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平民のち怪盗  作者: 参
37/63

37話 社交界のち推し

「緊張しているのか」

「そりゃ初めてだし」


 夫人の淑女レッスンを終え、めかし込んでついに社交界デビューときた。

 場所は先日裏取引があった社交場の表側。外観かなり大きくて煌びやかだったから、中も予想通り豪華な造りだった。


「大丈夫だ。胸を張っていけ」

「珍しく優しい」

「一言余計だ」


 ニウのエスコートで馬車を降りてから、ずっと視線を感じる。けど、ここは習った通り、余裕を持っていないと。隙あらば周囲はそれを敏感に感じとるだろう。そのせいでニウの立場がまずくなっても嫌。


「ブライハイドゥ公爵が!」


 会場入りしたら、ざわつきに変わった。

 公爵の隣の女性は?

 平民の娘というのは嘘だったのか?

 ナチュータンでは淑女と忍んで訪れていたという話が。

 どちらの家の方で?

 何故ブライハイドゥ公爵が?

 今まで特定の女性はエスコートなさらなかったのに?

 とまあ、内容はざっとこんなところだ。

 大丈夫、平民ですよ。見た目と所作は夫人のおかげなので、本当感謝しかない。私はきちんと淑女に見えている。やったね。


「ダンスをするか」

「分かった」


 これも夫人仕込みだ。文句なんて出ないだろう。

 この社交界で、とある貴族令嬢としてデビューし、ある程度目立つことで元婚約者と義理母をおびき出す作戦だ。

 私が主に東の文化に興味を示していると触れ回り、裏取引に誘われるところまでが一定目標。


「公爵が!」

「ダンスなんて!」


 周囲が面白いぐらいわいている。ニウって社交界だと珍しいのかな? ダンスは申し分なくできるのに、ダンスしてるだけで会場がわくなんてすごい才能だよ。


「こちらに集中しろ」

「分かってる」


 ダンス中は他人に聞こえないから話しやすい。ニウが営業用の笑顔をするから、それに応えると周囲……主に女性陣が黄色い悲鳴を上げた。ニウの営業用の顔でもいいのか。


「すごいね」


 翻るドレス。

 ニウのエスコートのおかげで軽い足取りで踊れる。なんだか物語のヒロインのようだ。

 お姫様みたいと言うとニウが少し寂しそうに微笑んだ。


「ヴィールは……いつだって、この世界にいられる」

「ニウ?」

「本当は、その方がいいんだろうな」


 手放すのが、という言葉がかろうじて聞き取れた。


「ニウ?」

「なんでもない」

「私、こっちの世界に興味ないよ?」


 貴族の輝かしい生活はいらない。私は今まで通り研究が続けられればいい。

 そんな私の応えにニウは少し肩の力が抜けた。ああ、そうだなと息を吐く。安心してるように見えた。


「ヴィールのそういう所が……」

「ん?」


 ダンスを一曲だけ終えて、会場壁際の端っこに移動する。一歩横にずれれば開け放たれた大きな窓の先の庭、退路としては悪くない。


「今日は退路を確保する必要はない」


 あ、そっか。怪盗してないしね。というか、私の考えてること分かるの。

 周囲を改めて見やると、すごい視線の嵐だった。じりじり近づこうとする貴族がいたところで、ニウが一睨みすればさっと引いていく。人が近くにいないのをいいことに言葉遣いは素のまま話せた。


「ニウってもてるんだね」

「珍しいだけだろう」

「見た目だけはいいもんねー」

「ひどい言いようだな」


 まあ好かれるというか目を引くのも、ニウを知った私には今ではよく分かる。


「嫌味で自信家で人の扱い雑だけど優しいもんね」

「……え?」


 ニウが目を丸くして私を見下ろしている。ん? 私なんかした?

 少し考えて自分の発言に気づいた。いけない、褒めてた。


「……あ」

「ふむ」


 うわ、いやらしい顔して。笑うにしてもあからさまじゃない。もっと純粋に喜んだ笑顔ならまだしも。


「た、たまには褒めたあげようって思っただけで」

「ほう」

「な、なに」

「……そんな顔しているとばれるぞ」

「はっ!」


 素を出してしまってた。いけないいけない、今は壁の花ぐらいな形でいないと。淑女らしく。

 背筋を伸ばして、顔に力を入れて習った通りの顔を作る。うむ、夫人の訓練は素晴らしい。


「くっ」


 ニウはくつくつ笑って、それはもう楽しそうだ。手を口元に当てて、上品さを損なわないまま。周囲の女性陣はこれを見たって、紳士なニウだと思い込んでいるんだろうな。


「ニウ」

「分かっている」


 ここでは言い争いができない挙げ句、圧倒的に地の利がニウにある。なんだか負けた気がして納得がいかなかった。


「ヴィール」

「?」

「すまない、少し離れる」


 苦々しげに漏れる。その視線の先、人混みの奥を見ているようだった。


「王太子殿下だ」

「ご挨拶なら一緒に」

「いや、俺一人で行く」


 この距離で王太子殿下にお呼ばれしたらしい。どんなアイコンタクトなの。私にはかろうじて人の視線や波とニウの視線の先が同じであることぐらいしか分からないのに。


「いいか、ここから絶対に動くな。近寄る男に愛想を振り撒く必要もない」


 今日は初日だから尚更だと言って足早に去っていく。

 んー、他人と多少交流を深めて元婚約者たちに近づく術を手に入れてもいいと思うんだけど。

 でもこれ幸いにニウが睨みをきかせながら去っていったせいか誰も近づいてこなかった。

 私は行儀良くお酒飲んでればいいだけ。楽チンだ。


「もし、少しお話しても?」


 芯の通った低い声は背後から、つまり中庭から聞こえた。

 振り向いて私は衝撃に震える。


「ふわ?!」

「ふわ?」


 おおおおお推しがいる!

 私の推しが! 目の前に! 息をして! 現実に存在している!


「ズワールド・ムデフ伯爵!」


 騎士団長様が目の前に! 眩しい! ふるえる!

 なんでここにきてこの急展開?! 心臓持つ?! 私、生きてる?!

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