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平民のち怪盗  作者: 参
52/63

52話 元婚約者、足掻く

「平民なんかに」

「ここまで自ら話したという事は認めるんだな」

「……」

「同行願おう」

「誰が」

「?」


 俯いて唸る元婚約者の様子が変わった。

 どこに隠し持っていたのか右手に持つ瓶。中身は無色透明の液体。

 まさか。


「わざわざ話して、大人しく捕まるなんて、」

「ニウ!」

「するわけがない!」


 ニウの前に出た。

 あれが毒なら浴びない方がいい。抽出したそのままの原液なら皮膚を焼く可能性だってあるもの。

 せめて庇える所は庇わないと。


「?!」


 何かに抑えられたような動きで元婚約者が豪奢な絨毯の上に平伏した。鈍い呻き声と、ゴトという音をたてて瓶が落ちる。瓶は割れもせず、なぜか蓋も閉められ床に転がった。


「ヴィール!」


 背後でそれはもう不機嫌そうにニウが私を呼んで振り向かせた。

 向き合うニウの眉間の皺がすごい。


「何をしている!」

「え、あの人が何かしそうだったからニウを庇おうと」

「危険だろう!」

「だって、あの中身が毒なら被らないほうがいいし!」

「だからといって何故ヴィールが前に出る!」

「どう考えたってニウを失うわけにはいかないでしょ?!」


 立場として、高爵位で王都中枢で働き、ナチュータンの権限を持っていて、あの人達を捕らえて裁けるのはニウしかいない。王太子殿下は推しが守るような立ち位置で、ニウの隣にいるのが私なら犠牲は私で間違いないはずだ。


「浅慮すぎる!」

「わ、失礼! ニウを守ろうとした私の気持ち考えてよ!」


 国として失うわけにはいかない人材でしょうが。


「俺は魔法が使える!」

「だからなに!」

「奴を拘束出来る!」


 なるほど、だから元婚約者は崩れ倒れたわけ。魔法って便利そう。でも私のニウを助けたい気持ちが酌まれてないから納得がいかない。


「そこは分かった! けどなんでそんなに怒るの!」

「だから危険だと」

「咄嗟だったの! 身体が先に動いたの!」

「心配させるな!」


 肝が冷えるとニウは言う。


「私だってニウが心配だったから!」

「なん……え?」

「ニウが怪我したらって心配だから動いたわけ! 分かる?!」


 ニウと同じ。心配だった、それだけ。

 それを主張して、ニウはやっと私の言いたいことを理解してくれたようだった。

 言い返さず、片手で口元を覆っている。目元が少し赤い。

 少し息の荒い私と、急に無言になったニウの間に王太子殿下が間に入った。


「まー、落ち着けって。二人とも無事だろ?」


 ひえ、私は人前でなんてことを……淑女はどこにもなかった。夫人に合わせる顔がない。

 と、元婚約者を見れば推しが拘束していた。私たちの痴話喧嘩はなんのその、お仕事に忠実な推し素敵。


「ブライハイドゥ公爵に対する傷害未遂で捕らえる事が出来たな」


 現行犯だと嬉しそうに捕らえる推し。

 今までの内容で任意同行を願うより、拘束力も強く手っ取り早いと。


「ぐ……」

「押収物の内容が分かれば、言い逃れは出来なくなる」

「ぐっ」


 抵抗しつつも推しが連れてきた部下に元婚約者を引き渡し連れていかれる。義理母は青褪めた顔のまま、抵抗なく元婚約者の後を騎士と共に連れていかれようとした時、こちらに向かってきた。ニウが私の前に立つ。ニウ越しに義理母と目を合わせると、義理母は何かを近くのテーブルの上に置いて、騎士と共に去っていった。


「ま、ここまでくれば言い逃れもできないし、こちら優位に裁けるでしょ」

「後は任せる」

「へいへい」


 王太子殿下に対して随分フランクに話してない? いいの?


「帰るぞ」

「いいの?」


 どう考えても今回の問題はニウがいなければならない気がするけど。


「構わない、任せればいい」

「んん?」


 二人を見てもにこにこしてるだけだしな。迷っていると手を取られて連れていかれそうになる。そこで机の上に目が止まった。義理母がなにか置いていった、そこに。


かんざし……」

「置いていったか」


 本当はこれを持ち帰りたい。けど、今回捕らえられた義理母の所持品で、この場に残っている以上は推しが回収すべきものだろう。

 これが義理母から直接取り返してようが結果は同じだ。ニウたちがこの部屋に来た時点でこれはすんなり私の元には戻らない。


「ジル」

「んー?」


 推しが小首を傾げた後、王太子殿下に視線を流す。王太子殿下は肩をすくませ、やれやれといったリアクションをとった。


「彼女のものなんだろ」


 それに推しが応える。


「たまたま置いたままだったいう事だな」

「ああ、そうだ」

「ならきちんと持ってもらわないと勘違いして押収物にしてしまうから、持っていてほしいかな」


 推しの微笑みが眩しい、じゃなくて、三人して簪を見過ごしてくれるってこと?

 推しから王太子殿下、最後にニウに視線を寄越せば、最後のニウが黙って頷いた。

 ゆっくりとした動きで手に取る。

 間違いなく、私の、両親の形見である簪。


「……よかった」


 本当にいいの? と両手で簪を抱えながら問えば、何がだとニウはなんてことなしに応えた。


「元々ヴィールの持ち物だろう。誰も文句は言えない」

「……」


 推しも王太子殿下も何も言わない。

 小さくありがとうございますと簪を握りしめて頭を下げた。


「行くぞ」

「え、うん」


 じゃあねと軽く手を振られ、王太子殿下と別れる。推しが部屋から出たところで、また連絡するとニウに伝え、それを特段視線を寄越さずにああと応えてニウは足早に進むだけだった。

たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。


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