31話 最後の怪盗依頼
するりと掲げた石は、ドリンヘントゥ伯爵家であった裏オークションでひっつけてしまった宝石だった。そういえば川に落ちたやらなんやらでニウから取り返してなかったっけ。
「それは……」
明らかに管理人ロックが動揺している。
顔色も先程より悪くなり青いというよりは白い。
「この石は我が国では唯一、ナチュータン北東の鉱山でしか手に入らない。希少価値が高い故に採取、売買、加工には厳しい制約があり、どのような状態であれ、王の印があるもののみ流通が許される」
これには印がない、とニウははっきり言った。
「まがい物の可能性があったが、鑑定後、石は本物だと分かった。そして別件で押収していたドリンヘントゥ伯爵の所持書類から、これがナチュータンで採取されたものだとはっきり分かった」
石は王の代わりに品質を保証するといった内容を謳った鑑定書つき、その中にロック・フォーフォルの名が入っていたと。
「王の印が必要なものは全て代替を許可していない。それは法でも定められている事で、貴殿が代わりに保証する事は本来出来かねる事。鑑定書には当然王印はないし、貴殿の名前のみ記されている。それは不正に取引をしていたと主張していると同義だ。逃れようがないぞ」
ロック・フォーフォルが唸る。
石が本物でないと取引では高値がつかない。けど裏取引だから王印はない。品質を保証する為にしたことが、不正にやっていることを逆に証明してしまったと。
結構抜けてる気がするけど、裏取引ならこれが普通なのだろうか。
「こうなると、嫌疑がかかる案件が増える一方だぞ? 動植物と鉱石の不正売買、管理権限の偽造、そこからくる不法侵入及び占拠、それに」
「もういい!」
ロック・フォーフォルが叫んだ。
そして私は騙されただけだと急に主張してきた。
「私はただ昔馴染みに言われてやっていただけだ!」
「しかし理解した上でやっていたことだろう」
「奴らに脅されていたんだ。悪いのは奴らだ!」
「身の潔白を主張するなら、これから先ですればいい」
目配せで連れて来ていた王都の警備隊がロックを連れていく。
代わりに他の人間が三人ほど入ってきた。どうやらここにある証拠になるものを持っていく為に来たらしい。
ニウも一緒になって書類を確認していた中、一つの書類で手元が止まった。
「やはりな」
「どうしたの」
押収した書類の中、動植物の取引についてのものに見たことある名前があった。
「ステルク・リヒトゥ・ヴェルランゲン公爵とアレイン・ピュールウィッツ伯爵夫人……」
元婚約者の名前と、その下に義理母の名前が記されている。
ロック・フォーフォルの言うあの御方だの昔馴染みは二人のこと?
「ピュールウィッツ伯爵夫人がヴェルランゲン公爵に動植物の捕獲と輸出入……密猟する為の権利を許している内容だな」
「でも継母は所有の権利がないのに」
「王命で一時的に権利を有している事にしているな」
「え」
ニウは偽造だと言うが、公共の所有管轄になっているはずのナチュータンの権限が一時的に義理母にあるとした書類が出てきた。
「これが偽物でも、この地で取引を行う上では有効だろう。見分けのつく人間がいないからな」
「そんな……」
父が亡くなってすぐにヴェルランゲン公爵から婚約を申し込まれた。それまではそんな話一つもなかったし、元婚約者のことなんて知りもしなかった。しかもその婚約は私の意志関係なく義理母が勝手に了承していた。
今のこの状況を考えると怪しいすぎる。もしかして婚約を申し込まれたのは、この土地を手に入れるため?
「大丈夫だ。ここはまだ国の所有で、俺に権限がある」
髪を撫でられる。
見上げたニウは眉を寄せていた。
まただ。不機嫌というよりは痛そうな顔。もしかして、心配してくれてるの?
「ニウ、お願いがあるんだけど」
「どうした」
「知りたい。元婚約者と継母のこと」
「知ってどうする」
「ナチュータンから完全に関係を断ってもらって、出来ればその後はニウに保護してほしい」
意外だったのか、ニウは目を丸くした。
権利を取り戻したくないのかと問われる。
「ううん。国や公で働くニウに保護してもらう方が安全だよ。ここで研究はしたいけど、私だとまた同じこと起きてもうまく戦えなさそうだし」
ニウがいたからどうにかなった。私だけだと契約書の偽造は分からなかったし、あの子たちを助けることも現実味がない。
それなら、強い力を持つ側に管理してもらう方が安全だと思ったわけで。
「いいのか」
「うん」
「先程のあれははったりだぞ」
ニウが土地の所有と管理権限を正式に得たとかいう話だろうか。
そうだとしても、実際はそちらの方がいい。ニウは公的な立場にいるだろう人間だから。
「ニウに任せるなら安全だよ。お願い」
「……分かった」
手配しようとニウが静かに告げる。ここは思い出のある場所、本当なら継いだ上でいつでも来られる方がいい。それでも私だけでは守れない。現状義理母と元婚約者の手に渡っているような状態ではいつかそれが本物にされる可能性だってある。
それなら公に保護してもらうのがいい。正式な手続きを踏めば、この地に赴くことはできる。ここに住む子たちにとって最善を選ぶなら、これが正しいはずだ。
「ナチュータンは任せるよ。研究はうまいことやってくから」
ただの野ざらしではなく、動植物の保護を目的とした管理の実現をニウは約束してくれた。
そして少し思いつめたような顔をして静かに私に告げる。
「……最後の、怪盗の仕事だ」
「?」
「ヴェルランゲン公爵とピュールウィッツ伯爵夫人の不正を暴く。どちらかが所持する偽の王印をとってくるんだ」
それに伴う他の証拠も出てくるだろう。探りを入れ、関われば自ずとナチュータンのことも知ることができる。
「うん、分かった」
私たちは王都に戻ることになった。そして取引による最後の怪盗が始まる。
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