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#1 学校イチの美少女がメイド服で押しかけてきたんだが

 咄嗟の行動であったとはいえ、アレは俺にできた最大限だったはずだ。


 リビングのソファの上で、俺、小川(おがわ) 裕太(ゆうた)は明日から始まる高2生活への悩みで頭を抱えていた。


 両親が海外出張のため、そこそこに広い一軒家には俺ひとり。がらんどうの室内には、テレビから流れる声だけが響いている。


 ――環状線通り魔事件。スピーカーから聞こえてきた嫌に親近感のある単語に、思わず反応してしまう。

 2日前、環状線内でナイフを持った男が無差別に周囲の人を斬りつけ始めた事件。そして、俺自身も巻き込まれた事件だった。


「あー、やだやだ。聞きたくない聞きたくない」


 今抱えている悩みごと目をそらすように、俺はテレビの電源を落とした。


 自分の他に音を立てるものがいないと、それはそれで酷く不安感と孤独感を煽る。

 元より俺が小さな頃から家を空けることの多い両親だったから、今更これくらいでどうということは無かったはずだったのだが、通り魔事件に巻き込まれたこと。そしてその時にやらかしてしまったことが、普段より弱気になってしまっている。


 誰か……直樹(なおき)あたりと電話でもして雑談を。いや、むしろ事件のことを詳しく聞かれそうだ。

 思わず口をついて出てしまったため息以外に何も聞こえない。そんな静寂に、


 ピンポーン!


 割って入ってきたのは、ひたすらに明るい電子音だった。


 チラっと壁の時計を確認してみると午後9時過ぎ……こんな時間にいったい誰が何の用事だ。


「はーい」


 正直動きたくないという気持ちがかなり強いが、さすがに出ないわけにはいかない。

 重たい腰を上げ、玄関に向かう。

 ガチャリ。ドアノブを捻り、ドアを押し開ける。


「どちらさまで……」


 俺はその時はじめて、自宅のインターホンにカメラ機能がついていないことを恨んだ。


 目と目が合う。視界に映るのは、とても見覚えのある顔。

 名前は新井(あらい) 絢香(あやか)。俺と同じ篠山高校に通っている同級生にして、新井財閥の御令嬢。


 高校での彼女について語るのであれば、氷の女王様という言葉がしっくり来るだろう。

 彼女は美人だ。なんなら学校イチの美人と言って差し支えない。

 整った顔立ち、170はあろうかという高身長、腰辺りまで真っ直ぐに伸びた真っ黒な髪。

 表情は凍りついたかのように変わらず、常に冷ややかで鋭い視線を伴っている。

 当然学校内でも男女ともに人気は高く、言ってしまえば高嶺の花的存在だ。


 そして。つい2日前、俺が偶然にも遭遇した女子だった。


 タラリと冷や汗が頬を伝う。事件当日、彼女に向けられた刺すような視線を思い出し、焦燥が鼓動を加速させる。


「あっ、新井……さん? その、先日は」


 謝ろう。とにかく謝ろう。高校生活あと2年もあるというのに立場が危うくなるわけにはいかない。この際土下座だって。

 そう思い、地に手をつけようと屈もうとしたとき、


「あの! えっと、その……メイド、いりませんかっ?」


 ……はい?


 想像の斜め上を行く彼女の言葉に、思わず耳を疑う。

 地面を向いていた視線を改めて前に向けてみると、それが聞き間違いでないことがわかった。……聞き間違いであってほしかった。


 ついさっきはボーッとしていたこと、そしてそこに新井さんの顔があったその驚きでしっかりと見ていなかったのだが、

 エプロンを思わせる(ピナフォア)ワンピース(ドレス)白いフリルのついた(ホワイト)カチューシャ(ブリム)。いわゆるメイドの姿をした新井さんがそこにはいた。


 誰だこれ。ほんとにこの人新井さんか? いや、顔は新井さんなんだけど、氷の女王様っぽさが微塵もない。


「あの……小川くん? えっと、だからメイドさんはいりませんか?」


 あまりにも意味不明な状況に絶句していると、返答がないことに不安を感じたのか、新井さんが俺の顔を覗き込みながら声をかけてきた。


 何か、何か言わないと。でも、なんて言えばいいんだ?


 そうして、絞り出した言葉は、


「……訪問販売は、間に合ってます」


 そう言って、ドアを閉めた。自分でも一体何を言っているんだと思ったが。


 ドアの向こう側からは「ちょっと! 小川くん!?」だとか「訪問販売じゃないから! 無料だから!」だとか、新井さんの叫び声が聞こえてくる。


 ……寝たい。






 家の前で騒がれ続けるのも近所迷惑だし、時刻も遅くて女子を屋外に居させるの危ないだろうということで、とりあえず招き入れた。


 招き入れるときになって初めて気づいたのだが、もうひとりいた。


「はじめまして、妹さんかな?」


 ふんわりとした銀髪に、小動物を思わせるようなこぢんまりとした体格。……そしてやはりメイド服。

 俺の質問に彼女はコクリと頷いた。かわいい。


 とりあえず2人にはリビングのソファに座ってもらい、俺は斜め前にスツールを置いて腰を掛けた。


「それで、新井さんは――」


「絢香、と呼んでください。名字だと涼香(すずか)……妹と一緒なので」


 それは確かにそうだ。そう思い「絢香さん」と呼ぶと、彼女は「キャッ」と言って身体をくねらせる。


 なんというか、とてもやりにくい。俺の知ってる彼女とあまりにも違いすぎる。

 話しかけられても表情ひとつ変えず、必要なことだけ話してササッと切り上げる。そんなイメージだったのだが。


 目の前の彼女は表情豊かで、すごく緩い。


 そんなことを思いつつ、話を本筋に戻す。


「それで、絢香さんは一体俺に何の用事で?」


「ですから、メイドはいりませんか? と」


「それはさっきも聞いたんだけど、……えっ?」


 俺は思わず2人の顔を交互に見る。絢香さんは首を傾げ、涼香ちゃんは無表情のままジッとこちらを見ている。


「……詳しいことは、私が話す」


 理解できない、理解したくなくて唖然としていた俺の様子を見かねて、涼香ちゃんが口を開いた。


「お姉ちゃんは、裕太さんに一昨日助けてもらった」


 彼女がそう言うと、絢香さんが「あっ、私もまだ下の名前で呼べてないのに!」と叫んだ。


「助けた……というか、ただ突き飛ばしただけなんだけど。それに、めちゃくちゃに怒ってたような記憶が」


 そう。突き飛ばしただけ。ナイフを持って暴れていた犯人を前に立ちすくんでしまっていた絢香さんの姿を見かけて、咄嗟に突き飛ばしたのだ。


 犯人自体はその直後に他の人によって取り押さえられていたけど、彼女は座席の手すりに思い切り頭をぶつけて。そのあと、めちゃくちゃに睨まれた。

 その瞬間、やらかしたと確信して。謝らないとと思ったものの、あまりの威圧感に思わずその場から立ち去ってしまった。


 うん。やっぱりメイドとは話が繋がらない気がする。


「助けてもらったことに変わりはないし、怒ってるように見えただけで怒ってないよ。というか、むしろ突き飛ばして貰ってちょっと喜んでた」


「……はいっ!?」


 思わず、素っ頓狂な声が出てしまった。


「どうせそのときのお姉ちゃんは外行きモードだったから、ただ見つめてたのが睨みつけてるように見えてただけだと思う」


「な、なるほど?」


 たしかに、そう言われてみれば普段からいつもああいう視線だったような気はする。注視されたことがないだけで。

 けれど、百歩譲って怒ってなかったとして、喜んでたってのは? そんなことを考えている俺を他所に、


「そ、れ、にっ!」


 とってってってっ。突然にソファから立ち上がり、涼香ちゃんが近づいてきて耳打ちをする。


「自分の姉をこう紹介するのはアレだけど、お姉ちゃんドのつくマゾだから」


 妹が俺に近づいたことに絢香さんから抗議の声があがったが、俺の耳に入ってこない。

 もはや倒壊寸前だった絢香さんのイメージが、完全に崩れ去った。


 とってってってっ。座っていた位置に戻った彼女は、元の調子で話を再開する。


「それで。名目としては裕太さんに助けてもらったお礼ってことで」


 うんうんと頷く絢香さん。しかし、まだ納得いかず俺が眉をひそめていると、涼香ちゃんはフッと笑って。


「実情としては都合のいい体裁を作って取り入りたいってだけ。ただの色ボケで特に裏とかはないから安心して」


「ちょっと!」


 顔を真っ赤にして慌てる絢香さんを横目に、涼香ちゃんはケラケラと笑う。

 ちなみに私はお姉ちゃんの手伝い。とのことだった。存外にポンコツだから、とも。……今までなら信じなかっただろうけど、どうしたものか、今なら納得できてしまう。


「……えっ?」


 ちょっと納得しかけていたが、最大級の疑問にぶち当たる。

 仮にここまでの話が全部正しいとすると、


「絢香さんは、俺のことが好きってことにならない? それ」


 自分でも、何を聞いているんだろうと思う。けれど、


「うん、その認識で合ってる」


「涼香!」


 その答えは、割とあっけなく判明した。

 絢香さんはというと、涼香ちゃんの肩を掴んでブンブンと前後に振り回していたが「家で小川くん小川くんうるさかったくせに」という言葉でおとなしくなった。


「てなわけで姉と私をここに置いてってこと。その代わりといってはなんだけど、メイドとしてのお仕事はする」


 わかった? とでも言いたげに、涼香ちゃんは胸を張る。


 正直なところ、つい先刻まで無音の空間という圧力に押し潰されそうになっていた身としては誰かが家にいてくれるというのはとても嬉しいことだった。……まあ、その理由の一端が消えたのである意味既に解決はしているんだけども。

 しかし、男友達がいるとかならいざ知らず、よりによって女子が。それも奉仕してくれるとなると、さすがにとてつもなく気が引ける。


「いやあ、そんなこと言ってもいちおう俺は男だから親御さんがいろいろアレじゃない?」


 女の子が男の家にとなると、さすがに問題があるだろう。そういう理由でなんとか断れば……、


「大丈夫、両親からはちゃんと許可を得てる」


 しなかった。まあ、こんな意味不明な状況になっているのだから当然といえば当然か。……こんな状況がそもそもおかしいんだけども。


「で、でも俺の両親がなんていうかわかんないし!」


 こうなったらヤケクソだ。なんでもいいから断る理由になってくれさえすればそれでいい。断れさえすれば……、


「それも大丈夫。まさか海外にいるとは思わなかったけど、既に電話で連絡を入れて許可も貰った」


 許可するだろうなあ、俺の両親。面白いこと大好きな楽観的な人たちだからなあ。


「ね、ねえ小川くん。その……嫌だった?」


 ここまで黙っていた絢香さんが、不安そうに尋ねる。

 あんまりにも俺が断ろうといろいろ提示しているから、自分自身が望まれていないと思ったのだろう。


「嫌……じゃない」


 嫌なわけがない。学校イチの美人がメイドとして奉仕してくれるだなんて願ってもみない申し出だし、好意を寄せてくれているという事実を聞いて、驚きこそしたものの後に残ったのは嬉しさだった。

 それから、突き飛ばしたことが問題になってないことに対する安堵。


 ああ、もうここまで外堀が埋まってるんだ。……覚悟を決めろ。


「わかった。……これからよろしく絢香さんと、それから涼香ちゃん」


 そう伝えると、パアアッと表情を明るくする。

 ……すげえかわいい。ちょっと憧れてた氷の女王様の面影はそこには全くないけれど。コロコロと表情を変える今のほうが、ずっといいように思える。


「はい、ご主人様!」


「それはちょっと恥ずかしいからやめて!?」






「そういえば、なんでメイドなの?」


 ふと、そう尋ねると絢香さんはそのまま涼香ちゃんの方を向く。……どうやら自分で理由は把握していないらしかった。


「お姉ちゃんの性格的にそっちのが喜びそうってのと」


 涼香ちゃんはそう言い、少し口籠ってから、


「裕太さんのお母様から、中学の頃に裕太さんがメイド物のエロ本を集めてたと聞いたから」


「母さん!?」


 原因:俺の不始末

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