54話 逆行のち決める
「戻った……」
周囲を見渡す。
間違いなく平民街の私の研究拠点。
「……」
かたく握りしめた手の中にずっと求めていた簪があった。傾けると僅かに光る。
それを手にしたまま、扉を乱暴に開けて階下へ。
事務所にはラートステがいて、大きな音を立てて駆け降りてきた私を、驚いた様子で見ていた。
「ヴィールちゃん? どうしたの?」
「今日、いつ、」
「え?」
周囲を探り、新聞があった。
その日付を見ると、ちょうど婚約破棄を言い渡される三ヶ月前。
間違いなく戻ってきている。
「……そっか」
前よりは戻った日付が浅い。
けど、一番気になった部分……ニウと出会った日よりも前だった。
「ヴィールちゃん?」
心配そうにラートステが私を覗き込む。
顔色が悪いと言われ、はっとしてすぐに笑って誤魔化した。
「なんでもない、ごめんね」
新聞を返して、ふらつく足取りで部屋に戻る。
婚約破棄の前に戻ってきた。
「ニウ」
つまり、私がニウと出会う前。
互いに顔を合わせて話すらしていない時。
私がニウの顔も名前も知らなかった頃。
「そっか……」
今現在の私とニウは、他人。
もう、前のように気軽に話せるものではない関係だ。
「そっ、かあ」
現実を突きつけられ、理解した途端、どんと落とされたような重みが内側にやってくる。
なんでこんなに痛いんだろ。
なんで戻ってきてニウと知り合ってる日より前か気になっていたんだろ。
「馬鹿だな、私」
自分がしでかしたことが、思いのほか自分のダメージなっていて乾いた笑いしか出てこない。
何度もラートステが心配そうに様子を見に来てくれたけど、ちゃんと対応できずに終わってしまって逆にさらに心配させてしまった。
「そんなんじゃ、だめ」
これは私自身のミスだ。
だから、これからは自分で解決しないと。
来るべき婚約破棄までになにをしたいか。なにをなすべきか。
* * *
来るべき婚約破棄に備え、早くにやった方がいいことに着手した。
このままだと元婚約者(あ、今は婚約者か)は、ナチュータンを実行支配で奪う可能性もある。
私にまだ権限がある内に所有と管理の権利を国に委譲するために手続きを開始した。元婚約者もニウと同じ王城で働いているから、最重要度の秘匿事項にするよう希望を出し、すんなり通った。魔石の鉱山もあるから、重要であることは当代の王陛下も理解してくれたのだろうか。
前回の婚約破棄後と同じで、国所有のニウに管理権限を委譲する手続きで進める。
公開日は婚約破棄される日の前日遅くにしておいた。元婚約者になるたけ勘づかれないように。とはいっても、ばれずにいくかは分からなかったし、第一今のニウが管理権限を受諾するかも分からなかった。
手続きの際にニウの名前が出て随分怪しまれたけど、父の研究について熱心に講義に来ていて父と親交があったといえば、それ以上は何も言われなかった。ニウが普段公の仕事で信頼を得ていたから通ったようなものだろう。心の中でひっそりニウに感謝した。
「ヴィール」
「なに?」
いつも通り、貧民街に通っている。
今回は戻った瞬間から、急ピッチで毒草の回収に回ったから、今現在での被害はない。治療の方も前より効率よく行えたから、今では中毒の子たちはいないし、毒草と薬草の勉強も始めようという話が出てきているぐらい。
この状況をニウに伝えたい、なんて頭の片隅をよぎってしまうから、まだ私は自分のミスを後悔しているよう。それを超えて、やりたいと思えることを貫かないとと思っているのに。
「んー、んー……」
「なに?」
目の前の子は言おうかどうしようか迷っているような素振りだった。
なにか悪いことをした様子でもないし、嬉しいことを話すという感じでもない。
最後には首を横に振って、一人納得していた。
「やっぱりいい」
「どうしたの?」
「内緒なの」
「?」
子供たちだけでなく、ニウと一緒にやっていた復興作業の計画を大人たちに提案して了承をもらった。
読み書きとか剣術とか商売の話とか教えられないけど、やる気のある子たちが伝手を得たらしく、以前より急速に立ち直りが始まっていた。
長い時間をかけて得たものが今短期間で成し得ようとしているのだから、以前の経験はよかったことなのだろう。
「じゃあ、ここは食べ物植える畑ね。薬草はあっち」
「うん」
「おひさまにあてて、みずをあげればいいんでしょ?」
「そう。よろしくね」
ここがよくなれば、王都を警備する推しの目に留まって、そのままニウの耳にも話が入るだろう。
特段、そこでなにがあるわけでもないけど、前のニウなら喜んでくれるはず。
「!」
貧民街からの帰り、完全に夜になる前に戻ろうとした道すがら、見慣れた人に思わず物陰に隠れてしまった。
可能性はゼロじゃないって分かっていたけど。
「ニウ……」
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