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平民のち怪盗  作者: 参
33/63

33話 結婚の申し込み(見本)

「お手本とやらを見せてやろう」

「いやいやいや、私?」


 そこの女の子相手にやればいいじゃない。皆ニウのこと好きだからきゃっきゃして喜ぶぞ。


「ごっこ、だろう?」

「いやまあそうだけど」

「出来ないと? 夫人から礼儀作法を学んでいながら、その程度か」

「なにおう」


 夫人はすごいし。私みたいな人間を侍女できるレベルまで引き上げてくれたんだからな。

 というか、なんでいちいち癪に障る言い方するの。なんなの。


「意気地がないな」

「違うし。そういうのを軽くやっちゃうのどうなのって話。ニウまだ独身でしょ」

「まあ確かに土まみれの女性相手にやるものではないな」

「悪かったわね、汚れてて」

「逃げるか?」

「やるに決まってるでしょ!」


 勢いよく立ち上がって言ってみたはいいけど、あれ、よかったの? 手本で独身男女がやっていいことなの?

 周囲を見れば、期待に満ちた子供たちの顔。あ、だめだ、やらないとだめなやつ。子供たちを落胆させるわけにはいかない。


「ヴィール」


 ニウの呼ぶ声音が変わって、すっと佇まいを直した。

 目の前のニウが片膝を折って跪いている。

 

「……」


 妙にこそばゆい。ついで恥ずかしさに頬が熱くなる。

 これはいけない。

 でもきちんとやり遂げないと。やるといったのは私だもの。


「よく見ておけ、これが求婚の作法だ」


 真剣なニウの様子に子供たちが黙って頷く。

 するりと私の左手をとった。

 あ、本当に土まみれだ。

 花冠作るって言うんで、少し落ちてはいるけど。

 それでもニウに躊躇いはなかった。


「ピュールウィッツ伯爵令嬢」

「はい」


 とった私の手を引き寄せ、そのまま手の甲に唇を落とす。

 丁度薬指の付け根。

 ニウの吐く息が、熱い。

 それが手にかかって、妙に現実味が帯びてくる。

 じわじわ身体が熱を帯びてくる。


「私と結婚して頂きたく存じます」


 まるで。


「お受け頂けますか」


 まるで本当に申し込まれているよう。

 見上げてくる瞳は見たことのない色をしていた。

 とても深くて、甘い。


「はい」


 ただのお手本なのに。

 仕様もなく声が震えていた。

 これは練習、見本、お手本だと何度も自分の中で反芻するのに、真っ直ぐ射貫いてくる瞳から逃れられない。


「お受け、致し、ます」


 強張ってたどたどしい応えだったのに、ニウは咎めることなく、跪いたままふんわり笑った。

 その顔は反則でしょう。そんな嬉しそうにしたら勘違いしてしまう。


「ふおお」

「!」


 いけない、忘れてた。子供たちの為のお手本してたんだった。自分のことに精一杯で忘れてた。

 あ、でもやったかいはあったみたい。皆、楽しそうにしてるし。


「すごいヴィール! おひめさまみたい!」

「え? あ、ありがと?」


 花嫁からお姫様にランクアップした? そもそもが花嫁でもなかったけど。


「僕もするっ」

「ああ、やってみろ」


 いつもよりゆっくり離れていく手が少し惜しかった。指先の最後まで触れているのを、しっかり実感して。

 ああもう。

 でも今は首から上が火照って仕方ないから、どうにかしないとだめだ。


「土まみれ……」


 確かに汚い。淑女とは程遠い手。

 お手本にするにもお粗末すぎるかな。


「どうした」


 花嫁ごっこで子供たちがフィーバーしている最中に自分の手を見て声が出ていたらしい。

 ニウが不思議そうに覗き込んでくる。


「……なんでもない」


 少し遠くから子供たちを呼ぶ声がした。親御さんたちが呼ぶということは、もう帰る時間か。


「いこ」

「何を拗ねている」

「はい? 拗ねてなんか」


 そうだ、拗ねてない。なんだか無性に恥ずかしくなっただけだ。


「貴族のご令嬢みたく綺麗な手をしてないなって」

「俺は別に構わない」

「そりゃ、ニウはその内綺麗な手のご令嬢にキスを落として求婚するんだろうけど」


 別に今すぐ結婚したいわけじゃないけど、その内と思うなら綺麗な手の方がいいのだろうか。でも研究は続けたいからな。


「……なんだと」


 おっと、ニウが不機嫌になった。さっきなんて言った? 適当に言ったから、覚えてないぞ。


「あ、いや、ほら行こう? 子供たちもご飯の時間だよ」


 誤魔化そう。不機嫌なニウの機嫌を戻せないし。

 ニウの前に出ると再び左手をとられた。後ろを振り向くとニウが相変わらず眉を寄せていて、そしてとても近かった。


「ニウ」


 触れた。

 限りなく唇に近いところ。端っこに確かに触れた。


「いい加減にしろ」

「え?」

「俺がヴィールを好きだと分かって言っているのか」

「え……あ」


 そうだった。お泊りの時にニウは女性として好意を抱いているとはっきり告げていた。


「え、じゃあ、さっきの」

「……」


 手を握ったまま先を歩くニウに引っ張られて後を追う。


「え、いや今の、あ、でも、さっきのって」


 ニウは何も言わない。

 そうだ、ごっこのはず。お手本見せただけ。

 なのにニウが否定しないから、余計なことばっかり考えてしまう。

 頭の中ぐるぐるして混乱してるところをニウが適宜みんなに挨拶する。それを薄っすら耳にして私はついていくだけだった。


「さっきの、ごっこ、なんだよ、ね?」

「……」


 何を返していいか分からず、黙ってついていって家まで見送られるまで、ニウは何も応えなかった。

 ラートステが私の顔を見てすごい笑顔になったから、私の顔はもれなく真っ赤なんだなと分かって、火照ったままの頬を両手でおさえてさっと自室に逃げ果せた。

たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。


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