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#99 旅行の報告

「ただいま!」


「ん、おかえりなさい」


「おかえり!」


 玄関のドアを開けると、ふたつの声が出迎えてくれる。少し気怠気な声と、底抜けに元気な声。

 真反対の性質を持つそのふたつに、心がスッと軽くなる。


 いろいろと、随分変わったものだ。


 中学生の頃の修学旅行では、こうして帰ってきても出迎えてくれる人も、現在手に提げているお土産も、その両方がなかったというのに。

 今では、その両方がある。最初は……いや、今でもちょっと大変なのは残っているけれど。でも、それ以上に今では彼女たちの存在がとてもありがたい。


 まあ、そうは言っても、


「涼香ちゃん、ただいま」


「美琴さんも、わざわざありがとうございます」


 茉莉と絢香さん。……まさか、出迎えてくれる人の他に。一緒に帰ってくる人ができるとは、到底思ってもみなかったが。


 ひとまず家の中に入ってしまってから、涼香ちゃんと美琴さんにお土産を渡す。

 茉莉からは、生八ツ橋。京都のお土産としては比較的定番なお菓子だろう。

 絢香さんからは、漬物。普通なら高校生相手にどうなんだと思わなくもないが、俺たちは少し事情が特殊だ。

 そのため、美琴さんが夕飯を一緒に食べるときに出せばちょうどいいだろう、ということらしい。


 そして、俺からは。


「……根付?」


「とは名ばかりの、ほぼただのストラップだけどな」


 首を傾げる涼香ちゃんに、俺はそう言葉を付け足す。

 いちおう、商品名としては根付として売られていたが。果たして根付としての役割を持てているのかは怪しい。


 茉莉も絢香さんも消え物を選んでいたため、俺もそれに倣うべきかと思っていたのだが。ふたりから、俺は残るものを選んであげてと言われてしまったため、これを選んだ。


「見てみて、私と涼香ちゃん、色違いだね!」


「……ほんとだ」


「あー、別なデザインのやつを選んだほうが、よかった?」


 少し微妙そうな反応をした涼香ちゃんに、おそるおそるにそう尋ねるが。態度とは一転して、返ってきたのは首を横に振る反応だった。


「私も同じのでいいと思うよ! そうそう指摘されることはないと思うけど、万が一のときには手芸部つながりのお土産で貰ったって言えばいいしね!」


「それは、私もそう思う。……でも」


「でも?」


 なにか、言葉を若干に濁した涼香ちゃんが。かなりめんどくさそうな様子で、そっぽを向いた。


「うへへ、涼香ちゃんとお揃いだぁ!」


「このテンションで絡まれるだろうと思ったら、ちょっと億劫になっただけ」


 俺と。そして後ろにいた絢香さんと茉莉が、揃って「ああ……」と全てを察し、ついでに現在進行形で被害に遭っている彼女に同情した。

 涼香ちゃんは、修学旅行中一旦自宅に帰るかどうかという話が挙がったのだが、どうやら彼女がなにやらやっておきたいことがあったらしく、期間的にも2泊3日ということもあってそのまま滞在してもらっていた。

 そして、ひとりでいる涼香ちゃんの元に、美琴さんがどうやら訪れていたらしく。……まあ、そこでなにやらあったらしい。


「そういえば、やっておきたかったことってなんだったんだ?」


「それは乙女の秘密というもの。あまり不用意に詮索するべきじゃ、ない」


 ピッと小さく指を刺されつつそう言われてしまっては、追及するのも野暮だというものだろう。


 話も軽くひと段落したところで。夕飯はどうしようか、と。

 新幹線などによる移動がほとんどではあったとはいえ、さすがに俺や絢香さんも疲れているし。涼香ちゃんは、最近では手伝いこそやってくれてはいるが、5人分を彼女が主となって、となるとさすがに厳しいかもしれない。


「久々ではあるが、外食……は他の人の目があるし、なにか出前でも頼もうか」


「出前! お寿司、ラーメン、ピザ!」


 その提案に、真っ先に反応したのは美琴さん。両の手を挙げて喜びながら、料理の名前を列挙していた。

 というか、和食に中華に洋食って。統一感が迷子なのだが。


「みんなで相談して好きに決めてください。俺は、正直なんでもいいです」


 強いて言うなら和食に関しては京都での食事に近しいものがあるため少し微妙だが。しかし、出前で頼むような和食といえば先程美琴さんが挙げていたように寿司とかになるだろうから、毛色が若干変わるため問題ないだろう。


 美琴さんが主導で、スマホを使って近場の店を調べ。涼香ちゃんがそれに乗り気で乗っかりながら。

 晩ごはんをどうしようかという話し合いが進む中。


 あ、そういえば。と、茉莉が突然に口を開いた。


「どうした?」


「いや、ものすごく話の脈絡からして関係はない話なんだけどね。いいかな?」


「俺は別に構わないが」


 そう言いながらぐるりと全員の顔を見回すと、どうやらみんな俺と同意見らしかった。

 それを確認した茉莉が、それじゃあと改めて仕切り直すと。そのままに言葉を続けた。


「たぶん、全員気づいていたとは思うけど。改めてキチンと宣言しておくわね。私も、みんなと同じく裕太のことが好きよ」


 ピシャリ、と。空気が。いや、時間が凍りついたような、そんな感覚がした。


 その言葉は、その場で告げられるのがさも当然かのごとく、サラリと、ごく自然に投げ込まれ。そして、全員の耳に入ってきていた。

 そのせいもあってか、全員がしばらくの間、聞いた言葉がそのまま反対の耳から抜けていってしまい。理解できないでいて。

 無理やり、言葉を反芻して。なんとか解釈した結果。


「今言うのかよ、突然だなっ!?」


「茉莉、やっぱり……!」


「茉莉ちゃん!? 急に言ったね!?」


 絢香さんを除く3人が、ほぼ同時に驚き、反応していた。

 残る絢香さんはというと、あまりにもビックリしたのか。口をまんまると開いて唖然としていた。


「いや、だから事前に言ったでしょ? 話の脈絡のない、関係ない話だって」


「それはたしかにそうだが。それにしても、前置きとかいろいろあるだろ」


「あら。私に確認するときにはほとんど前置きもなにもなかった人がなにか言ってるわね?」


「ぐっ……」


 それを言われるとなにも言い返せない。直前に別の話題の話をしていたとはいえ、本題の切り出しにあたっては俺もほとんど前置きの類はしていなかったからだ。

 茉莉は、まあ、そういうことだから。と、言うだけ言って満足して、元の晩ごはん選びに戻ろうとしたところで。

 しかし、そんな話をされて。当然そんな簡単に戻してくれるはずもなく。


「茉莉。裕太さんの確認って、なに?」


「言葉の意味と話の流れそのままよ? 私が裕太のことを好きかどうかの確認」


「……ちょっと理解出来ない、というか、理解したくない」


 涼香ちゃんは、苦虫をかみ潰したような表情をしながらそっぽを向く。

 その隣では、ええっと、と首を傾げながら。美琴さんが、確認をとる。


「つまり、茉莉ちゃんが裕太くんのことを好きってことに、裕太くんが気づいて。で、それについて裕太くんが確認をとった、ってこと?」


「まあ、そうなりますね」


 事実だし、茉莉のほうから開示しているのでここで否定する理由はない。

 コクリと頷きながらにそう肯定すると。美琴さんと涼香ちゃんが、揃って俺の方を見て。

 そして、まるで信じられないとでも言いたげな視線をこちらに投げかけてくる。


「あの裕太くんが……?」


「いったいどの俺なんですか」


「他の全員が気づいてるのに、ひとりだけ気づいてなかった裕太さんが……?」


「それは、本当にゴメンナサイ」


 茉莉のことだけにかかわらず、美琴さんや涼香ちゃんから向けられていた感情にも、言われるまで気づかなかったというのは紛れもない事実で。

 そして、そのせいで彼女たちには少なくない苦労や迷惑をかけたということは間違いないだろう。


「でも、これでやっと。だね。……夏に裕太くんが約束してくれたように、ようやく全員の気持ちと、向き合うことができたわけだ」


「……ええ、随分と、お待たせしました」


 あれから、4ヶ月くらい経とうという頃だろうか。当時は夏真っ盛りだったというのに、もはや秋も終わろうとしている。


「私は、誰が選ばれようと文句は言わないよ。だから、しっかりと向き合って。後悔の無いように決断してね」


 さすがにこの場にいない人を選ばれたら、ちょっと! ってなるけどね、と。美琴さんは冗談めかした口調でそう言う。

 さすがにそんなことは起こり得ないし、起こさない。俺とて、ここにいる4人に対して不義理を行いたくはない。……まあ、そもそもそんな相手もいないわけだが。


「ん。私も、美琴さんと同じ意見。しっかり悩んで、決めてほしい」


 涼香ちゃんも、そう言ってくれる。

 俺がああ、とだけ返事をすると。彼女は満足そうにしながら、元見ていたスマホで、再び店探し及び夕飯決めに戻ってしまった。

 どこか気が抜けたような、力のないような口調で。意識の置きどころも、少しふわふわしたような彼女だが。しかし、それがまた涼香ちゃんらしいとも感じられる。

 ある種、これも彼女なりの配慮なのだろう。難しく考えなくてもいい、というような。


「私からも、同意見。……だからこそ、裕太にはしっかりと考えてほしい。どうあることが、裕太のためになるのかってことを」


 ぽーんっ、と。軽く背中を押しながら。茉莉がそう言ってくれる。

 気づくのが、知るのが最後になってしまった彼女だったが。しかし今回、こうして彼女のことを知ることができて。俺の中にあった問題が、いくつか解決しそうだった。

 今なら、ずっと白紙だったデザイン案が。進んでくれるかもしれない。


「だから。キチンと考えて、そして決めてね」


 茉莉の言ったその言葉に。思わず手をギュッと握りしめてしまう。

 じんわりと湿り気を感じる拳。緊張を感じていることは、間違いなかった。


 俺は、彼女たちの中から選ぶ権利があり。義務があり。そして、責任がある。

 同時に、選ばなかったということについても。同様に存在している。


 それらを、全て知り、受け入れた上で。決めなければならない。

 決して軽くはないその事実を受け止めながら。少し、考える。


 茉莉を選んだならば、きっとその先はとても平和だろう。

 今回のやり取りを通じて。彼女がどれほど俺の身を案じてくれていたのか、ということを理解できた。デートのときに彼女があれほど怒っていた理由も、今なら理解できる。


 涼香ちゃんを選べば、逆に様々な問題が振りかかってくるかもしれない。

 彼女はそこそこに自分勝手なところが存在するため、それに振り回される未来は想像に難くない。けれども、それはそれで楽しいんじゃないだろうか、とも。そう思えてくる。


 美琴さんの場合も、きっとトラブルはいろいろと起こるだろう。

 しかし、美琴さんの場合はしっかりしているとしっかりしていないのふたつがなぜか混在しているという不思議な人だ。なんだかんだで大変だろうが、なんとなく、その先に悪いことはないのだろうという予感は存在している。……なんの確証もない、ただの予感だが。


 そして、絢香さんは――、


「そういえば、お姉ちゃん。大丈夫?」


 とってってってっ、と。涼香ちゃんが絢香さんの前まで言って、首を傾げる。

 絢香さんはというと、未だに放心状態なようで。彫像のようにカチンと固まったままだった。……というか、話に入ってこないと思ったら、今の今までずっとこのままだったのか。

 涼香ちゃんが絢香さんの視界の前でぶんぶんと手を振りながら声をかけていると、彼女はハッと気がついたようで。


「あれ? ええっと、なんの話でしたっけ?」


「話は割とひと段落した。今は、夕飯なにを頼むかって話をしてる」


 涼香ちゃんは、淡々とそう現状の説明をしていく。絢香さんは、小さくそっか、とだけ呟くと。


「えっと、ちょっと私、お昼に食べたご飯が多かったみたいであんまりお腹が空いてないから。みんなで決めちゃってください? ……ついでに、ちょっと疲れてるので、部屋で休んできますね」


 そう言って、絢香さんは少しフラッとした足取りでリビングから出ていこうとした。少し心配に思った俺が付き添いにいこうかとそう申し出たが、彼女に大丈夫ですと断られてしまった。


「お腹が空いてないのなら、仕方ないね。それじゃ、私たちで決めちゃおっか」


「……うん」


 美琴さんが言った言葉に、涼香ちゃんが少し言葉を詰まらせてからそう反応した。絢香さんの容態が気になるのだろうか。

 修学旅行でいろいろな人と話していたし、いろんなところを訪れたから、その疲れがあるだけだと思うけれど。……涼香ちゃんがなにか気になっているようだし、少し俺からも気にしておこう。


 とはいえ、一旦は兎にも角にも夕飯だ。


「ほら、茉莉もこっちに来なよ」


「……ええ、わかったわ」


 既に美琴さんと涼香ちゃんがある程度決めてくれていたので、あとは個人の希望を採用して、注文しようというようなところまで進んでいた。

 茉莉は俺に呼ばれると、そのままスマホを覗き込み、自身の希望を伝える。


「それじゃ、これで頼みますよ」


「よろしくね、裕太くん!」


「ピーザ! ピーザ!」


 全員の希望を取り纏め。俺が出前の注文をしている後ろで。


「…………」


 茉莉は、絢香さんの出ていった扉をジッと見つめていたのだが。俺がそれに気づくことは、なかった。

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