23話 辺境地、二人で歩く
「おおおお」
「落ち着け」
馬車の窓から見える見慣れた場所。ついに来た。
ニウが許可をとってきた上で、ナチュータンに到着した。そう、潜入のご褒美がこの土地での研究ということだ。
すごい、素晴らしい。ニウが空気を読んでくれた。
「領地境に別荘がある。そこを使う」
「お金持ちめ」
だからニウが父の土地を管轄することになったのかもしれない。
ナチュータンは辺境地で、あまり周囲に人が住んでいない。だからこそ手付かずのまま、自然が残っているわけで。
「え、ニウも一緒?」
「当然だろう」
「一人でいいのに」
別荘で着替えを済ませ、意気揚々と行く気の私の前にニウが仁王立ちで待っていた。まあ護衛とかつけないだけマシかなあ。あんまり人がいると動物たちが怖がるし。
「で、一緒に来てまで何してるの?」
「むしろそのままで作業に入る気でいるのがおかしい」
「なんで」
屋敷から割と近場、私が小さい頃に父と良く食事をしていた大きな木の下を拠点にした。とりあえずシートひくだけなんだどね。
奥深い森に入る前だから、動物も驚くことはないし、採取した植物の日干しにも向いてる。
けど、その作業前にニウに止められ、現在なぜか髪の毛をいじられている。
どうやら汚れるから綺麗に纏めたいらしい。
後ろでいじられるのがもこそばゆい。最初は断ったけど、以前ローミィのタオルオフを許したから、自分が触るのも当然許されるはずだとニウは主張した。なんで。
けど採取優先の私にはこんなところでニウと口喧嘩して時間をとりたくなかった。ので、こうして髪の毛いじりを許しているというわけで。
「ニウって本当に公爵?」
「なんだ、いきなり」
「髪の毛結えるって、侍女スキルだと思うよ?」
ここでローミィを連れて来て私の髪の毛纏めるなら、まだ話は分かるけど、なんで自分でやりたがるのか分からない。
私は道中採取した植物を等間隔で配置して日干しすることにした。時間がおしい。今やれることをしておかないと。
「出来たぞ」
「ん」
採取したのを全部並べ終えた頃、綺麗に髪が編み込まれた挙げ句アップで纏められた。触れた程度ではそのぐらいしかわからないけど、かなり綺麗にされていることは確かだった。
「じゃ、行ってくる」
立ち上がると、ニウも当たり前のように一緒に来ようとする。護衛兼ねてるのかな。でも名のある公爵当主に護衛させるのもどうなのか、いやそもそも腕は立つのか。
「静かにしててね」
「なん、」
「動物達が警戒するから」
ここでは、その場でしか観察できないものもあるから、尚更刺激は与えられない。動物は特に。
「ヴィール」
「お、早速」
遠く、獣道の向こうに佇む影。お出迎えか。その姿にニウが驚いている。
この国だとナチュータンにしか生息しない肉食動物。
「襲ってこない? あの獰猛と呼ばれるブーストが?」
「警戒心が強いだけだよ。ここから動かないでね」
私がここに幼少期からいて、あの子ともずっと顔を合わせているから大丈夫。たぶん覚えてくれてるはず。
じっとこちらの様子を見て、数秒後にゆっくり去っていった。
「これで大体大丈夫」
「どういう事だ」
「この一帯の主が許したから私達は当面ここにいられる」
「なるほど」
認められないなんてことないだろうけど。
「ママ……母のおかげかな」
「どうして?」
「母は狐で」
「は?」
私だって未だ分からない。
母は自分のことを狐だとよく言っていた。父との出会いだって空から降ってきたとか言うぐらい。母は割と変わり者だった。何故か野生動物も母にはよく懐いていたし。
「何か研究をしていたのか?」
「ううん。たぶん、この国の人じゃないって意味だと思うよ」
「ああ、そういう事か」
恐らく、母は他国の人間だ。異国人を称する言葉に動物で例えることがあるから。今ではあまり使われなくなった例え方だけど。ニウの頷く様子から、私の考えは当たりとみた。
いったん元の場所へ戻る。日干しはいい具合に済んでいた。
「ヴィール」
「なに」
「これは」
ニウの指差す先、目の前。手の届くとこに丸くてふわふわの何かがころころしている。
「ああ、プラウス」
「魔物か?」
「魔法動物と言って」
「変わらないだろう」
全然違う。とりあえず触ってみなよと伝えると、ニウは素直に手を出した。そして喜んでとばかりに自ら近づく魔法動物。
「そっか、ニウは魔法使えるもんね」
「どういう事だ」
いいなあ、手の平の中でごろごろしてる。
「その子、魔力を好むの。で、ふわふわが他の動物から見えないように魔法がかかってて普段襲われないから、そんな感じで警戒心がないわけ」
「俺もヴィールも見えているが」
「人間には見えちゃうんだよねー。で、こんなだし、ふわふわの毛がいい値で売れるから乱獲がひどい」
「乱獲」
途端難しい顔をするニウ。
そうしてると、茂みの向こうから覗く動物、鳥まで飛んできた。
「懐かれているのか?」
「ただの挨拶だよ」
しばらくすれば各々去っていくはず。ニウの掌のふわふわは離れなかったけど。ニウを気に入ったのだろう。
「ん?」
ニウの掌の子に怪我の後が見えた。
「もしかして」
ふいと茂みから出てこない動物達に近寄る。不思議そうに私の名を呼ぶニウに留まるよう手をあげて、動物たちと向き合った。
動物たちは逃げなかった。
「やっぱり」
いくらか傷を負っている。自然にできるものじゃない。明らかに人によってつけられたような傷だ。罠とかその類のものも見られる。
「ニウ」
律儀に待ってるニウを呼ぶ。
「誰かが動物を傷つけてる」
「どういう事だ」
「んー、密猟者とか?」
ニウが途端真面目な顔をする。国の治安にも関わることだ、気にはなるだろう。
ニウから視線を戻すと、動物たちはいつの間にかいなくなっていた。
「明日はご飯持ってきて一日調査かな」
「一日?」
「足で稼ぐ」
「歩くのか」
「うん」
せめて馬をとニウに言われた。歩いた方が性にあってるんだけどな。
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