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#101 物語はまだ終わらせない

「あれ、涼香ちゃんじゃない。こんなところに来てどうしたの?」


 昼休み、3年生の教室前の廊下。正直、ここに来るのはあまり気が進まない。

 物珍しさからか。3年生の、主に女子生徒たちに取り囲まれてきゃあきゃあと騒がれることが多いからだ。

 今回も、案の定というべきか。周囲を包囲されていたところに気がついた美琴さんがやってきて、助け舟を出してくれた。


 そのまま美琴さんとふたりでその場から抜け出し、ひとけのないところまで。


「それで、涼香ちゃんがわざわざやって来たってことは。なにか、重要な話があるんだよね?」


 私は、コクリと頷く。

 私も、なんだかんだで美琴さんと関わる時間はかなり長い。部活の時間はもちろん、毎日というわけではないが美琴さんも裕太さんの家に来ることがあるので、そこでも話はしようとすればできなくはない。

 しかし、部活の時間だと裕太さんがいるし、帰宅後だと彼に加えてお姉ちゃんと茉莉もいる。

 この3人に聞かれるべきでない話をしようとするならば、気が向かなくてもどうしても彼女のいる教室まで訪ねてこなければならなかった。


「これ。お姉ちゃんから渡された」


 そう言って、私は手紙をひとつ取り出す。

 封筒には、丁寧に封がされていた跡があり。私はその中から1枚の便箋を取り出す。


「ちょっと待って? 今、一瞬手紙の送り先が裕太くんだったように見えたんだけど?」


「うん? そう、裕太さん宛の手紙?」


「待って待って待って。絢香ちゃんから裕太くんに向けて宛てられた手紙なんだよね? なんで勝手に開けちゃって、あろうことか今からそれを読もうとしてるの?」


 止めようとしてくる美琴さんを無視して、私はその便箋を開き、彼女に見せる。

 美琴さんはキュッと目を瞑ろうとするが、その前に目に入った言葉に驚き「えっ?」と。


「どういうこと? これ」


「言葉そのままの意味、だと思う」


 私も、手紙の中身を見たときはひどく驚いた。というか、なにかの冗談だとも思った。

 お姉ちゃんが、衣服争奪戦からの辞退をしようとした、だなんて。


 その言葉だけであれば、意味不明だろうが。しかし、私たちにとってはこれの意味するところがわかる。

 これが、実質的な裕太さんへの告白の返答であり。それから辞退するということが、恋路を諦めることとほぼ同等だということを。


「いくらお姉ちゃんのとはいえ、手紙を勝手に読むのはよくないと思ったけど。でも、お姉ちゃんの様子がおかしかった」


 いつからかといえば、本当につい最近。具体的には、修学旅行から帰ってきたときからだ。

 あの日、お姉ちゃんは茉莉の告白にひどく反応していた。美琴さんや私が裕太さんに告白したときは平然としていた、とまでは言わないものの取り乱したりはしていなかったお姉ちゃんが、だ。

 これが、全く知りもしない誰かが突然に告白をして乱入してきた、とかならまだわからなくもないのだが。他の誰でもない茉莉が告白してきた、というところがより違和感を引き出している。


 裕太さんが気づいていたということにはびっくりしたが、逆に言えば裕太さんが気づくくらいには茉莉のアピールが他の人からみてもわかりやすかったとも言える。

 当然それはお姉ちゃんにも同じく言えることであり。私や美琴さんが気づいていたように、お姉ちゃんも、茉莉が裕太さんに好意を寄せているということは知っていたはず。


 それなのに、茉莉の行った告白に対して。お姉ちゃんは動揺し、放心するまでに至っていた。


「その後の、晩ごはんのときも変だった」


「たしか、お昼ごはんをたくさん食べちゃったからお腹いっぱいで、晩ごはんはいらないって、そういう話だったよね?」


 美琴さんのその言葉に、私はコクリとうなずいて。でも、と話を切り出した。


「お姉ちゃんの腹具合の真偽はわからないけど。でも、だからといってあんな、逃げるように自室に閉じこもるのはいつもどおりじゃない」


「まあ、それはたしかに」


 もちろん、ただ単に疲れていただけ、などの可能性も考えられなくはないが。しかし、やはりお姉ちゃんの行動としては違和感の残るものであった。

 あの日の夕飯中、裕太さんが離席したのは。おそらく、お姉ちゃんの様子を気にしてだろう。

 裕太さんも、なにかしら気になることがあった、ということなのだろう。


「そんな中、お姉ちゃんは私にこの手紙を裕太さんに持っていくように頼んだ。……変だと思った」


 裕太さん宛の手紙を、わざわざ私に渡して持っていってもらうようなお姉ちゃんではない。

 たしかに、どこか抜けていて、色恋のこととなるとポンコツになるところがないわけじゃないお姉ちゃんではあるけれども。それでも、行動力の強さだけについては他の誰にも負けない強さがあった。


 なにせ、恋した相手のところにメイドとして雇ってもらうために夜中に突撃していくような行動力のある人間なのだ。

 その作戦に協力して、なんなら立案及び提案をしたのは私が言うのもなんだけれども、正直トチ狂ったようなそんなことである。しかし、そんなことであっても、お姉ちゃんは取り入るためならばと実行した。


 それなのに、手紙ひとつを渡すために私を中継する。そのことが、この上なく違和感だった。


「よくないとは思った。でも、それ以上に確認しないことに後悔を覚える気がして。それで中身を見てみたらこれがあった」


「つまり、涼香ちゃんが疑問を感じたタイミングとかを加味して考えるなら。修学旅行中になにかがあったってこと?」


「たぶん、そうなる」


 しかし、こうなると困ったことがある。私や美琴さんは修学旅行の最中のことを、正確に把握できていない。

 思い出話として裕太さんが話していたことは聞いているが、その中の話としてなにか気になることがあったかといえばもちろんないわけで。


 なにが起こったか、がわからなければ動き方もわからないというのに、それ自体が全くの不明。

 ひとりではどうしようもない手詰まりを感じて、こうして美琴さんを尋ねた、のだが。


「私ももちろん、裕太くんたちと一緒に旅行に行っていたわけじゃないからね……」


 当然である。美琴さんは私と一緒に家にいたのだから、彼女が私以上に情報を持っているわけがない。

 やっぱり、リスクを承知で本人たちに聞くべきなのだろうか。

 そんなことを、考えていると。


「そもそも、絢香ちゃんの様子がおかしくなったのは、誰が原因なんだろうね?」


「っ!?」


 美琴さんがつぶやいたその言葉に、私はハッとする。

 たしかに、完全に失念していたが。なにが原因でこうなったか、以外にも、誰が原因で今の状態になってしまったのか、ということもあるわけで。

 もちろんこれは、修学旅行の場にいなかった私や美琴さんには、誰かに尋ねる他に知る術は存在こそしないものの。しかし、推測することだけなら、可能である。


「裕太さんは、お姉ちゃんのことを気にしてた。でも、めちゃくちゃ心配しているとか、そういうことはたぶん、なかった」


「うん、それは私もそう思う。仮に裕太くんが心配してたら、私たちもそれに気づくと思うし、それに」


「なによりも、裕太さんのことをよく見てる茉莉が、なにか動くはず」


 しかし、あの夜の茉莉は。動かず、ただ、ずっとその場にいた。


 たしかに裕太さんはお姉ちゃんを気にしてはいたものの、しかし、それ以上になにかしたかというと、微妙なラインた。

 仮に、裕太さんが原因になって今の状況が引き起こされているというのであれば、彼は必ず動くはずだ。しかし、今の状況を見る限り、そうは思えない。

 どちらかというと、裕太さん自身、なにか変だとは思っているがなにが理由なのかわからず、困惑しているとか。そういうような気がする。


「うん、だからたぶん裕太くんが原因でなにかが起こったとか、そういうわけではないはず。まあ、遠因とかにはなってるかもだけどね」


 併せて、美琴さんは「裕太くんは自分のせいで」と思ってるかも知れないけど、とも。それについては、私も同じくそう思う。

 裕太さんの、動くに動き切れていない今の様子は彼女の表現した状況そのままにピッタリ合う。


 そして、裕太さんが原因でないとすると。残る候補はふたつ。……だがしかし、その一方は、あまりにも可能性として薄すぎる。

 私たちに関係がない、あるいは直樹さんや雨森さんといった少し関わりがある人たちからの影響。

 しかし、その場合だとすると、ここまでお姉ちゃんの様子がおかしくなるというのも考えにくい。本当に、薄すぎる可能性だろう。


 と、なれば。


「……うん、あんまり考えたくはない可能性だけど。それを見込んでおいたほうがいいね」


 美琴さんが、珍しく苦虫を噛み潰したかのような表情をする。

 彼女が示唆した可能性については、私も思いついた。しかし、あまりにも考えたくなさすぎて、一度別の可能性を模索した。

 それは、それこそ裕太さんが原因であったほうが幾倍もマシだと思えるような。関係のない知りもしない誰かが原因であるというほぼありえない可能性を考えたくなるほどの。そんな、筋書き。


「茉莉ちゃんが、原因。たぶん、そうなんだろうね」


 裕太さんが、動いていない。

 茉莉も、動いていない。


 裕太さんが、気づいておらず、動いていない。

 茉莉は、気づかせないために、動いていない。


 よく似ていて、それでいて、正反対。矛盾していそうで矛盾していない。なんとも奇妙な幼馴染のふたり組だ。


 お姉ちゃんを、追い込んだのは。おそらく、茉莉だ。


 仮にそうだとすると、納得できるところがいくつかある。

 茉莉の告白に対して過剰に反応したことも、その関連だとすると筋が通る。


 逆に、じゃあ茉莉がそんなことをするのかと考えると。可能性としては、無くはないだろう。

 ただ、茉莉自身の私欲としてそうするとは考えづらい。あり得るとしたら、裕太さん絡みでなにかがあって、それについて茉莉とお姉ちゃんの間で事が起こったと考えるべきだろう。


「しかし、それについて話したばっかりで。いきなりこんなことが起こるだなんて思ってもみなかったね」


「……ん、それはそう」


 裕太さんたちが修学旅行に行っている間。彼らにはやりたいことがある、とそう話していたが。実際にはその間、美琴さんと少し相談事をしていた、というのが実際の内容だった。

 そして、その相談事こそ、茉莉のことだった。


 そろそろ茉莉が動いてきそう、というのは。私も美琴さんも共通の認識だった。併せて、修学旅行というイベントもあったこともあったことだし。

 しかし、以前裕太さんから相談されたこと。直樹さんから聞いたという、茉莉のお姉ちゃんへの視線の件。

 そういったこともあり。一応の立場としては、私と美琴さんはライバルではあるのだが、少し、話し合いをしていたのだった。


「幼馴染って存在が強いのはわかってたけど。まさか、絢香ちゃんが負けるとは。そこまでとは思ってなかったよ」


 困り顔で言う美琴さん。そうして彼女は、私に向けて「どうするの?」と尋ねてくる。


「どうする、とは?」


「そのままの意味だよ。涼香ちゃんは、ここからどうするの? もしかしたら、絢香ちゃんに特殊な事情があってこうなったのかもしれないけど。可能性としては、茉莉ちゃんが勝ちに来て、言い方は悪いけど絢香ちゃんを潰した可能性もなくはない」


 声色を変えず、淡々と真っ直ぐに言う美琴さんの言葉に、私はゴクリと唾を飲み込む。

 それこそ、私たちが一番この可能性を考えたくなかった理由だ。茉莉が、ライバルとして強力なのは把握していた。

 しかし、この修学旅行という期間の間に。裕太さんに気づかれずに、お姉ちゃんを負かした。と、そう考えられるのだ。


「仮にそうだとすると、私たちもある程度の防御は必要かもしれない。でも、涼香ちゃん、あなたは他にもやりたいことがありそうに見える。……違う?」


「……あっ」


 だから聞かせてほしい、と。彼女は、言葉を続けた。


「涼香ちゃん、あなたは、どうしたいの?」


 そして、今度の私は。迷わずに、言葉を続けられた。


「お姉ちゃんを、助けたい。私に、自分の気持ちを押し殺すなって、そう言ったお姉ちゃんが。今度は自分を押し殺してることが、私には耐えられない」


「そっか」


「だから、お願い。手伝って欲しい。……お姉ちゃんを、助けるのを」


 私のその言葉を聞いて。美琴さんは、チラリとこちらを見つつ。そして、

 真面目な面持ちで、ひとつ、問いかけてきた。


「私は裕太くんほどにお人好しじゃないからね。後輩からお願いされたとしても、自分にメリットがないのに動くほど、いい人じゃあない」


 ピッ、と。彼女は指を立てて、そう言った。


「正直、このまま進めれば絢香ちゃんが脱落したままで事が進む。たしかに、茉莉ちゃんも強力なライバルだけど、それと同時に絢香ちゃんも同じ、だよね?」


 なにも言い返せない。

 そうなのだ。自分のことだけを考えるなら、このまま話が進むほうが有利に見えるのだ。

 そして、それは。美琴さんだけでなく、私自身にも言えること。


「それでもなお、涼香ちゃんは絢香ちゃんを助けたいと思った。それは、どうしてかな?」


 少し試すような口調で、彼女はそう尋ねてくる。


「それ、は――」


 投げかけられたその言葉に、私は少しの間、考えて。

 そして、ひとつの答えを、出す。


「そっちのほうが、全てが終わったあとに。納得ができると思ったから」


「……うん、うん。そっか」


 美琴さんは目を伏せて、小さく頷くと。

 いつものようにペカッとした笑顔を携えて「わかった」と。


「私も涼香ちゃんに協力するよ。絢香ちゃんを、助けることを」


「で、でも。なんで? 美琴さんには、メリットは――」


「私も、納得したいから、ね?」


 と、彼女はそう、ニコリと笑いかけた。

 そして、彼女はチロッと小さく舌を出すと。ホントは、元から協力する気ではあったけど、私の本音を聞いておきたかっただけなんだけども、と。そんなことを言っていた。

 結構、心臓に悪かったので。できればやめてほしかったけど。……しかし、おかげさまで決心が強くなったようにも思える。


「それじゃ、具体的にどうしていくかを……っと」


 美琴さんが話を切りだそうとしたとき、ちょうど、昼休み終了5分前を告げる予鈴が鳴った。

 1年生と3年生の教室はそこそこ離れているため、そろそろ帰らないといけない。


「話の続きは、また後で、だね」


 美琴さんは、そう言って手を振り、自身の教室へと戻っていった。


 その姿を見送りながら、私はギュッと手を握りしめた。

 お姉ちゃんも、守る。私の気持ちも、守る。どっちも、守るんだ。


 力強く握った拳に、決意を込める。

 年末(タイムリミット)までは、まだ時間がある。

 お姉ちゃんが自主退場することも、茉莉が誰かを退場させることも、絶対に、させない。


 勝負はまだ、終わらせない。

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