3話 拉致のち取引
やらかした。
弱くなった部分が崩れて、そのまま落下。
「あれ、痛くない?」
「な、なんだ」
身体を少し起こす。バラバラになった天井板にまみれて、先程の若い男が私を見上げていた。
この人下敷きにしたから無事だったんだ。ん、いやそうじゃないぞ。
「え……まさか、怪盗?」
「!」
焦っていた男の方が私を見てそう言った。ああもう、だからこういう奇妙な格好してなければ。ラートステ恨む。
いやでも、普通の人は天井板ぶち抜いて落ちてこないか。でも格好に問題ありだろうなあ。
そんな焦りと悪態で脳内いっぱいな所に、遠くから声が聞こえた。
「こっちだ、音がしたぞ」
「怪盗か?!」
「やばっ」
逃げないと、せめて天井裏とか壁裏へ逃げ込まないと。
急いで立ち上がろうと、身体を半分起こそうとすると、ぐっと強い力に留められた。
「え?」
尻餅をついている目の前の男が眼光鋭く私を見上げている。
あ、これもうダメなやつでは。嫌な予感しかしないぞ。
「連れて行く」
「はい?!」
「―」
魔法で手足を拘束された。
こいつ、魔法使えるタイプの人間だ。
魔法は一部の人間しか使えない。主に貴族になるけど、貴族の中でも使える人間は限りがあるのに、よりによって目の前の男が使える側だなんて。今日ついてない。
「行くぞ」
なんと小脇に抱えられて荷物のように持ち去られた。
あまりに雑な扱いに物申したい所だったけど、そこから二人は非常に迅速で思わず言葉を失った。
元々逃走経路は確保していたのだろう。私兵から離れつつも誰にも見られないまま屋敷を出て、そのまま貴族街の別の屋敷に入って行った。
やっぱり貴族か。
でも、さっきの屋敷より大きくて立派。この男、もしかして結構な爵位? いや今はそれどころじゃないか。逃げないと。でも手足の拘束解けないと逃げられないし、どうしたものか。
「よし」
お忍びだったのか、侍従侍女のお出迎えもなく、私室と思われる部屋へ連れていかれ、そのまま床にポイっと荷物のように放り出された。
「いっ」
そこまで痛くはないけど、もう少し優しくしてくれてもいいのに。一応人なんですけど、私。決して荷物ではない。いや荷物でも丁寧に扱うべきだと思うけど。
「なんだ、お前」
「……」
「おい、なんなんだお前は」
「……それはこっちの台詞」
豪奢な絨毯に寝転がりながら、きつく睨みあげると目の合った男は驚きに顔を染めた。
「ピュールウィッツ伯爵令嬢?」
「え?」
私のこと知ってる? いやその前に、正体バレないようマスクをいつもしているのに。
「って、マスク!」
「ああ、これか」
ちゃっかり手に持ってる。なんて抜け目のない男。
「返して!」
「返すわけがない……にしてもひどいな」
「え?」
「顔がひどい」
「はあ?」
私の姿を上から下までじっくり眺めて、呆れた様子で息を吐く。初対面にしては、だいぶ失礼じゃないだろうか。
「髪の毛の手入れをしていない、化粧もしていない。挙句汚れがひどいな」
「うっさい!」
汚れは仕方ない。天井裏とか壁裏通ると埃とかつきやすいし。そもそも怪盗に身だしなみは必要ないだろう。人目に触れないのだから。
ラートステもやたら化粧がどうとか、髪結いたいとか言っていたけど、怪盗って身なり整えないとやっちゃだめなわけ?
「拘束解いて! 今すぐ!」
「言葉遣いもなっていない」
「どうでもいいでしょ!」
「北東地域の訛りもあるな」
「!」
こんな少ない会話で分かるなんて。母がそうだったから、私も割と訛りが残っている。知られて揶揄されると母が悪く言われているように感じて、それが嫌で端的な話しかしないようにしてたのに。
「女性としてどうなんだ。恥ずかしくないのか」
「なにその厭味な言い方! 初対面の人に言う?!」
「初対面だと?」
「てか顔は仕方ないでしょ!」
「身嗜みの話をしているのであって、造作の話ではないぞ」
「私、造作って一言も言ってない!」
言ってないぞ、失礼な男だ。なんで連れ去られて睨み見下ろされた挙げ句、見た目悪いなんて言われなきゃいけないわけ。
「あんたこそ厭味なのが顔に出てるわ! 性格悪そうな感じに!」
「なんだと」
ぶふっと焦っていた方の男が吹いた。余程面白かったのか、口元を押さえて身体を震わせている。
「見目麗しいと言われる事ならあるが」
紳士だの、お優しいだの言われるらしい。自分で言う話ではないよね。
「うわ、自意識過剰……性格悪い」
「なんだと」
「大体紳士は淑女を小脇に抱えないでしょ。抱き上げるでしょうが」
「どこに淑女が?」
わざとらしく周囲を確認する男。やっぱり性格悪いな。
すると笑いに笑いきったのか、後ろにいたもう一人が、まーまーと目の前の男を宥めた。
「主人。こちらが攫って来たわけですし、落ち着いて」
拘束もとってあげましょう、と優しい言葉まで。素敵、こっちは人格できてる。
すると渋々拘束を解いてくれた。
よし、ひとまず自由。豪奢な絨毯の上で座り込んで、周囲を確認した。窓も扉も遠いから、すぐには逃げられなさそうだな。
「逃げるなよ」
「……」
「おい」
「主人、まずは謝りましょう」
「はあ?」
女性に失礼な事言ったんですからと窘められている。主人と呼ぶということは、彼は侍従か。
「ちっ……悪かった」
存外あっさりと頭を下げてきた。
「舌打ち……でも意外。すんなり謝るんだ」
「どういう意味だ」
「言葉のまま」
言い返すことはしないで舌打ちだけ返された。貴族にしてはマナーが悪い。まあ私が言えたクチではないけど。
「まあいい、ピュールウィッツ伯爵令嬢」
「私もう伯爵令嬢じゃない。というか私のこと知ってる?」
「……そこはいい。話がある」
はぐらかされた。会ったことないと思うけど、そこを話す前に違う話題を振られてしまう。
「俺と取引しないか」
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