50話 元婚約者、語り始める
あきらかにヴェルランゲン公爵の顔色が変わる。
論文の発表がヴェルランゲン公爵にとって不利益を被ることを示していた。公表のタイミングが来月というのがまたよく分からないけど。
「ではピュールウィッツ伯爵は私がする事を分かった上で……」
「認めるか」
「……」
「どちらにしろ、いずれかの嫌疑で同行を願う事になる。その後、そちらの持つ情報は全て王都側管理になり、残存する書類から知られる事になるな。貴殿もよく分かっているだろう?」
元婚約者もこれからのことは分かるだろうし、隠滅すべき証拠が自分の元になくニウ側にある意味も理解しているはずだ。
「ナチュータンについても裏が取れている」
「……」
管理人ロックの偽造契約書の件だ。これはとうに鑑定済み。なにせ、元婚約者の名前があるのだから逃げようがない。
「貴殿は随分前からナチュータンの運用について王陛下に訴えていたな? それも五年前にはぱたりとやめている」
「王陛下はナチュータンはそのままでと頑なだった」
あの地は利用価値があるのにと苦々しく吐露する。
「以前から、あの地を狙っていたと?」
「有効活用出来ない者が持つべきではない。だから私が運用してやろうとしただけだ」
「有効、ね……」
「ピュールウィッツ伯爵も王と同じだ。ナチュータンを保護して動植物をそのままにすべきだと主張した。私が開発の企画を持って行っても袖にされるし、土地の譲渡について頷く事はなかった」
「だから殺したのか」
ニウの言葉に目を開く。父は病死のはず、なのに。
「私は何もしていないな? そこの女の勝手だろう」
視線を寄越したのは義理母。青褪めたその顔色は肯定しているようなものだった。
ずっと黙って元婚約者とニウのやり取りを聞いているだけだった義理母がゆっくり震える声で語る。
「あ、あの人は……分かってて毒を飲み続けていたわ」
「毒?」
「つまり、この女が伯爵を殺したんだ」
「見苦しいぞ、ヴェルランゲン公爵。人に摂取できる状態に加工するには、その毒に対する知識と技術が必要だ。貴殿が人を金で雇い、毒草から毒を抽出し液状にしていた事は確認がとれている。雇っていた技術者も捕らえ、全ての者が貴殿が関わっていると主張した」
「私が毒を液化していたとしても、それがピュールウィッツ伯爵殺害に繋がるわけでもない」
まったく別の毒で義理母が単独で父を殺したと、主張したいらしい。
それにはさすがに義理母も納得いかなかったようで声を荒げた。
「貴方はいつも飲む茶に入れればいいと言っていつも毒の入った小瓶を渡していたではありませんか」
「馬鹿を言うな!」
「貴方の言う通り、伯爵と結婚して毒までいれたのに!」
「ふざけるな!」
黙れと元婚約者が唸る。
元婚約者と義理母の関係は破綻しているように見えた。二人の関係は、元婚約者の意のままにことが進んだ時だけ成立するのだろうか。
「貧民にまで落ちようとした所を拾い上げてやった恩も忘れて……」
「父は、病死じゃないんですね」
私の言葉にびくりと肩を鳴らし、義理母は怯えて仰ぐ。
どちらがやったとて、父が殺されたことには変わりがない。毒であれば気づけたはずなのに、気づけなかった自分の浅はかさだけが嫌になった。
「はっ、お前達が研究している毒を自ら煽って死ねるなら本望ではないのか?」
「ヴェルランゲン公爵!」
ニウが声を荒げた。
その腕に触れて目を合わせる。ニウは歯噛みして、ふいと視線を反らした。
となると、元婚約者が婚約破棄を振りかざして来た時の毒殺という言葉は事実だった。誰が主犯だったかが違うだけ。
「その毒を悪用しようとしていたのは貴殿だ。ピュールウィッツ伯爵を貶めて言える立場ではない」
「毒ですらよりよく使えないただの研究者を? 国に貢献しているわけでもないのに?」
「伯爵はお前が毒を悪用しないよう努めていた」
「まあ随分邪魔されたからな」
不快そうに顔を歪める元婚約者。すいと私に視線をよこす。
「何も知らない御令嬢のままなら幸せだったな……私はね、ずっとナチュータンは毒草の栽培地にすればいいと考えていたよ」
「え?」
元婚約者は語る。
鉱石も希少動物も所詮小金稼ぎ。毒草の流通ルートを確保するための貴族への賄賂にすぎなかった。
「毒を得て何をしようとした」
「……分かっていてきくか」
「当然だ」
「王都を混乱に陥れようと……いや、その先の大きな発展と利益の為に毒が必要だった」
全てはそのための前準備に過ぎないと元婚約者は顔を歪めて笑う。
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