7話 見送りのち訪問のち壁ドン(前半ニウ視点)
「ねえ、やっぱり泊まったのってよくなかった気がするんだけど」
翌日、顔を洗うのも朝食も断わられ、早々に帰ることを主張された。多少の抵抗はあると思ったが仕方ない。俺とホイスで見送りをしようとすれば、公爵自ら? とぼそぼそ文句を言いつつも連れ立ってくれた。
その道中、神妙な顔をしてヴィールが言った言葉に、思わずホイスと顔を合わせてしまう。
「今更だな」
「そうですね。僕は主人がヴィールさんを連れていくと言った時点で諦めましたけど」
大した事ではない。確かに醜聞になるものではあるが、そこも織り込み済みでやったことだ。
なのにヴィールは顔を歪ませる。もう少し上品な顔をしてほしいものだが。
「嫌な気持ちになるでしょ」
「誰が」
「ニウの恋人とか、婚約者とか」
「は?」
その言葉に瞬時に頭が沸騰する思いだったが、なんとか堪えた。恋人だって婚約者だっていない。そういう話はあるにはあるが、全部却下している。ああでもそれはきっと目の前の想い人には伝わらないだろう。
「別に、そういうのはいない」
「え、うそ」
「嘘つく必要がないだろう」
「だって見た目だけはいいでしょ?」
「見た目、だけ、だと?」
「うん、だからホイホイついてくるのが一人や二人いても」
「ふざけるな」
「なによ。真面目に言ってるし気使ってるのに、どうして怒られなきゃいけないわけ?」
「まーまー、落ち着いて」
彼女にとって自分は見た目だけの人間に見えているらしい。
ここからどう印象良くしていけばいいか考えていたら、道が変わった。平民街だ。
「あ」
「どうした」
「ここでいい」
「え?」
送りますよ遠慮なくと言う笑顔のホイスに対し、俺はこの時少しショックを受けていた。ここまで来て断るなんて考えもしていなかったから。
「住んでる場所、特定されたくないから」
「なんだと」
そういうとこだけ危機感があるのかと囁くと、明らかに不快感を顕わにした。
睨みあげられ、心配で見送りをしている自分の気持ちが伝わらない事に苛立ちを覚え、こちらの好意を無碍にするのかと唸るように返してしまった。
「慎みというやつね」
「何が慎みだ。お前みたいな跳ねっ返りに言われても」
「失礼ね! 女性が嫌がってるんだから遠慮したらどう?」
「お前は」
「それに私、お前じゃないし」
ついでに言うなら伯爵令嬢でもない、そう言われる。
「どう呼べと」
「ヴィールって名前があるけど」
「……ヴィール」
名前で呼んでいいと言われたようなものだった。たぶんヴィールは何も考えないまま言っている。でもそれが自分には特別なことのように思えて、どうにも心内が落ち着かない。
「じゃ、そういうことで」
「ま、待て」
「待たない」
失念していた。彼女は怪盗だ。
逃げ足は誰よりも早く、あっさり逃亡を許してしまう事になる。
舌打ちをして、見送れないまま屋敷に戻る事になった。
後日。
気乗りはしなかったがヴィールの家に行く事にした。
彼女はこちらに居場所を教えていない。言いたくないのも分かる。彼女からしたら、初対面の男が家の場所をきいてくるわけで、気持ちのいいものではないだろう。
初対面……自分で言って自分で傷つくのはおかしい話だな。
「ヴィールさん、怒りそうですよね」
「……」
「いいんですか? 勝手に押しかけて」
「早い方がいい。ラートステだったな」
「はい、商人です。やり手ですよ~! 資料はもうご覧になってるでしょう?」
ホイスが商人の情報を話し続ける。確かに彼にも用があるが、まず先にヴィールに会わないといけない。
しかし、居場所を特定しているのを知ったら、ホイスの言う通り怒りそうだ。
「ここです」
「失礼」
「はーい、お客様……うそ、イケメン」
妙な言葉を使うなと思いつつ、ヴィールの事を尋ねた。この建物の三階に住んでいる事は知っているが、この建物の管理人はこの男だ。流れとしてはこちらから声をかけるべきだろう。
「ヴィールちゃんなら、まだ帰ってきてないわね」
「は?」
「貧民街に行く日だったかしら」
外は夕暮れの終わりで夜が来ている、そんな時間に一人で? 何を考えているんだ? 襲われてカンザシを奪われたのなら、それからは気をつけるだろう。
「ちっ」
「あ、主人!」
「あら」
飛びだした俺を追いかけるホイスの足音が聞こえた。まったく、なんなんだ。危機感というものがないのか。
* * *
「ヴィール!」
「ん?」
掘り出し物を見つけて、すごく気分がよかった。なのに今、台無しにされるというこの仕打ち。
「げえ」
「何をしている!」
まだ完全に夜になってないけど、片手に光を持って目の前に立つ男、ニウは少し息が上がっていた。
そして光を私に当て、またまた上から下までじっくり見ている。そして眉間の皺を深くした。
よし、言い訳をしよう。
「珍しい植物あったから、持ち返ろうとして、それで夢中に……」
「は?」
事実だ。確かに夢中になりすぎたのは認める。けど、そこまで怒らなくてもいいと思う。そもそも彼には関係ないはずなのに。
「これ」
「雑草か」
「失礼な!」
目の前にとれたての植物を見せても反応がひどい。薬草だぞ。わざわざ根から掘って採取したんだから、大事なサンプルだというのが嫌ほどわかるのに、全然理解してない。本当に父の研究知ってたの、こいつ。
「この一帯では珍しいものはないだろう」
「え、これかなり貴重だけど?」
「まあいい。で、採取は終わったのか?」
「え? うん、今終わったけど」
「なら帰るぞ」
「え」
「ほら」
手首をとられた。
腕まで土まみれだから触らない方がと伝えたけど無視される。これは逃がす気がないな。
「主人!」
いましたか、と私を見てほっとしてる侍従のホイス。ぐいぐい連れていく割に、掴む手首の力は優しかった。なんだろう、とてもちぐはぐ。
「お帰り、ヴィールちゃん……すごいわね」
「いいサンプルがあって」
「よかったわねえ」
そしてゆっくりこちらに振り向いたニウの顔はえらい怒っていた。
「夜分に女性が一人で出歩くものではない」
「だからつい夢中になっちゃったんだって」
「護衛をつけろ」
「平民にんなもんないわ」
ぎりっと歯がみするニウ。ホイスはにこにこしてるだけだし、ラートステはイケメンが怒ってるう神~と言って、うっとりしていた。
誰も仲裁する気はないみたいだ。
「お前はっ」
近場の壁に押し付けられた挙げ句、ニウの両手は私の顔の横。険しい顔をしたまま見下ろしている。
ラートステがきゃーイケメンの壁ドンんんと叫んでいたけど無視することにした。
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