41話 魔法の箱、開く
「ヴィール、あの箱のことだが」
「箱?」
父と母が残した金庫のことだ。
試したいことがあるという。もしかしたら開くかもと。
相変わらず森の中と称された部屋の中へ入ってもらう。ニウと二人きりはどうかとは思ったけど、ラートステはいないし、護衛の人は建物の外にいるし、まあ扉が開けっ放しだからという理由で見てみないことにした。それ以上にあの箱を開けることが第一優先だった。
「これだ」
「あ、あの石」
ニウが出したのは裏オークションでドリンヘントゥ伯爵の金庫部屋から引っ付いてきた宝石。ナチュータンでとれる鉱石だ。
「これは魔石だ」
魔法の力が宿る石。魔法が使えない人でも、この石があれば魔法が使えると言われている。
でも魔石は大陸東の端と島国でしかとれない伝承と呼ばれれる程の代物のはず。
「ナチュータンのものには僅かな魔力しかない。しかし物は同じだ」
「本物あるんだ……」
んと、つまりニウの言いたいことって、魔法には魔法ってこと?
「この箱を見た時、覚えがあった。大陸東側の文化に魔石を鍵にした物があると」
かつ私の母が他国の人間だったことも踏まえてニウは調べてくれたらしい。母が東側の文化に詳しいのは簪からも分かることだ。
そしてこの僅かな力しかない魔石も魔法が使えるニウなら扱える。つまりニウが持てば、高い魔力を保持する魔石に変わると。
「やるぞ」
「うん」
魔石を近づける。
淡く発光すると、箱の中でかちりと音がした。目を合わせて開けようと触れるが開かない。確かに音がしたのに。
「やはり他に仕掛けがあるか」
「え?」
そう簡単に開かないと踏んでいたらしい。
曰く、私にしか開かないようにしてるのではと。
「同じものが国家信用金庫にある」
「同じもの? 父の名義?」
「ああ」
「やっぱり開かない?」
「そうだ」
おそらく国管轄のものは条件が浅いと。ニウが押さえているから、誰かに奪われる心配は今のところないけど、信用金庫側は奪われても問題ないものしかないはずだとニウはいう。そしたら、今手元にある方が大事?
「ヴィールにしか開けられない」
「私、魔法使えないよ?」
「家訓とか母方で守るよう言われている事はないか?」
東側の文化に関わる何かが仕掛けられている可能性が高いと。
「うーん……母から教えてもらったことなら、」
料理やら洗濯やら掃除やら自立するためのスキルしかないぞ。後は母の昔話か。狐話から父との出会いやらなんやら。あ、ノロケしか聞いてないな。自分の住んでたとこの話なんて滅多にしなかったし。
「あ……まじない言葉」
「まじない?」
「その、」
困った時、叶えてほしいことがある時に囁いて祈りを捧げれば願いが叶うと言われた。子供の頃の言葉遊びだ。
試してみてもいいかもしれない。簪にまじない言葉を使って逆行できたのだから、母の教えてくれた言葉には可能性がある。
「いい?」
「ああ」
いくつかあるまじない言葉の一つ。
それを呟くと、またかちりと中で音がして、箱の蓋がわずかに浮いて開いた。
「あ、あいた」
「……良かった」
ニウは他にも条件があると思っていたらしい。けど、それはなかったか達成済みだったよう。
魔石をかざすこととまじない言葉の二つをこなして開けられたことにほっとしているようだった。
「開けるね」
「ああ」
中には書類が入っていた。
一つは南西側で流行った疫病に効く薬草の研究資料。ないと思ったら、ここにあったの。
そしてもう一つは誓約書だった。
「共同研究の署名?」
よくある話だ。貴族が支援する故に名義を共同にして研究する。国が後援する場合もそれに準じた書面のやり取りがある。
けどこの誓約書の名前は。
「父と、ヴェルランゲン公爵?」
元婚約者の名前があった。
「押印も王のサインもないな」
つまり正式な書類ではない。そういう話がまとまりかけたところでやめたってこと?
その中身にも驚く。共同研究の対象は、貧民街の子を苦しめた毒草に加え、数種。根っこが薬になるものや、疫病に効く薬草の名もある。
「やはりか」
「え?」
「ヴィール、これを預かってもいいか?」
真剣な顔をしてニウがいうから黙って頷いた。
「後は信用金庫の方をおさえよう」
「私も一緒に行った方がいい?」
「いや、こちらより開鍵条件はゆるいだろう。それに今日のことを考えて既にケルクがあちらに待機している」
「ケルク?」
「オークションで会っただろう。ケイだ」
「ああ」
ローミィといいケイさんといい、ニウの侍従大変そう。推しの言う通り、他人へのお願い雑じゃないでしょうね。
「ある程度の結果を得るまでは時間がかかる。それまでは社交界に出て探るしかないな」
「うん、大丈夫。そこはちゃんとやるよ」
すまない、とニウは謝る。
「なんで? ニウは私のために色んなことしてくれるじゃん」
「これは俺が解決したい事だ」
最初に言ってた貴族の不正? そこに繋がるから? それにしては私に関わるありとあらゆることに手を貸してくれてる気がするけど。
「なんでここまでしてくれるの?」
「取引だろう」
「本当は、ニウなら一人でもできたでしょ」
「……」
「私、ニウに何も返せてないよ」
「俺が好きでやってることだ。気にするな」
「でも私もニウに何か返したい」
「いいんだ。俺の自己満足で……見返りはいらない」
くしゃりと髪を撫でられる。
見返りはいらないというのに、どうしてそんな苦しそうな顔をするのだろう。
それをきけないまま、ニウを見送った。
せめて、貴族間にある不正を暴く、その手伝いができれば、もらったものの少しは返せるかもなんて思う。
後は取引が終わったら。
この関係がなくなってしまう覚悟をしよう。くるだろう別れに耐えられるように。
たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。




