40話 薬草と毒草
「触ってないよ」
私の言い付けを守って手袋をして、ここに持ってきたらしい。全部境目にあったという。
「その見知らぬ人間のせいだと?」
「うん、その人がいなくなるとはえてる」
「……え、まって」
ニウが持ってきていた分布図を出した。最初は薬草だけだった。私が見間違えるはずもない。今、毒草が増えてきてるのは、さっきあの子たちが言ってた人が植えているから?
この貧民街と平民街の間から始まる薬草と毒草の急な分布はもしかして。
「意図的にやられたな」
「何のために?」
「いくらでも考えられる」
無許可で増やしたかったから、知られにくいここを選んだ。
薬草と勘違いして毒草を植え始めていた。
王都における自然増殖の具合の観察。
敢えて食べることを想定にして効能を調べる実験をした。
「……直近のものは効能実験だろうな」
無許可で増やすにしても、毎回とられてしまうなら植え続ける意味がない。
この毒草は最初多く見られた薬草によく似ているから、勘違いして植えた可能性もあるけど、それならどうして薬草を植えていたかが明確にならない。効能実験をするなら、区別がつかないと正しく毒草を使って実験ができない。
自然増殖を調べたいなら、とられ続け増えない時点でやる意味がない。
それなら最後の選択は?
飢えで苦しむ貧民街の人間がやむなく食べることを想定し、植物がとられてから死体になるまでの時間経過を見れば、との程度の量が即死に至るものかも考えることができる。
ただこれは毒草の話だけに限る。
なぜ最初に薬草だけが多く分布するようになったのかは、まだ不明確。
「薬は時に毒にはなるけど」
「薬草のことか?」
「毒草は純粋にその毒で死ぬかを確かめるとして、薬草はって考えるとどの程度の量で人にとって毒になるかを調べていたと考えたら、一応二種の植物が意図的に植えられることに繋がりは出るかなって」
ニウは頷いて考える。
今は憶測でしかない。
事実は、誰かが意図的に貧民街と平民外の境目に毒草を植えていったということだけ。
それ以前の急激な分布が不自然なことから、意図的に植えたのだろうと思われるだけで事実として証明できない。
それにその意図も。
「それにしたって、ひどいよ」
「今はヴィールが教えたから、間違っても食べることはないだろう」
「けど、まだ続いてるんでしょ? 早く捕まえないと」
「なら尚のこと社交界に行かないとな」
「え?」
「植えられたであろう植物は、この国ではナチュータンに生息している。そこから簡単に持ち帰れるのは、ロックを介して取引している貴族か、ロックに管理を許可した人物が濃厚だろう。まあ取引相手が取得後に手間暇かけて加工するとは思えないが」
「え、それって」
一番有力なのが元婚約者と義理母だというの?
取引している貴族だと、こんな手間をかけたことをしない。お金を払ってまでして先の手間を買う者はそういないし、増やすといったことなら自分の敷地でやるのが人の心理だ。取引相手に父のような研究者はいない。ますます二人が濃厚になる。
「ヴィール」
ニウが髪を撫でる。さっきはあんなに恥ずかしかったのに、今はこんなに安心できるものだなんて。避けられなかった。ニウはずるい。こうやって軽々しく入ってきて、離れがたくするのだから。
「俺がどうにかする」
「ニウ?」
「後少しだ。ヴィールが自由になれるまで」
なのになんでそんな悲しそうにしているのか、私にはいまいち分からなかった。
「……ニウ、いなくならないよね?」
「え?」
「なんだか、遠くに行っちゃいそうだから」
でも考えてみれば、私のような平民が国の中枢に関わる高爵位の人間とこうして一緒にいることがそもそもありえない話か。貧民街にだってこないだろう。
「いなくならない、と言えばヴィールは嬉しい、か?」
「ん?」
おや、私何かとんでもないこと言ったかな?
ニウが期待に満ちた眼差しを向けていた。なんだか申し訳なくなってくる。
「ニウとヴィールはけっこんしてるから、ずっと一緒じゃないの?」
「え?!」
「け、結婚?!」
話がさっきより飛躍してるし!
「違うよ、こんやくだよ。けっこんの前」
ニウの教育がしっかり行き届いてるー、じゃなくて。
「違う! 婚約も結婚も違うから!」
「でもヴィール、かわったって」
「おふん?」
「きれいになったってみんな言ってる」
「ぐぐ」
大人たちめ。
そしてなぜかニウがドヤ顔をしている。
「そうだろう、俺の教育の成果だな」
「夫人のおかげでしょ」
「ちがうよ、好きだからきれいになるって」
「はひ?!」
私がニウを好きになって綺麗になったって?
「ち、違うって」
「成程」
「ちょっと! 否定して!」
否定だと、とニウの眉間に再び皺がよった。
「俺のヴィールへの気持ちは忘れてないだろうな?」
「うっ……」
「変わっていないからな」
前、うっかり忘れててとんでも行動とられたからな。というかさすがに今回は覚えている。なるたけ思い出さないようにするレベルで。
「ヴィール?」
「あ、うん、もう帰ろうかな! そうしようかな!」
「つぎいつくる?」
子供たちには念入りに毒草のことを注意してもらうように伝えて、大人たちにも気をつけるよう促す。何かあれば警備隊をと話をまとめ、独断専行しないことを約束してもらった。
たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。
22話あたりにほのめかした薬草の話をここで少しだけ回収する感じです。