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平民のち怪盗  作者: 参
55/63

55話  認識のち自覚

 ニウだ。

 ホイスと一緒に歩いている。

 平民街になんの用があるの? しかもこのあたりは特別暗くなりやすいとこなのに。


「……」


 きびすを返して別の道を通ることにした。

 今、ニウに会ってもだめ。取り繕えない。

 傍に行って、隣に立って、見上げるのが当たり前になっていた。

 名前を呼んでも呼ばなくても、すぐにどうしたときいてくれるニウを遠くから見るだけになるなんて考えてもみなかった。

 ああ、私どうかしてる。


「ラートステ」

「はあい?」


 そのまま家に戻っても、どうしてもニウのことが気になって仕方なかった。

 だから、もう一度だけと思ってラートステに声をかける。


「ヴィールちゃん?」

「ラートステ、ちょっと付き合って」


 もう夜だから、一人はだめ。

 一人で出かければ、前のニウなら眉間に皺寄せて怒るだろう。

 だからラートステを連れて出かけた。

 街を巡り広場へ着くと、ベンチに座るニウを見つけた。


「……」

「ヴィールちゃん?」


 急に足を止めた私を見下ろしてラートステが首を傾げる。

 茂みと木々があるからニウからは見えない。たとえ見えていても視線を外せなかった。

 よく覚えている。

 ニウのいる場所が。

 ニウの座っている場所は。


「……」


 私が採取に夢中になって居眠りし、推しに起こされたベンチだ。

 ニウがそこに座っているのはなんで?

 あいてる方へ置かれた手が何かを求めているように見えるのは気のせい?


「主人、もう戻りましょう? 何か探されてるなら、こちらでどうにかしますし」

「……」


 ホイスがやってきて困った顔をしてニウに言っている。

 表情崩さずかたい顔のままのニウ。

 そこにさらに知った顔が現れた。

 推しだ。


「よ。言われた通り商店周りは見てきた。こっちはいいぞ」

「そうか」

「お前も熱心だよな。街の巡回警備しようなんて」

「治安の為だ」

「にしたって、言い始めてずっと一緒にやってるのもな?」

「五月蝿い」


 不服そうに唸るニウ。

 あれ、もしかして。

 ふと思い至った考えが私の頭を殴る。

 まさか。

 まさか、私は思い違いをしていた?


「お前に付き合えるの俺ぐらいだからな?」

「分かっている」

「にしてもお前もよく知ってるな。明かりが乏しい道とか、この広場も」


 これ以上は無理だった。

 きびすを返して急いで戻る。

 ラートステが慌てて私を呼んだけど、止められなかった。

 早歩きからすぐに全力で走る。

 勢いのまま部屋に篭った。

 肩で息をしたまま、ラートステが扉越しに声をかけてくれるのに応えず、そのまま立ち尽くす。


「ヴィールちゃん……私下にいるから、いつでもいらっしゃい」


 話したくなったらでいいわと言って足音が遠ざかる。


「……」


 息が少しずつ戻ってくる。


「ニウだ」


 ずっと推しだと思っていた。

 夜道声をかけてくれて、寝ている私を起こしてくれたのは、騎士団長ではなくて……ニウだった。

 あの暗い道で声をかけられたのも、広場で起こされたのも全部。


「ニウだった」


 初めて出会った時、ニウは私のことを知っているようだった。

 それはあの夜、あの道で出会っていたから? 

 広場やあの道以外でニウが私を見かけていてもおかしくないし、それに加えてニウが父の講演に来ていたなら、私を知っていてもおかしくない。


「……」


 今、ニウに声をかけても、全く知らない他人への対応にはならないだろう。

 けど。


「……そっか」


 けど、それは私の知っているニウじゃない。

 今のこの私を知っているニウじゃない。

 怪盗である私を知っているニウじゃないし、一緒にナチュータンへも貧民街にも行ったニウじゃない。

 社交界で一緒に踊ったニウじゃない。

 くだらないことで口喧嘩するニウじゃない。

 それが言い様にないほど、辛い。

 なんだ、もう。


「私、ニウのこと、好きなんだあ……」


 そう言葉にした途端、視界が滲んで、ぱたぱた床に落ちる水滴。


 泣いている。

 いつぶりだろう。


「ああもう……本当、今更」


 今更だ。

 前のニウは私に好意があるとはっきり言った。

 それに応えることができるのに、応えたいニウはここにはいない。


「だから、」


 会いに行けるのに、どうしてか会いたくないと思っていたのは、シンプルなことに、ニウが好きだから、これだけだった。

 今の私を知らないニウに会っても辛いもの。それがたとえ、私を知っていたとしても。


「も、止まって、よ」


 止まらない。

 全然止まらなかった。


「う……」


 涙そのまま。

 しばらくそうしてるしかなかった。

たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。


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