45話 お目当てを頂く 二回目
「助けて下さい! 追われ、て、いて!」
追ってなんて来るはずもないのに、後ろを振り向きつつも、か弱い淑女演出。なかなかの役者だと自負したい。
その様子に元婚約者は中へと促した。ちょろいぞ。
「何故、この場所へ」
「その、庭に夜盗が現れまして、逃げている内に、屋敷の奥へ、来てしまって、わ、私も、夢中で、に、逃げ、て」
「落ち着いて」
座りなさいと言う元婚約者に首を振り、縋るように腕に手をかけ悪漢に襲われたと訴えてみた。
詳しく話すと元婚約者は眉根を寄せ、義理母に視線を向けた。義理母は気まずそうに視線を泳がせる。
「アレイン、勝手をしたな」
「そちらの方がよろしいかと思ったのです」
「前にも勝手をするなと言っただろう!」
急に怒って、怯える義理母に詰め寄る元婚約者。名前呼びで親しいのにも驚きだけど、こんなに分かりやすく自供するもの?
自分たちが刺客を向けましたと言ってるようなものだ。
「あ、あの」
「この場所をそう人に知られるわけにはいかないと分かっているだろう!」
「ご、ごめんなさ」
「必要ないと言ったはずだ! 私がやるとも言った!」
争いを止めたいけど入りづらい。というか、義理母が一方的に言われてるだけで少し同情する。
にしても、義理母は私がいなくなった方がいいから刺客を仕向けて、元婚約者は自身になにかしらの考えがあって第三者に私を殺されたくないと。
ふむ、意見が違うのに一緒にいるのか。目的一緒なんだよね? 違うの?
「あ」
私の声は聞こえてないのは幸いだった。
私の側にある机の上にごっついハンコがある。近くの書類を見る限り王印で間違いない。
ラッキー、ほしいやつ。膠着状態から動いた途端、目的のものが現れる運の良さすごい。それよりも、無防備に出しっぱなしとか笑える。
「あの」
思いきって、元婚約者の腕に触れる。怒り狂った顔が振り向かれたが、私だと気づいたら途端顔を戻した。よかった、少しは冷静のようだ。
「あの、私、失礼を、」
「ああ、いや違う。こちらこそ失礼を。悪漢や襲撃と聞いて取り乱してしまいました」
「私は……何か、ご迷惑を」
「そんな事はない! いずれはこちらにご招待するつもりでした。お気になさらず」
「私、逃げるのに、精一杯で、その、とても恐ろしくて」
「ああ、貴方は少し混乱している。落ち着いて?」
うまく騙されてくれたところにドアが乱暴に叩かれる。返事を言う間もなく開かれ、元婚約者は不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「公爵!」
「なんだ、騒がしい」
「表でウェストゥ商会が暴動を」
「騎士がどうにかするだろう。放っておけ」
「いえ、それが」
「どうしたというの」
ちょうどよく元婚約者と義理母が侍従らしき人物に集中している。すっと王印を頂いた。本日の社交界、手袋着用オッケーでよかった。指紋はつかないタイプにしてきて正解。
「ブライハイドゥ公爵がフォントンディフ子爵令嬢がいらっしゃらないと訴え、大々的に会場内を捜索すると仰ってます!」
「そんな事が」
「しかし王太子殿下がお許しを」
「あの人が!」
ちょっと大きな声を上げてみる。まるで、婚約者が助けに来てくれたわ嬉しいと言わんばかりの感じで。
「出入り口付近に人を寄越すな。私が送る」
「はい」
盗み聞きできるレベルの声の大きさは止めといた方がいいのに。
「フォントンディフ子爵令嬢、私が会場まで共に」
「まあ、ありがとうございます」
元婚約者と義理母を連れて、件の回転する壁を通る。表の会場に繋がる回廊にまで騒がしい音が響いていた。
そして会場に入る前に二人と別れることになった。
「失礼。私が貴方と共にいるとブライハイドゥ公爵の機嫌を損ねるので、こちらで失礼しよう」
「何から何までありがとうございます。あの、私」
あの部屋のこと、と言って濁すと、いい笑顔で元婚約者が制した。
「いずれお呼びしましょう。東の国の美術品が手に入りそうですので」
「は、はい。ありがとうございます」
「しかし、今日の事は内密に。あくまでプライベートな事ですのでね」
「はい、いずれまた」
「ええ」
そうして足早に二人は去っていく。
その時、その後姿を見て私は今日一番驚いた。身体がかたくなって、眼を開く。
ああ、そこにあったの。
「ヴィール!」
「ニウ」
「どこに?! 探した!」
言葉が端的すぎたので、さすがのニウも焦ったのだろう。まあニウとしては、大捜索で裏側見つけたって展開の方が都合が良さそうだけど。
「ニウ、だいじょ、っぶ」
言う前にニウに抱きしめられた。あ、でもこれならここでも話せる。
「裏側に行った」
「そうか」
予想していたのだろう、ニウが溜息を吐いた。
「説教は後だ」
「え、ちょっと待ってよ」
説教ってなに。むしろ功績なんだけど。
「偽王印盗ってきた」
「……だから無茶をしたのか」
「無茶じゃない」
ニウが拘束を解いた。そのまま手をとり連れていかれる。
会場のざわつきが、私とニウが戻ることでわっと高まり、中へ進むと徐々に静かになっていく。
すぐに推しが気づいて、笑顔で駆け寄ってくれた。ああ推しってば優しい。
「無事だったか!」
「ああ、怖かったようで、別室のクローゼットの中に隠れていたらしい」
すご、嘘すぐ出た。今日も打合せなしね、ひどい。
「捜索はしないで済むな」
「お、王太子殿下!」
推しの後ろから軽い調子で出てくるから一瞬気づかなかった。そういえば、王太子殿下が許可だして動こうとしているとか言っていた。
急いで礼をとったけど、遅すぎやしなかっただろうか。むしろ隣のニウが礼もとってないけどいいの?
王太子殿下がいいと言うので顔を上げる。そういえば未だ名乗れていない。
「大事なければいいな。ニウ、どうする?」
「今日はこのまま失礼する」
「分かった。ではお嬢さん」
王太子殿下が私に笑いかける。おっふ、こちらはこちらで随分なイケメン。
「次に会う時は是非名前を聞きたい」
「え、あ、」
「行くぞ」
「ちょっと!」
またかと思わざるを得ない。
たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。




