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#10 まさか更に増えるとかないよな

「それで? どうして人が増えてんのよ……」


「それは……すまん……」


 家に帰るや否や、自宅の前で待っていてくれた……いや、待たされていた茉莉にそんな小言を言われてしまう。

 後方からは「おっじゃまっしまーっす!」という、とてつもなく楽しそうな様子の美琴さんが靴を脱いでいた。


 ちなみに茉莉が外で待つことになった原因の絢香さんは先程から正座で反省させられている。


「ついてくるな、先に帰っておいてって言われたんなら、おとなしく帰っておきなさい!」


 という雷が、真っ先に落ちたのは言うまでもない。


「とりあえず、紹介してもらえるかしら」


「ああ。俺の部活の先輩にあたる、美琴さんだ。いちおう部長」


「いちおうもなにも、れっきとした部長です! あっ、改めまして桃瀬 美琴です。よろしくね!」


「……宮野 茉莉。よろしくお願いします」


 茉莉は眉間に指を当てながら、大きくため息をついた。


「それで? まさか追加のメイドとか言わないわよね?」


「まさか! ないない。……ただ、絢香さんが部活中に口を滑らせて、面白がった先輩が見に来たいって」


 ……ないよな? そういえば部室にいるときに冗談っぽく私もメイドになろうか? みたいなことは言われたが、さすがにあれは冗談だよな。

 嫌な汗が頬を伝う。美琴さんの様子を伺ってみるが、まるで新しいおもちゃを貰った子供のように、家の中を様々見回しながら目を輝かせていた。


 うん、さすがに大丈夫でしょ。このテンションの人なんだし。


「そういえば男の子の家に遊びに行くのって、これが初めてかも」


「そうなんですか?」


「うん、そうだよ。……へぇ、これが男の子の部屋ってものなのかぁ」


 ふいに美琴さんがそう言った。訂正をしておくと今いるのはリビングなので、男の子の部屋というのは違う。

 ……いや、数日前まで実質俺ひとりしか使っていなかったので、そう思えばあながち間違いでもないのか。


 というか、物色する手を止めてくれませんかね? そんなところ探してもなにも面白いことないと思うんだけど。


「あっ、もしかして私が男の子の家に遊びに来たのが初めてってのにびっくりした?」


「あっ、それに関しては別に」


 キッパリと、そう言い切っておいた。

 実際、俺の中での美琴さんのイメージといえばだいたい放課後は部室にいる人ってイメージだから、そもそも友達がいるのかすら怪しい。いや、さすがにいるだろうけど、放課後は部室にいるのだから、誰かの家に行ってるという印象がない。


「……ねえ、もしかしてものすごく失礼なこと考えてない?」


「えっ? あ、いえ別に」


 考え込んでいたことが表情に出ていたのか。これしまったな。


「ふーん」


 ジト目で彼女はこちらを見つめてくる。うん、割と失礼なことを考えていたからな。「ははは……」と苦笑いしながらその場を誤魔化そうとしてみる。


「むう、やっぱりなーんか納得行かないんですけど……」






 しばらくの間、茉莉が絢香さんのことを叱っていたが、それもようやく落ち着いたようで疲れた表情の茉莉が俺と美琴さんのところにやってきた。

 ちなみに俺は美琴さんをソファに通して、丁度お茶が汲み終わったところだった。絢香さんが真っ先に奪いに来そうなことではあったが、あいにくついさっきまで彼女は怒られていた上に、今は着替えるために一時自室へと帰っているときだった。


 なお、涼香ちゃんは帰ってくるや否や「やることがあるから」と自室へと引っ込んでいった。まあ、別にだからといってどうというわけではないが。


「お疲れ様。茉莉も飲む?」


「ええ、いただこうかしら」


 俺は元々自分用にと持ってきていた湯呑みにお茶を注いで、それを彼女に渡す。

 そのまま美琴さんの分を注いでそれを渡している間に、茉莉はお茶を全て飲み干した。……結構熱いとは思うんだけど、よく飲めたね。


「……ぷはぁ、ありがと」


「いいや、どういたしまして」


 空になった湯呑みを受け取り、そのままキッチンの方へ下げる。

 洗い物は……後ででいいか。そんなことを考えていると、


「なんとなく、裕太くんの言ってたことの意味がわかった気がする……」


 美琴さんが声をかけてきた。


「俺の言ってたことって?」


「ほら、部活のときに言ってたでしょ? たぶん私の思ってるメイドとは違うって」


 うん。言った。ちょっとニュアンスは違うけど。

 正しく言うなら美琴さんが思っているような状況じゃない、だけど。


「なんていうか、少なくとも今のやり取りだけをとりあげて言うなら、どっちかっていうと茉莉ちゃんがご主人さまで裕太くんが執事って感じだったじゃん?」


 ああ、たしかにそれはそうかもしれない。少なくとも今さっきのタイミングだけを見て判断するなら、給仕している側は俺だ。

 茉莉もそのことに言われて初めて自覚したのか、ものすごくバツの悪そうな顔をする。いや、別にそんな責任を感じなくてもいいんだが。


「まあ、そのあたりは良くも悪くも絢香さんのほうがしっかり……しっかり? してますよ。そもそも茉莉がメイドに立候補した理由がアレですし」


 ちなみに涼香ちゃんは、よくわからない。なにかをやってくれてはいるようだが、基本的には状況をひたすら楽しんでいるだけのようにも見える。


「ちなみにその理由って聞いても大丈夫なやつ?」


 美琴さんのその質問を受け、茉莉の方を向くと彼女はコクリと頷いた。


「俺が絢香さんや涼香ちゃんに手を出さないように見張る、という理由ですね」


 俺がそう告げると、美琴さんは驚いた表情で俺と茉莉の顔を交互に見る。まんまるな瞳が5回ほど往復した後に、


「えっ、本当に?」


 と、なぜかめちゃくちゃに疑いの目を差向けられながら、確認を取られる。

 俺が肯定の頷きをすると、いゆいやいやいやと言われ、真剣な面持ちで美琴さんが言ってくる。


「だって裕太くんだよ? あの裕太くんだよ?」


 もちろん自分のことだというのは認識した上ではあるのだが、こういう言い方をされるとどの裕太くんですか、と言いたくなる。


「出すわけないでしょう、手を。こと恋愛に限って言えば超のつくヘタレの裕太くんが」


 あっ、美琴さんにまでその認識をされてたんだ。……でもどこでそういう認定されたんだ? 茉莉とは違ってそういう話題をしたことはないはずなんだけど。


「私がどれほどイジり倒そうとも、面白半分でちょっと浮ついたような言い方してみても、ひたすらに素っ気ない態度でしか返してくれない裕太くんだよ!?」


 まさかそれを幼馴染の茉莉ちゃんが気づいてないわけ無いでしょうに、と。

 うん、なんていうかその、ごめんなさい……? でも素っ気ない態度を取ってる原因の半分は美琴さんだからね? あなたへの対応を他の人にはしてないからね?


「それこそ、どっちかっていうと裕太くんは襲うというよりかは襲われる側というか……」


 美琴さんがそんなことを言うと、隣にいた茉莉が身体を少しビクつかせる。


「いや、でも俺自身押しに弱い自覚はありますけど、いくらなんでも俺がさすがに襲われる側というのは無いんじゃ……?」


 俺がそう言うと、美琴さんはまたジトッとした目でこちらを見つめてくる。


 いやまあたしかに、今のこの絢香さんや涼香ちゃんとの関係だって、茉莉がここにいるのも、美琴さんが今日やってきたのだって、どれも押し切られて起こった事案ではあるけど。

 ……あれ、もしかして自分って思ってたよりも更に押しに弱いし、自分で認識していたよりも今の状況ってヤバい?


「まあ、たしかに裕太くんが言ってたように思ってたようなメイドさんってわけじゃないようだけど、でも、思ってたよりも何倍も面白そうなことになってるねぇ」


「もはやいつものことだから強くは言いませんけど、人を見せ物みたいに言うのやめてくれませんかね?」


 俺はそう言うが、美琴さんは「まあまあいいじゃない、減るもんじゃなしに」と言ってくる。

 ……これか、これが良くないのか。こうやってそのまま押し切られるのが良くないのか。


 しかし、それを理解したからと言ってすぐにどうすればいいかなんてものはわからない。

 こめかみのあたりを軽く掻きながら頭を悩ませていると、リビングの入り口の扉がガチャリと開く。


「すみません、遅れまし――」


「かわいいっ!」


 現れた人物に真っ先に飛びついたのは美琴さんだった。その場にいた彼女以外の全員が目を丸め、いったい何が起こったのかと数秒間理解できていなかった。


「すごっ、ほんとにメイド服じゃない! うんうんスカートや袖も長くて露出が可能な限り落とされてるのがすっごくいい。清楚っぽい見た目イメージの絢香ちゃんにピッタリ! それでいてしっかりと強調するラインはしっかりと強調してて……」


 まるで周りの状況なんて見えていないほどに、彼女は絢香さんの周りをくるくる回りながら余すことなく観察し、ひとり熱弁する。


「先輩! 絢香さんが戸惑ってますから!」


 俺がそう言いながら引き剥がしにかかる。さすがに力は俺のほうが強いので引き剥がせはするが、思った以上に抵抗された。


「ほんっと好きですね、美琴さん」


「うんっ!」


 屈託のないとても良い表情で、彼女はそう答えてきた。そこにあるのが純粋さだけなために、どうにも強く叱りつけにくい。


「とはいえ、相手を困らせちゃだめですから」


「えー……ケチ」


「ダメなもんはダメです」


 美琴さんは頬を膨らませながら抗議をしてくるが、さすがにコレはだめだ。俺であるとか、事情を知ってる相手にするならいざ知らず、知らない人にこれをすると下手すればトラウマを植え付けかねない。


「それにしてもこれ、裕太くんが作ったの?」


「えっ?」


 美琴さんが言った言葉に、俺が首を傾げる。


「だってこれ、手製でしょ?」


「……いや、俺は作ってないですよ」


 うん、俺は作ってない。それだけは間違いない。なにせ、彼女がここに来た時点でこれを着ていたのだから。


 とはいえ、手製ということに関しては納得行く部分は多い。

 少なくともそういうコスプレグッズとして販売されているそれらなんかではない。そんな安っぽい仕上がりではない。

 それに、このメイド服自体が間違いなく絢香さんの身体に合わせて作られているから。どちらかというとオーダーメイドで作ったのかなあ、と思っていたが、なるほど手製の可能性もあるか。


「これは妹が……涼香が作ってくれたんです」


「へえ、あの子が」


 その言葉に、美琴さんが目を輝かせ、茉莉が顔をしかめさせる。

 しかし、涼香ちゃんが……なるほど、どおりで手芸部に対して入ってもいいって言ったわけか。


「まあ、それならいいや。……いや、どうせなら裕太くんが作ってくれてたらそれはそれでずるいってゴネられたからよかったんだけども」


 美琴さんがそう言うと、事情を理解できていない絢香さんと茉莉が首を傾げる。


「私との約束――私の服はまだ作ってくれてないのに! って言えたのになあ」


「だからいつも言ってるでしょう。確約はしてないですよって」


 俺がそう言うと、美琴さんは「知らなーい知らなーい。私が卒業するまでに作ってもらうもーん」と、目をそらしてくる。

 また誤魔化して……と。それについて怒ろうとしたが、そのときに違和感に気づく。


 絢香さんと、茉莉の様子がおかしい。なにかをブツブツとつぶやいている。


「あっ、あの!」


 そして、先に口を開いたのは絢香さん。


「私も。私も裕太くんに服を作ってもらいたいです!」


「はいっ!?」


「私も……ちょっと興味あるかな」


「茉莉まで!?」


 待って待って待って。どうしてそうなった?

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