48話 ピンチのち登場
「……ヴィール?」
「!」
がばっと見上げると義理母が信じられないものを見る目で私を見下ろしておる。
なんで分かったの。
隣の元婚約者は訝しんだ様子で義理母を見ている。
「随分容貌が変わったので今まで半信半疑でしたが……埃を被る貴方を見て確信しました」
「ほ、埃……」
ここにきて理由それ? なんだか残念感が半端ない。埃をかぶってるのが私って何。
なんでここにきてディスられないといけないの。大事な場面じゃないの。
「天井裏……」
「わざわざ隠れて何を」
「それは、その、」
「天井裏を使えば、誰にも知られず来る事が」
「天井……屋根……まさかお前が怪盗か?」
そういう考えになるよね。
否定できる要素がなくて黙るしかなかった。
事実上の肯定。元婚約者は私を見下ろしながら、驚きと不快感をあらわにする。
「何故怪盗を……そうしたら、王印はお前が?」
「……」
黙る私に対して、盛大な舌打ち。王印を私がゲットしていても、今の段階でこちらが有利というわけではない。
「平民落ちなんて生温い。処刑されるべきだ」
なにそれ。
なんで?
最初に簪盗んだのはそっちじゃない。
「私は簪を取り返したいだけ、です」
「かんざし?」
「あの日の夜、私から奪ったのは貴方ですか?」
立ち上がり、静かに告げる。私の視線の先を元婚約者が追って、義理母に集約された。
「お前はまた勝手をしたのか?」
元婚約者が怒りを滲ませた。
途端、義理母が狼狽する。
「そ、それは、計画に支障が、出ないと、思って」
「これが怪盗なんぞをしたことで、どれだけ計画が狂ったと思っている?!」
私が怪盗した場所と物はすべて元婚約者に繋がっている。
ニウと取引したことで、ドリンヘントゥ伯爵やナチュータンのロックを捕らえることができた。
「だ、だって、腹が立つのよ」
私を見る義理母の瞳の色合いが滲む。
最初は元婚約者と同じ怒りかと思ったけど、ちょっと違うと分かる。
「家族ずっと一緒にいて、仲の良さを見せ付けるようにして……どちらか死んでも変わらない。死んでも離れないような、そんな様子でいるんだもの……腹が立つのよ、そういうの」
義理母が私と両親のことを前から知っていたのは驚きだったけど、彼女がずっと持ち続けていた感情の方が衝撃だった。
「大事そうに、これを抱えてた時も腹が立ったわ。だから奪ったのよ」
「……羨ましかったんですか」
途端、眦をきつくあげた。まあ煽ったようなものか。
でも、怒りに見せかけて奥にあるのは恐らく羨望。そして淋しさ。
「なんでも持ってるあんたに何が分かるの?!」
取り乱す義理母と正反対に私の心は冷静になっていた。
義理母と父は、父の友人を通して頼まれて婚姻を結んだ関係だ。父が義理母を保護しただけ。内容は詳しく知らない。
そこに夫婦の愛はないようだったし、父は最期まで母を愛していた。私も義理母に興味を示さず、ただの同居人としてしか接しなかった。
もしかしたら、それが義理母の孤独を増長していたのかもしれない。
「これがそんなに大事だというなら壊すわ。腹が立つだけだもの」
「!」
それはだめ。義理母が今いくらでも私を罵る分にはかまわない。けど、簪は返してほしいし、壊すなんて絶対に嫌。
「やめて」
「そんなものよりも、こいつを拘束するのが先だ」
ここにきて元婚約者が動いた。捕まるわけにはいかない。けど、簪を諦められない。
元婚約者の護衛も普段裏側にいるいかつい見張りもこなかった。だからからか、元婚約者は自ら私を捕らえようと手を伸ばした。
「!」
「やめ、」
バンと大きな音を立てて扉が開いた。
動きの止まった元婚約者の手は私を捕らえることなく、音のした扉の方を振り向こうとする前に、私の身は後ろに引かれる。
「待て」
「ニウ」
ぽすっと後頭部がおさまったのはニウの肩口。見上げれば相変わらず不機嫌そうなニウがいた。
「動くな」
聞き慣れた声に開いた扉の方を見れば、推しが真剣な顔つきで部下を伴って入ってきた。その後に護衛を連れた王太子殿下。豪華な面子だなと緊張感なく考えてしまった。
そんな格好いい推しは何かの書状を出す。
「ヴェルランゲン公爵、ピュールウィッツ伯爵夫人、お二人にウェストゥ商会を扇動し、王太子殿下へ危害を加えようとした障害未遂の件で王都警備と共に任意同行と捜査協力を命ずる」
「何、を」
「こちらは王太子殿下勅命による」
王太子殿下と目が合うと、にっこり微笑まれて軽く手を振られた。
この人の勅命だよね? 本当に大丈夫?
「加えて貴殿らには、王印及び通貨の偽造、偽造王印による複数の書面の作成、保護指定生物の所持売買、ピュールウィッツ伯爵殺害の嫌疑、これら全てを含んだ上での命である」
え、ちょっと多すぎじゃない? 全部言及できるんだっけ?
たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。




