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平民のち怪盗  作者: 参
38/63

38話 推し尊い

 やばい一気に緊張が身体を支配した。

 近すぎて鼓動おさまらない。ああでも格好いい。まさか生きてる内に推しと、こんな近くで再会するなんて。運命? 運命なの?


「私の名を知って?」

「騎士団長様を王都で知らぬ者はいないでしょう?」


 よし、なんとか淑女留めてる。さすがに推しの供給過多で床をごろごろするわけにはいかないし。


「ムデフ伯爵は中庭の警備を?」

「ああ。君が話題の令嬢だと聞いて、どうしても話してみたくなってね」


 警備の合間を縫って私の元へ来たらしい。ふわあああここに私の墓標を立てよう。本日命日なり。


「ありがとうございます。光栄ですわ」

「嘘じゃないかと思っていたが、あいつの態度を見て本当なのだと確信した。まさかあいつが女性を連れて来るとは思わなかったな」


 にやにや笑って人混みの向こうを見ている。ニウは全く見えない。


「彼と仲が良いのですか?」

「ああ、同じ時期に王城勤めになった縁で、そこから割と」


 腐れ縁的な? あれ、ニウってあまり推しのこと話してくれなかったな。最初に推しを恋愛的な意味で好きなのか問われただけで、それ以降は一言もなかった。仲いいなら話してくれればよかったのに。

 推しは物腰柔らかく、笑顔も眩しい。これがラートステの言う握手会というやつ? 近くてお話までできて、私今の数刻で何回か召されてる。


「あ、あの」

「?」


 言い淀む私に、小首を傾け話すまで待ってくれる。ふわああ大人の対応すぎて身がちぎれそう。

 頑張れ私。握手会があったら話したかったことをと思ってた。今しかない。


「ムデフ伯爵は覚えていらっしゃらないかもしれませんが、私、助けて頂いたことがあって」


 搔い摘んだエピソードと、夜道の警備ありがとうございます、というよく分からない言葉を伝えると、意外そうな顔をした推しは微笑んでくれた。やば、国宝級の笑顔。国指定の無形文化財になるわ、これ。


「そうか……残念ながら記憶にはないが、君のような美しい女性を守れたなら騎士として本望だ」


 ふわあああ推し続ける!

 素直に覚えてないことまで教えてくれる挙げ句、謙虚な言葉! ラートステのいう張りのある人生はこのことを言うに違いない。

 この場で好きだと叫びたい。


「おい」

「なんだ、時間切れか」


 我に返る。

 ニウが戻ってきた。とても不機嫌な顔して。


「会場の警備はどうした。さぼりか」


 私を無視して推しを睨みつけるニウ。ひどい、私の推しに対する態度がひどい。

 それに対し、推しは余裕の構えで、ニウを見てぶふっと吹き出した。


「なんだ面白いな。お前の為に御令嬢を守ってたんだぞ?」

「え?」


 なにそれ、ふるえる。私を守る? 騎士に守られる? 推しに守られる? どういうイベント? これも握手会の一つ?

 ラートステに確認しなきゃ。


「チッ」

「舌打ちすんなよ。彼女がその辺の貴族を相手にするよりマシだろう」

「……」


 ニウの渋々感ハンパない。この広い会場で誰とも話さないままいるのはなかなか難しい。

 となると、私が推しと話し続けることで他の貴族は迂闊に近寄れず、時間を稼げる。これが他の貴族だと次から次へと挨拶にくる可能性が出るから、ある種推しは人選として最適だったわけで。

 推しが有能すぎて身体はじけそう。好き。


「なんだ、その顔は」

「え?」

「こいつの前だからって緩め過ぎだ」

「そんなことは」

「自覚がないのか?」

「あります!」


 推しの前だから強く出れない。ぐぐ、ここで言われのないダメ出しされたくないし。

 けど推しは心広くにこにこして私たちを見ているだけ。ああその心の広さは広がる空のごとく、そして澄んでいるわ、さすが推し。


「こら、そんな見るな」


 推しを見るのを妨げられる。頬に手を添えてニウの方を向かされる。相変わらず不機嫌で眉間に皺寄せて。


「本当に仲がいいんだな」


 推しが嬉しそうに頷く。いいえ、仲が良いわけでは。喧嘩ばかりですが。けど、それを言うのも憚られる。淑女ではないと言っているようなものだし。


「よかったな、ニウ」

「……まあな」


 ニウの肯定に満足げに頷いた。


「ま、必要になったらいつでも呼んでくれ」

「ああ」


 力になる、と推し。

 やば、私の推しが頼りがいありすぎて辛い。


「雑に使うのはやめてくれよ」

「善処する」


 ニウってば私に限らず騎士団長まで雑に扱うの。ひどいな。


「あ、そうそう。正式に彼女を紹介してくれないのか?」


 敢えて私の名をきかなかったのは、ニウが隣にいる場できくためのようだった。気遣いがすぎるぞ、推し。格好よすぎる。


「紹介する気はない」

「女気のないお前が急に連れ立てば周囲も気になるだろう。おまけに周囲にあんなに牽制して。名すら明かさないのはどうかと思うぞ?」


 ですよね。せめて、偽名を用意した方がよさそう。

 謎の人物のままじゃ、そのうち怪しまれる可能性がでてくる。


「彼女はお前のなんだ? 婚約者か?」


 違う。誤解を解かねばと口を開きかけたけど、ニウの方が早かった。


「そうだ」

「はい?!」


 あれ、この展開どこかで見たよ。

 というか聞いてないよ! 美術品とかに興味ありありの貴族設定ってことしか知らないし。


「ふーん……お嬢さん」

「は、はい!」


 推しからお嬢さん呼び……思っていた以上にいい。鼓膜に焼き付けないと。


「こいつ、面倒くさい奴だけど、いい奴なんだ。よろしく頼む」

「え、あ、はい」

「うん、本当に可愛いな」

「ふわ?!」


 可愛い! 推しが私のことを可愛いと!

 隣で盛大な舌打ちが聞こえたけど無視だ。推しをもっと網膜に焼き付けておこう。瞳閉じても推しが見えるぐらいに。


「その様子じゃ、お前普段から彼女のこと可愛いって褒めてないな?」

「……」


 むしろ可愛くないと言われた過去しかない。


「素直に褒めて、愛を語らないと愛想尽かされるぞ」

「お前もう帰れ」


 ひどい、気遣いで声をかけてくれた相手に失礼すぎる。

 騎士団長は気にせず、笑いながら庭に戻っていった。

 ああ、にしても。


「推し尊い」


 舌打ちがさらにもう一度。

 もうこの様子が公爵としてアウトなのでは。

たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。


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