57話 社交場のち最後の挑戦
「よし」
一回目の衝撃が強すぎて、婚約破棄の日は覚えてしまっている。
元婚約者から呼び出しの手紙がきた時に場所だけは変えてくれるように伝えた。
指定場所は、社交場。
裏側は元婚約者と義理母が牛耳っている取引場だから、すんなり私の要望は通った。
表の社交場は人も多いし、今日の警備は推し。
ニウとは逆行前によく来ていたけど、普段あまり社交場に顔を出さないようだから、今日はいないかもしれない。
ニウがいなくても推し経由で今日のことが耳に入れば、ナチュータンの権利移譲も受け入れて、かつ元婚約者の動向に気づいてくれるかもしれない。
「……」
ラートステはギリギリまで一緒にいてくれたけど、大事な用事があるからと言って出て行った。私はラートステにお願いして紹介してもらった仕立て屋の上等な衣装を纏っている。
髪は結い上げ、化粧を施し、背筋を伸ばす。
服に同じく用意してもらった馬車から降りれば、周囲の視線を感じた。
大丈夫、今の私は完璧な淑女のはずだ。
ずっと練習したんだ、場数だって踏んだ。
「やれる」
社交場の大舞台、音楽を奏でる為だろう楽器隊の面々に指示を出している元婚約者と義理母の元へ歩みを進めた。
「ヴェルランゲン公爵」
「? ……貴方は?」
「お義理母様」
「え……ヴィールだというの?」
一段高いところから私を見下ろす二人はこれでもかと驚いていた。
「お話を伺いに参りました」
淑女の挨拶の後、公爵が話すことを許可したので話を振る。
あきらかに狼狽しつつも、元婚約者は冷静に私に対応した。
「え、あ、ああ……そうだな、場所を変えよう」
「いいえ、こちらで結構です」
「え?」
「公爵閣下、御用件はこの場にて伺います」
それにもまた動揺が見られた。
堂々と言い切れば、存外相手は何も言えないものなのかと思いつつ、堂々としていろと言ったニウを思い出す。
気づいた一部の人間が興味本位の視線を向け、目の前の男は少し眉根を寄せた。
「しかし、」
「社交場で話す内容ではないと?」
「それ、は……」
婚約破棄は秘密裏にしたい?
私に全ての罪を着せるなら、公で婚約破棄して父の死の罪をなすりつける方が周囲の認知があがるのに?
後々、周囲の意識を私一人に集約するなら、多くの人間が私が屈辱を得たというシーンを今日この場で見せておいた方がいいと思うけど。
「この場で構わないと公爵閣下からは御了承を得ていますが」
「……そうだな。ならば」
私が譲らない姿勢を崩さずにいたら、覚悟を決めてくれたようだった。
「ヴィール・ピュールウィッツ伯爵令嬢に婚約破棄を言い渡す」
話を聞いていた一部の貴族がざわついた。何故このような場でと戸惑いの言葉すらちらほら聞こえる。
「理由をお伺いしても?」
「実の父親を殺害した罪だ」
「私は父を殺害しておりません」
動揺を欠片も見せない私に違和感を感じたのか、元婚約者は少し狼狽したように思えた。
周囲はさらにざわつき戸惑う。
「ピュールウィッツ伯爵に毒を盛ったのは貴方だ。互いに生物研究に長け、毒も容易に手に入る状況だった」
「理由がありません」
「伯爵の研究を自身の手柄とし、伯爵が得た栄誉や資産を独占したかったのだろう?」
そういう方向でいくのか。
来るであろう罪のなすりつけ方の一つに考えてはいたけど。
「いずれ継ぐことができるものを、殺害してまで得ようとは思いません。加えて申し上げるなら、父の研究が集大成として完全に終わる頃にことに及んだ方が、まだ理由として通るのでは?」
「見苦しい御託を並べるな、往生際が悪いぞ」
「父の研究は途上です」
「だからそれは、」
さて、仕掛けてみよう。
「公爵閣下は父に共同研究の打診をされていましたね?」
「え?」
「書きかけの書面が見つかりました」
一瞬の動揺が瞳に走るが、すぐに冷静に戻った。
私がその書類を持っていると思ってもいないのだろう。
「研究内容は、見分けがつきにくい薬草と毒草の効能についてです」
正式に認められていない民間機関に頼み出た結果であるものの、筆跡鑑定の結果は元婚約者のもので間違いなかった。それを伝える。
「貴族として国の利になる研究に投資をするのは当然の事だろう」
「では何故、父は公爵閣下の打診を受けず、書面を保管していたのでしょう? 断られた時の理由を伺ってもよろしいでしょうか?」
「……父君が書面の提出を忘れていただけでは」
「父の署名は偽物でした」
それは偽造ではと指摘する。
元婚約者は一瞬言葉を紡ぐのを躊躇った。
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