、いちおう尋ねてみたものの、それは話せない、と。そりゃあ、そうか。俺宛ではない手紙の内容を、おいそれと話すわけにはいかないだろう。

 どうしてか、隣にいた美琴さんはとてつもなくやりにくそうに、バツが悪そうにしていたが。


「私も、変に思ったタイミング自体は裕太さんと一緒。修学旅行から帰ってきたときから。……だから、単刀直入に聞く。修学旅行で、なにかあった?」


 バッサリと切り込まれたその言葉に、やっぱりなにかがあったとすると、そこだよな、と。

 まだ新しくはあるものの、少しずつぼやけ始めている修学旅行の記憶を、できる限り鮮明に思い起こしてみる。


 基本的にはトラブルらしいトラブルも起こらなくて、楽しい修学旅行だったと思うけれども。

 しかし、だからといってなにも起こらなかったかといえば、そうではなく。

 おもに、ふたつ。裕太から見たときに、起こったこと、があった。


「お土産を買うとき、たしか、絢香さんにしては珍しく。俺のことを避けてた記憶がある」


「お姉ちゃんが、裕太さんのことを……?」


 首を傾げる涼香ちゃんに、俺はコクリと頷く。

 結局、その後に関しては普段どおりの接し方に戻ってくれてはいたし。それ以外にも茉莉との一件があったりしたので、そこまで強く気にしてはいなかったのだが。たしかに、あのときから様子がおかしかったといえば、そのとおりだろう。

 とはいえ、どちらにしてもその当時に「なにか粗相をしたか?」と小突いてきた直樹に「心当たりがない」と答えた俺がいる時点で。結局、原因云々というところはわからないのだけれども。


「裕太さんが気づかないうちに地雷を踏んだ、という可能性はなくはない。……でも、それにしては状況の悪化具合が酷すぎる」


 涼香ちゃんの手に力が籠もり、封筒がくしゃりと音を立てる。

 どうやら、俺は内容を知りはしないのだが。あの手紙に書かれていた内容は、相当なものだったらしい。


「他に、なにかあったことは?」


「うーん、これに関してはあんまり関係はなさそうだと思ってるんだけど」


 お土産の時点で絢香さんの様子がおかしかったとするなら、原因があるのはそれより前の話。

 かつ、修学旅行よりも前にはそれほど変なところは見受けられなかった。それは、俺だけでなく、涼香ちゃんや美琴さんについても同じ意見。

 その条件で絞るなら、なにかあった、といえる事柄はひとつしか無い。ただ、それについてもなにも問題はなかった、と、そう報告を受けているのだけれども。


「清水寺から移動するってときに、ちょっとトラブルが起こって絢香さんだけバスに乗り遅れちゃってね。万が一のことがあったらって思って、俺が迎えに行こうとしたんだけど」


「……その口ぶりってことは、裕太さんは迎えに行かなかったってこと?」


「うん、そうなる。他のメンバーが、俺はこっちにいる必要があるからって引き止められて。で、それで茉莉が絢香さんを迎えに行った」


 なにひとつ隠すことなく、当時の起こったことを説明した。

 それで、ちゃんと茉莉が絢香さんを見つけて。で、絢香さんが足を挫いちゃってたから、ちょっと休んでから合流するよ、と。


 そこまで言って、どこか、覚えのある構図だな、と。そう感じた。

 絢香さんと茉莉がふたりきりになること自体は別に不自然なことではない。たまに一緒に買い出しに行ったりもしていたし、そういう意味でも普通のことだ。

 でも、今俺の頭によぎった既視感はそれではない。じゃあ、いったいなんだ?


「……裕太さん。そのときに、なにも問題はなかったってのは、誰の言った言葉?」


「えっ? それは、茉莉と。それから、絢香さん」


「もし、それが嘘なら……」


「――ッ!」


 涼香ちゃんのその発言に、俺はハッと気づく。同時、既視感の正体もハッキリと確信する。

 美琴さんは、なんの話か要領を得ていないようで、ただ首を傾げている。


 この構図。立場が違うだけで、校外レクのときと、同じなんだ。


 絢香さんの秘密を守るため。そして、他の人に心配をさせないため。校外レクのとき、俺はみんなに嘘をついた。

 絢香さんが足を捻挫したために、合流が遅れる。……実際には、彼女の精神が落ち着くまでの時間を稼ぐため。

 そして、帰ってきた俺たちは、特になにもなかった、問題はなかった、と。その一点張りで通した。


「問題がなかったってのが、嘘で。それで、実際には問題が起こってたとしたら」


 ポツポツとつぶやく涼香ちゃんのその言葉に。俺もだんだんと確信を得ていく。

 証拠なんてものはなにもない。なにせ、その場に俺は居合せられなかったのだから。……絢香さんのことを涼香ちゃんから頼まれていたというのに、随分な体たらくなことだ。

 しかし、推測の話が正しいとすると、辻褄が合うことが多い。……少なくとも、時系列として、なにかが起こった、というタイミングには合致する。


 偶然にしては、出来すぎている。

 ただ、必然と言うには根拠がない。


 絢香さんの、被虐についてを知らない美琴さんだけが。話の全貌を理解できずに、ただただ疑問符を浮かべていた。


「でも、これでもまだわからないことがある。……それだけじゃ、お姉ちゃんが裕太さんを避ける理由に、ならない」


「それは、たしかに」


 これが、避けられているのが茉莉であれば話が通じる。茉莉に対して不義理を働いてしまった絢香さんが、彼女に対してやりにくさを感じている。なら、いいのだが。しかし、現実にはどうしてか俺に対して、なのだ。

 仮定が合致した、ということに興奮しそうになっていたが。しかし、現実には関係のないところで繋がっただけの、なにかだった。

 ……これでは、そもそもこの仮定すら、正しいか怪しい。


 結局振り出しに戻ってしまった、といったところで。下校時刻を告げるチャイムが鳴り響いた。


「……今日は、ここまでだね」


 美琴さんが、そう言って場を締める。


「私たちの方でもなにか気づくことがあったら共有するから。裕太くんも、なにかあったら言ってね!」


「こちらこそ、ふたりともよろしくお願いします」


 とりあえず、ひとまず今日は帰ろう、ということで。部室を施錠して、揃って帰路に立った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ