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#97 贈るということ貰うということ

「よう裕太、なにかいいもんでも見つけたか?」


 翌朝。お土産の購入時間、ということでクラス単位でお土産屋さんに訪れていた。

 朝っぱらから随分と元気な様子で。肩に手を回しながら、直樹は俺の覗いていたところを同じく覗き込んできた。


「いや、まあ。どういうものがいいかなって、ちょっと考えてたところだ」


 京都のお土産、と言われてパッと思いつくようなもののうち、生八ツ橋であるとかの食べ物に関しては、俺の両親に関してはおそらくそぐわない。

 奇跡的に、近い間に帰ってくるということがあればちょうどいいのだろうが。ついこの間帰ってきたばかりで、そんな期待値の低い賭けに出るのは得策じゃない。


「ああ。おじさんとおばさん、海外だもんなあ」


「だから食べ物はダメ。となると雑貨類になるとは思うんだが」


「なにがいいか、ということを直接聞こうにも、おじさんたちは今頃夜かもしれないし。そうでなくても、お土産の内容を本人に聞くってのも微妙か」


 焼き物や織物、あぶらとり紙など。様々あるにはあるのだが、どうにもパッとしない。

 移動の多い両親に焼き物の類を贈ると割れたりするかもしれないし、織物に関しては、職業上より上等なものを普通に持っていたり、あるいは普通に入手できそうに思える。

 あぶらとり紙は……母さんはまだ使うかもしれないけど、父さんには向かないだろう。


「いんや? 別に織物の類はいいんじゃないかって俺は思うけどな」


「そうなのか?」


「ああ、上等かどうか、よりも。誰から贈られたか、ということが大切だからな」


「…………なるほどな」


 直樹のその言葉に納得すると同時に、よく似た話を思い出した。

 当時はなんでそこまで、と思ったものだが。今となっては、なんとなくその理由もわかる。

 ――衣服争奪戦。涼香ちゃんが面白半分ながらに言い出した謎の概念。俺が、家族を除く誰かのために、初めて作った衣服を誰が手にするのか、という傍から見ると疑問符しか浮かんでこないその戦い。


 いちおう自分でも、最低限の仕立てはできると思ってはいるが。当然ながら、本職の仕事と趣味で続けてきたものを比べるわけにはいかない。量産品と比べても、どちらが出来上がりの質がいいかといわれると自分では評価がし難い。

 そもそも、習作などは作っているものの、誰かのために、と。そのつもりで作るのは、ほぼ初めてに等しいのだ。


 だから、出来の云々に関しては彼女たちにとって重要でない。ここで大切になってきているのは、誰が作って誰から贈られたか、ということ。


 いまだに、ちょっと信じられないが。しかし、信じなければいけない俺と彼女たちの現在の関係性を鑑みれば。なんとなく、彼女たちがここまで躍起になっていたその理由が察せる。


「だとすると、どちらにせよここに売っている織物の類はふさわしくないだろうな」


「えっ、そうなのか?」


 がまぐち財布やちょっとしたポーチなど。いろいろな小物から、ネクタイのようなものまで。様々な種類が取り揃えられてはいるものの、適当ではない。

 もし、俺からそれらを贈るのであれば。出来で負けることはあったとしても、生地を買って自分で作って、贈りたい。

 そして、こんなお土産屋さんに材料から売っているなんてことは、滅多にあるわけもなく。当然、この店もその大多数に含まれていた。


「なんというか、裕太らしいというか」


「すまんな、せっかく意見をもらったのに、否定理由ばっかり探してるみたいで」


「別にいいさ。そもそも俺の意見ですぐに決まるようであれば、さっきまでずっと悩んでたこともなかったろうしな」


 あっはっはっはっ! と、彼は大きく笑いながら、全部吹き飛ばしてくれる。

 直樹は、こうやって細かいことを全部無くしてくれるから、なにかとやりやすくて助かる。


「まあ、結局振り出しに戻っちまったわけなんだが」


「いや、そうでもない。直樹のおかげで、多少目星がついたというか」


 そう言いながら、俺は近くにあったものを手に取る。

 直樹はそれを覗き込みつつ。なるほど、いいじゃん、と。


「京都らしいか、と言われると微妙な気もしなくはないんだが」


「別にいいんじゃないか? 日常的に使うものだし。そっちのほうがおじさんとおばさんも喜ぶだろ。……いや、海外ではそんなに頻繁に使うのか?」


 贈ったものを、普段使いしてくれると嬉しいな、と。そんなことを思って。

 父さんも母さんも、同じように贈られたものを使って嬉しくなってくれればいいな、と。


 なるほど、誰かに贈る、ということは。こういうことなのかと。そう感じながら、

 俺は、漆塗りの箸をふたつ。しっかりと選んで、カゴに入れた。


「うんうん、これでひと安心だな!」


「そういえば、直樹は両親になにを買ったんだ?」


「俺か? 俺は元々父ちゃんと母ちゃんからこれを買ってこいって言われてたからな。……なんなら、そのためのお金を別途渡してくるくらいの気合の入りっぷり」


 ちょっとめんどくさそうな表情をしながら、直樹はカゴの中身を見せてくる。

 中には、山盛りのお菓子たち。そのほとんどが名前を聞いたことがあるような有名なものたちで。間違いなく、これらを頼まれていたのだろう。

 大規模なおつかいじゃないんだぞ、と。そんなことをぼやく直樹の背中をポンポンと軽くさすってやる。


「それじゃ、一緒にレジに行こうぜ! 俺、ずっとこれ持ってるの重くて仕方ねえんだよ」


 直樹がそう言う気持ちもわかるくらいにたくさんの内容物。……だが、精算したところで別に重さはほとんど変わらないと思うんだけど。

 そうは思いはしたものの、とりあえず言わないでおいてやった。もしかしたら、気持ちの分だけ軽くなるかもしれない。


「悪いが、先に行っておいてくれ。俺は、別のお土産を選んでくるから」


「えっ、裕太がお土産を両親以外に……!?」


「なんだ、別に変な話じゃないだろう。お前と一緒に行ったときも茉莉に買ってただろ」


「いや、それはそうなんだか。でも、今回は茉莉も一緒にいるんだぞ?」


「だけど、美琴さんや涼香ちゃんはいないからな」


 俺が挙げたふたりの名前に。直樹は一瞬首を傾げてからパッと顔を明るくさせる。


「そっか。手芸部のふたりか」


「そうだ。……厳密には他にも部員はいるはずなんだけど、ほぼ幽霊部員だから実働部員は俺とそのふたりだけだからな」


 あとは、ついでに村岡先生にも渡してもいいかもしれない。なんだかんだで文化祭のときはお世話になったし。そうでなくてもいちおうは顧問なわけだし。


「それなら、新井さんと相談したほうがいいと思うぜ。美琴さんはともかく、涼香ちゃんは新井さんから貰うわけだから」


「たしかに、それもそうか」


 直樹の言葉に納得して、俺はぐるりと周囲を見回して絢香さんを探す。

 てっきり精算しに行くものだと思っていた直樹は、どうしてかついてきているようだった。


 銘菓のコーナーでううんと唸りながら悩んでいる彼女を見つけて、俺は近づく。


「おーい、絢香さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけ――」


「っ!?」


 その瞬間、絢香さんはこちらを向いて。そして、一瞬だけ。

 どうしてだろうか、ひどく怯えたような、恐怖に包まれたような。そんな表情をした。

 しかしすぐさま表情は戻り。大丈夫? と聞いても、ただ驚いただけだと、そう言われてしまった。


「えっと、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


「すっ、すみません裕太さん。ちょっと、今は……」


 そう言うと、彼女はペコリと頭を下げて、その場から退いてしまった。

 ぽつんとその場に残されて。呆然としてしまっていた俺に、一緒に来ていた直樹が後ろから小突いてくる。


「なんだ? 新井さんにしては珍しい様子だったな」


「……ああ、そうだな」


「裕太。お前、新井さんになにか粗相をしたか?」


「心当たりが無いんだが」


 だがしかし、絢香さんにあんな対応をされるとは、たぶんどこかしらでなにかをやってしまったのだろう。

 彼女がその場で取ってつけたような理由でどこかへ行ってしまったということもそうだし。外行きモードで、なおかつこの場に直樹もいたというのに。絢香さんが表情を崩しかけてしまったということもそう。

 おそらく、絢香さんにとって小さくない事柄が発生してしまっているはずだ。


 しかし厄介なのが、どうしてこうなったのかがわからない、ということ。

 心当たりがないのが、本当に困る。どうしたらいいかがわからない。


「茉莉みたいなことになってるなあ」


 思い浮かべた幼馴染の姿。彼女に怒られるときは、たいてい俺が知らずのうちに彼女の逆鱗に触れていて。そうして理由もわからず、どうにもできなくなる。

 そのときと、似ている。


「……あれ、そういえば」


 ふと、少し気になったことが。

 衣服争奪戦。そういえば、茉莉も参戦している。


 絢香さんや美琴さんがあとのとき参戦したその理由は、理解した。

 涼香ちゃんは、当時は面白そうだからという理由が半分、もう半分は絢香さんのサポートだろう。そして、今では絢香さんや美琴さんと同じ気持ちで参加している。

 それらは、恋情からくるもので。……だからこそ、彼女らが躍起になっているその理由も理解ができた。


 じゃあ、なんで茉莉はこれに参加しているんだ?


 幼馴染だから、という理由も考えられなくはないが。それにしては、やる気がありすぎる気もしなくはない。

 俺の感覚がズレているだけかもしれないが、そこまでして欲しいの? と感じてしまう。


 で、あるならば。


「なあ、直樹」


「どうした?」


「これは例え話なんだがな? 異性の友人の手製のものがなにがなんでも欲しいって思う場合、そこにどんな感情があるんだ?」


「……なあ裕太、それ、本当に例え話か? 現実に起こってることではなく?」


 彼から、怪訝な視線が痛く突き刺さってくる。

 俺が返答に困ってしばらくだんまりを決め込んでいると、彼はまあいいかと言って、言葉を続けてくれる。


「俺としては、物にも依るけど、まあ、プラスの感情があるのは間違いないと思う。というか、なにがなんでもってことは相当に強い感情だろうな。それこそ例えば好――」


「それが、幼馴染であったとしても?」


「裕太。やっぱり、マジで現実の話をしてないか? 本当に例え話なの? これ」


 直樹の追及に、しかし俺はやはり黙って。

 しばらく無言の時間が流れたが。耐えきれなくなった直樹が小さくため息をつくと。


「まあ、同じじゃないかな。たぶんそのあたりの立場云々はそこまで重要じゃないだろ。縁遠い存在なら話は別だが、親しい関わり合いなのであれば、むしろ」


「……そっか」


 抱えていた謎が氷解したような。そんな感覚がした。

 仮にそうであると仮定すると、手持ちにあった疑問が、一気に解決する。全部、辻褄が合う。


 まあ、これでただの勘違いだったら。冗談抜きで恥ずかしいとかそういうレベルではないのだが。


 清水寺で、茉莉に言われていたことを思い出す。


 ――それくらいの察知能力を自分の恋愛に対しても発揮してくれれば、こっちとしても楽なんだけどねぇ。


 やっと理解した、その言葉の意味に。彼女の行動の理由に。


「マジかぁ……」


 俺は大きくため息をついて、空いている左手で額を抑えた。

 気づいてしまえば、なんてことはない。むしろ、思い返してみれば、とてもわかりやすいものたちだ。

 むしろ、それに今まで気づいてこなかったのかと。恋愛オンチと、言われたその言葉がガンガンと殴ってくる。


「なにしてんのよ、裕太。こんなところで頭なんか抱えて」


「……茉莉」


 見上げると、心配そうな面持ちで、茉莉がこちらを見つめてくる。


「ま、そういうことだから。俺は、会計してくるな!」


 なんとなく空気を察してくれた直樹が手を振りながらその場をあとにする。

 相変わらず、こういうところは気が利くのがこいつのいいところではあるのだが。


「あ、ちなみに。俺という幼馴染から言わせてもらうと、貰えると超絶嬉しいって思うかな! 全部終わったあとからでもいいから、考えといてくれると嬉しい!」


 ……なんだ。とぼけて確認するふりをしていたくせに、結局ちゃんとわかってやがったか。


 詳しいところは理解しておらずとも、なんとなく、話の流れは汲めていたのだろう。彼はそう言って、行ってしまう。

 とはいえ、衣服を仕立てる話だとは到底思ってもいないだろう。いっそ、メイド服でも仕立てて、無理やり着せてやろうか。……って、それは文化祭のときに実行済みか。

 とはいえ、貰えると嬉しいって言ったのはアイツの方だから。からかい半分の言葉のお返しは、十分に考えておくとしよう。


 全部が、終わったあとに。


 目の前には、状況がわかっていない茉莉が首を傾げていた。

 俺は彼女になんでもない、とだけ言った。

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