42話 社交界、元婚約者と接触
「偽名は?」
「ディアナ・フォントンディフ子爵令嬢。西にある国の貴族ということにしよう」
「オッケー」
ニウ同伴の上という条件ありきで、少しだけ他の貴族と話すようになった。もっとも、ニウがいないとだめなこともあって、そう話しかけられないけど。
あ、推しがたまに来てくれるのは最高かな。一人になる時に必ず推しが来てくれる。紳士すぎて涙出そう。
そして私の仮設定は東の国の文化に興味があり、東側へ移動している貴族令嬢という体だ。ニウとの出会いとかそのへんは伏せたまま、うまくごまかしている。
「にしても、あのブライハイドゥ公爵が」
「しかしこう何度も連れて来てるということは」
「今まで全ての打診を断っていたのは、彼女を自国に招くためと聞きましたが」
以前ほどのざわつきはなくなったものの、好奇の視線は変わらなかった。ニウが女性を伴うこと自体が珍しく、連れてきた相手とダンスしたり、片時も離れずにいることが考えられないらしい。
まあ離れてボロだしたらニウが大変だし、一緒にいざるをえないんだろうけど。
「いかがしたかな?」
「あ、いえ、大丈夫です」
いけないいけない推しがいるのに集中力きれるとかありえない。
ああ、今日も推しは眩しいぐらい輝いてる。
「奴ならすぐ帰ってくるさ」
「いつもありがとうございます」
「はは、気にするな」
ニウはやっぱり王太子殿下に挨拶に行っている。頻繁に社交界に出入りするようになったから、そろそろ私も挨拶した方がいい気がするんだけど、ニウは断固としてお断りしてくる。それを推しに相談してみた。
「君に対しては過保護だからなあ」
「しかし失礼に値するのではないでしょうか。相手は王太子殿下です」
「あの王太子は気にしない気質ではあるが、」
「失礼」
お、推しである騎士団長がいる中に突撃する猛者が現れた。稀にいるけど、推しの睨みで引き返す輩ばかりだからな。
「!」
いけない、動揺を隠さないと。
相手は因縁の相手だ。
「私、ステルク・リヒトゥ・ヴェルランゲンと申します」
「お初にお目にかかります。私、ディアナ・フォントンディフと申します。公爵閣下からのお声がけ、大変嬉しく思います」
「おや、私を知って?」
「僭越ながら」
「ヴェルランゲン公爵、フォントンディフ子爵令嬢は今私と歓談中だが」
推し格好いい。歓談の中に入るのは基本問題ないけど、わざわざ言い方を強めにして私とニウのために人避けになるよう努めてくれるとか……一生推し続ける。
いや、今は目の前の相手、元婚約者の方が大事か。
「まあ固いことを言うな。周囲は話し掛けたくて常に落ち着かないというのに」
少しは話させろと。ぐいぐいくるな。
笑顔で臨めば元婚約者は満足そうだ。というか、ばれてないのがすごいことだ。
「フォントンディフ子爵令嬢は東の国の文化に興味があると伺いまして」
「ええ、そのために無理を言ってこの国に参りました。我が国より遥かに流通が発展しているこの国ならと思いまして」
「他国の方からそのように褒められるとは嬉しい限りですな」
愛想いいな。私と会った時は愛想のあの字もなかったのに。
「それで、お目当ての品は見つかりましたか?」
「いえ、それがなかなか……やはり東の国の品は入りづらいようでして」
「なるほど」
口角をあげて企むように笑う。あまり良い印象を抱けない顔だ。
そしてありえないことに私の耳元に顔を近づけてきた。嫌悪感しかないけど、避けない。次に来ることがなんとなく分かったから。
「非公式ではありますが、珍しい品を取り扱う場がありまして」
「え?」
「ご興味があれば是非。私にお声がけ頂ければ、すぐにご案内しましょう」
「それは、」
「ヴェルランゲン公爵」
ぐいっと後ろに身体が引かれる。とんと、おさまったのは細身の割にしっかりした胸の中。肩を抱いた手が腰におりてきた。
「ブライハイドゥ公爵」
元婚約者が嫌そうに顔を歪める。あれ、この人ニウのこと嫌いなの。
「私の婚約者に随分近かったようだが?」
「失礼、つい話が盛り上がったので」
「誤解ないよう振る舞うのも我々の務めだ」
「では、あなたの行為は誤解を招くものではないと」
「ああ」
盗み見たニウは挑戦的な笑みをしている。元婚約者に視線を戻し微笑みでかわそうと思っていた矢先、こめかみに感触。
「?!」
「私の婚約者だとしっかり認識してもらおう」
周囲の悲鳴込みなので、間違いない。ニウってばこの公の場でキスしてきた。
王太子殿下だって来てるような社交場でなんてことを。
「ふん、失礼する」
元婚約者はニウへの嫌悪感を変わらずそのまま去っていく。
その先にまたしても見慣れた人物……義理母がいた。元婚約者と親しげに話している。
あんなに親しげだった? 確かに元婚約者と私の婚約を勝手に認めたのは義理母だったけど。ナチュータンの管理人の件もあるから関わりゼロではないけど、それにしては雰囲気が他と違う気がする。
「大人げないな」
「黙れ。お前がいて何故接触を許した」
「牽制はしたぞ? それでもぐいぐいきたんだよ」
「追い払えないのでは意味がない」
ちょ、推しをそんな風に言うとはひどいぞ。推しはしっかり仕事してくれてた、贔屓目抜いてもだ。
ニウの腕に手を添えるとこちらを向く。
「ムデフ伯爵には大変気遣い頂きました。ヴェルランゲン公爵をいなせなかった私の責任です」
「なん、」
「うわあ、可愛い」
「おい」
「優しいし。お前も少しは彼女を見習えよ」
「い、いえ、そんな」
ふおお、推しに褒められて嬉しい! 可愛いとか! 言われることなんてないと思っていた誉め言葉に顔が緩みそうなる。耐えるしかないのが辛いところ。
そのへんの床ごろごろして推しへの愛を叫びたい。
「チッ、帰るぞ」
「え?」
急になに。
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