56話 決意のち相談
簪が手元に戻ってくればよかった。
研究ができればよかった。
最初はそれだけだった。
ニウが……今はそこにぐぐっとニウが入り込んできている。
隣にいるのが当たり前で、ニウの隣におさまっていたいという欲求だけが募る。
なんでこんなに我儘で欲張りになったんだろう。
この世界線で叶うことなんてないのに。
* * *
「その簪?」
「うん」
ラートステの事務所でお茶を飲みながら全て話す。
元々ラートステが特殊な生まれと育ちだから、私が先の未来から戻ってきたことを伝えても、驚きはしつつもすぐに納得してくれた。
「簪に魔石がくっついてる、ねえ」
「母がまじない言葉で逆行できる魔法をかけてくれてたの」
だから部屋にあった金庫も開いた。
簪で最初の鍵が開く。次に私がナチュータンの権利移譲の手続きをして二つ目をクリアして、まじない言葉で仕上げ。中身は変わらず共同研究の書類と二重底の下の手紙。
「東には行ったことあるけど、あの地域一体は魔法が当たり前の世界だったから不思議なことではないわね」
「あの箱のことも知ってたの」
「見たことはあるけど開錠条件は魔法をかけた人間次第よ。私にどうこうできるものじゃなかったから、敢えて話さなかったわ。それに箱の生産地は入国審査厳しくて無理だったし」
「そっか」
ラートステに筆跡鑑定できる筋はないかきいてみたけど、あるにはあるけど公的なものではないので弱いだろうと言う。
「それでも、お願いできる?」
「……分かったわ。念の為、写しも用意させましょ」
「ありがと」
私は一人で元婚約者と義理母に挑むと決めた。
ナチュータンを公に移譲する手続きをしながら、最後にできることを考えた。
やっぱり元婚約者と義理母をそのままにしておくのは嫌。
両親の仇討みたいな感じになるのはこの際どうでもよかった。
ニウのように論が立つわけでもないし、証拠も公的に揃えられない。
けど私が訴えて、そこでニウや推しが少しでも気づいてくれれば。
その後から、彼らが動いてくれればと。
我ながら他人任せすぎるかな。
「ねえ、前のお金と設計書は」
「ああ、ちゃんと届けたわよ。怪盗から王都直轄の騎士団長宛てにね」
ドリンヘントゥ伯爵の家に入って、偽金の設計書と偽造貨幣をばれないように届けてもらった。ラートステの伝手はこういうとき強いなと思う。
ドリンヘントゥ伯爵が持つオークションの顧客リストは頂けなかったけど、かわりにドリンヘントゥ伯爵が触れた本物と偽物の美術品を頂いて、そのまま推しの元へ送った。
「よく気づいたなとは思ってたけど」
「前に経験したからね」
笑うけど、今でもうまく笑えてる自信がない。
戻る前の記憶がどうしても別れづらくて、私はいまだ立ち往生している感じ。でもいい加減先へ進まないと。
「あれでしょ、北東の辺境地もどうにかしてるんでしょ?」
「うん」
公に移譲するにあたって、自称管理人ロックの存在と密猟の話を持っていった。権限移譲に際し、その問題を王都の警備隊に是正を依頼し、それをかなえた上で移譲する。
元々、移譲の工程で検査や調査・立ち入りがあるから、そこで知られることだと思ったけど、より厳重にやってもらうようお願いしてある。不正の疑惑、実行支配の可能性もあれば、移譲された後に発覚した場合、公にとって痛手だ。そこはかなり念入りにやってくれている。移譲にあたっての報告でそれが記されていた。
今、あそこの子たちは無事で、このままなら問題なく破棄前日にニウに移譲できるだろう。
そこで懸念されるのは、ロックから元婚約者になにかしらの報告がいくことだが、それは仕方ない。なによりもまずナチュータンを守らないと。移譲することは伏せた上での立ち入り検査だから、すぐにばれないと期待したい。
「多少不足があっても、移譲した後にニウがどうにかしてくれると思う」
「いいの? そのイケメンのこと、好きなんでしょ?」
「……」
ラートステにはニウとのことも話した。
恋バナにウハウハしてたけど、もうそこは何も言わない。今ではこんなにも心配してくれているもの。
ラートステは、しきりにニウに会ってみればと言うけれど、それは怖くて無理だった。
今の状況や証拠になりそうな物をニウに見せれば、元々貴族間の不正をどうにかしたかったニウなら、すぐに前と同じ答えに行き着くし、願えば協力もしてくれるだろう。
それが解決の最短最善であっても、私の知らないニウに会うのは、今の私にはできなかった。
「ヴィールちゃん」
「なに?」
「爵位は継がないの?」
「ああ、そうだね」
この国では相続関係を鑑みて、爵位の相続までに五年という期間を設けている。なので亡くなって三年のピュールウィッツ姓の伯爵位はまだ父にある。
義理母に継がせることもしたくないし、ナチュータンは手放したから、私にとって爵位はそこまで重要なものでもなかった。これを機に爵位を手放すのもいいかもしれない。爵位を預けられる貴族筋もいないことだし。
「ねえ、私が爵位を持ったら、どんな名前がいいと思う?」
「え? ラートステ貴族になるの?」
「次の小説のネタよ」
相変わらず自分に正直に生きてるな。色々お願いしているし、せっかくだから協力しよう。
「んー……そうだね、モーイーヴラウ」
「ん?」
「美しい女性って意味」
「へえ」
「気に入らない?」
「いいえ、素敵! 嬉しいわ」
ヴィールちゃんて肝心なところでがっつり心掴んでくるのよねえと満面の笑みでラートステが立ち上がった。
「ありがと。俄然やる気出たわ。任せて」
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