29話 よく触ってくるのに慣れてきた
「焦っているなら都合がいい」
「なんで?」
「このタイミングで仕掛けてくるのは浅慮ではあるが」
「だからなんでそこから都合よくなるの」
「正当な権利があると例の契約書を自ら出してくる可能性がある」
「まじか」
「その言葉はあまり使うな」
今回の怪盗は前と違って速さが求められる。ニウが管理人ロックを何某かしておびき出し小屋から離す。その隙に私が小屋の中にある契約書を奪う。
ニウはごまかせるように似た書類を用意していた。正式なものなら、王室ご用達の特殊用紙に特殊なインクを使う。けど、偽物という前提で色合いが似た市井で買える多少良質な紙に、どこでも買えるインクを使って作ったもの、らしい。
「そんな簡単に作れるの?」
「偽造書類ならいくらでも出てくるからな。今までの経験から性質の悪いものの上位にくる案件を参考に作った」
「王都怖いよ」
すごいこと言う。
でもここまでやってるなら仕方ない。ぱぱっとやるだけだしね。
ラートステが送ってきた怪盗衣装を取り出す。
「じゃ、やろう」
「それを着るのか」
「うん。折角送ってきてくれたし」
ラートステがいるわけでもないのに怪盗衣装を着るのはどうしてだと言いたいのは分かるけど。
まあ仮にロックに目撃されたとして、怪盗衣装なら私だと知られる可能性は低くなる、ということで。
「何かあれば叫んでもいいから俺を呼べ。どうにかする」
「逆にあの人が急に小屋に戻ってくるとかなったら、合図頂戴ね」
「ああ」
決行は夜。
幸い月が出ているから周囲はよく見えた。
「ロック・フォーフォル」
「公爵、こんな時間にいかがしました」
予告もなく現れたニウに驚く管理人ロックは慌てた様子で外に出る。
聞き取れないけど、ニウが話があると言って小屋の外に出させて時間を稼ぐ流れだ。
「よし」
私が父と一緒に来ていた頃と同じ造りの小屋は裏にも扉があるので、そのままそこから入る。鍵は簡単なものならすぐに開けられるようになってしまったあたり、怪盗に慣れすぎたと思う。研究者兼怪盗が職業です、なんてないでしょ。
「すご、言ってた通り」
ニウの思惑通り、机の上に書類が置かれ、その中、目の前にいかにもな用紙が違う紙があった。
広げてみれば契約書で間違いなく、ニウから預かってた偽物と差し替える。念のため見比べてみたけど、面白いぐらいそっくりだった。ニウからしたら、どちらが本物か分かるのだから不思議すぎる。
「ん?」
微かに鳴き声が聞こえた。
窓から外を見てもニウとロックの後ろ姿しか見えない。
注意深く探ると隣の部屋から聞こえるのがわかった。外の様子を確認してから、ドアを開けると部屋の中は暗い。目が慣れると、部屋の中が檻だらけというのが分かった。
「密猟……」
売手が決まっているのだろう、それぞれの檻にタグがつき、そこに貴族の名前が書かれている。
「だから呼んだの」
怪我をしていることはなかったけど、このままだと売られていくだけ。助けたいけど、数が多すぎるし、もうすぐニウも話を切り上げてしまうだろう。
すると、一番手前にいた子が大きな声をあげた。
「え、ちょ」
それを皮切りに合唱の如く叫び泣き始める。このままだと外に聞こえてしまう。
「ま、待って」
助けたいのは山々だし、訴えたいことは分かるけど、今はだめ。
「静かに!」
何度か訴えて、なんとかおさまった。
「必ず助けに来るから、もう少しだけ待ってて」
じっと私を見ている子たちは、そのまま大人しくしていた。今日は戻るしかない。
部屋を出て外を見れば、何か焦って挙動不審な管理人ロックが見えた。外に聞こえていただろうか。
裏口から外に出て近くの茂みの中から様子を見る。
丁度二人が別れるところだった。
ニウが馬に乗り、屋敷へ戻る道のり、私は並行して木々の間を通っていく。そこを抜けたところでニウから声がかかった。
「いるか」
「うん」
森の出た先、私の馬に待ってもらっていた。怪盗衣装が見えないよう長い外套を羽織って月明かりの下へ出てくる。
ニウの表情はよく見えなかったけど、少しだけ緊張が解けたようだった。
馬に乗って屋敷に戻ると件の書類を見せる。すぐにそれを任せると言ってホイスに渡した。
「偽物?」
「恐らくはな。ただ鑑定の必要はある。ホイスが早馬で王都の屋敷にあれを持っていく。結果が出るまでは待機だ」
いくら早馬使っても往復で二・三日はかかる。鑑定に時間もかかるから一週間くらいかな。となると、あの子たちが心配。
「ニウ」
「どうした」
密猟の状況を話した。覚えてる限りの貴族、国名まで全て伝える。
考える表情と所作を持って沈黙したニウは、準備を終えたホイスに二・三伝えホイスが足早に去ってから、私のところへ戻ってきて想像通りの言葉で応えた。
「鑑定が終わってからだ」
「うん」
分かっていた。けど、なるたけ早く助けたい。
「大丈夫だ、奴は数日大人しくなる」
小屋の動物は大丈夫だろうとニウは言う。
「釘を刺した。あの時、その動物達の鳴き声が聞こえたのもあって、それなりに疑いをかけている体にしたからな。迂闊に動けないはずだ」
どういうやり取りをしたか詳しく教えてくれなかったけど、あの時鳴き声あげたのは逆によかったらしい。
商品として扱っている以上、あの子たちが暴力を振るわれる可能性は低い。閉じ込められるという苦痛はあるだろうけど、命は奪われないはずだ。
「心配か」
「ん、それはやっぱり、ね」
ニウが片手で頬を包んで傾かせた。最近よく触るようになってきた。慣れてきてるのも問題かなと思いつつ、見上げると変わった目の色をしていた。
泣きそう? 心配? なんだろう、辛そうに見えるのは気のせい?
包む掌の親指が目元を撫でる。
やっぱり懐かしい気がする。なぜかは分からないけど。
「ニウ」
ぴくっと小さく反応した指先が、一拍の後、がばっと離れていった。
「……湯浴みをして寝ろ。また明日話す」
髪を撫で、手をとられる。
そのまま部屋を出て、自室まで案内されて別れる。ホイスが早々に書類を持って発ったから、他の侍女がくるかと思ったのに、ニウ自らだなんて。
貴族としては違う気がするけど、まだ私の意思を汲んでくれてると思って、何も言わず寝ることにした。
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