20話 何か起きたお泊り
いや、だめでしょ。服着てるけど、気軽に辺りをうろつく服じゃないでしょ。
「ちょ、来ないで! せめて他の服に着替えてよ!」
「服装の事を言うなら、そっちも変わらない」
自分の服装を見る。あ、バスローブだったわ。
て、いやいやいや、だめなやつ。増々近づいたらだめなやつ。私もニウも着替えないとだめでしょ。あ、でもそしたらお泊りからだめという根本的な話になるし。
「下がれ」
「え?」
ローミィが会釈して出て行く。ちょっと待って。そうなると、私、目の前の男と二人きり? ほぼ裸と称したこの状態で?
「待って、ローミィ! 行かないで!」
「そんなに嫌か」
「嫌とかそういうことじゃなくて!」
ローミィが出て行くと同時、ニウは私の隣に座ってくる。増々だめなやつでは? 私に淑女のなんたるかを教え鍛えると言いつつ、明らかにやってはいけない方を自ら選択しているのはなぜ。
「きちんと侍女に仕事をさせたか」
「!」
なんてことなしに髪に触れてくるから、ざざっと離れてソファの端に逃げた。ニウはえらく不服そうに目を細める。
「予想外だったな」
「なによ、変態」
「嫌がっていた割に触らせるのはあっさり許すから」
「断ったらローミィが怒られるでしょ」
その言葉に目を開いて驚いた。その後に目つきが厳しくなる。何なの、この人。
「侍女の気遣いは鑑みるのに、俺のは嫌がるのか」
「なんの話?」
「ありすぎる」
「はあ?」
なんなの、ありすぎってそんな気遣いあった? お湯が沸いていて、服と暖炉の用意ができてたとこ? いやでもそれってローミィが準備したんじゃなくて?
荷物みたいに抱えるし、見た目悪いと言われるし、潜入の話全然聞いてないことばかりだったし。基本、私のことディスるし。
「心配しているのに」
「え?」
揺れる火にやってた視線をニウに戻すと、ソファの肘かけに片手を置いて、その手で顎を支えて憮然としていた。
ほんの少し、目元が赤い気もする、けど。
「へっくし」
なんでそんな顔するのと言おうと思ったら、自分のくしゃみで台無しにしてしまった。
なんとか手で押さえたから、ニウに被害はない。大丈夫と思って見たら不機嫌度が突き抜けていた。なんで? 品位? 淑女的な品位が足りない?
「わ、悪かったわね。色気のないくしゃみで」
立ち上がるニウに吐き捨ててバスローブの裾で鼻を拭いた。これも怒られるなと思ったら、何も言わず腕をとられ、立ち上がらせられた。
そのままぐいぐい連れていかれ、両脇を抱え持ち上げられベッドに横にされた。放り投げられていない。優しい所作だった。
「このままだと冷えるだろう。温めて寝ろ」
上掛けを二枚三枚と掛けられる。そんなにいらないと思うけど。
「いいって」
「……」
睨みがすごいぞ。
「俺の気遣いは、何も思わないのか」
「……」
さっきの続き? ローミィのは鑑みてとかそういうやつ?
んん、まあ雑ではあったけど、急いで湯浴みさせてくれて、上掛けもこうしてかけてるってことはニウの言う通り心配してくれているのかな。風邪ひくなよってことかな?
「……少しは心配してるみたいだから、今回は許してあげる」
「ふん」
そうして明かりを落として、背中を向けてしまう。ベッド際に座ったまま出ていく様子がなかったから、そのまま話を続けてみることにした。
「もう取引やめる?」
「嫌だ」
即答された。
「私のこと嫌いでしょ?」
「違う」
「顔がひどいとか、身嗜みがどうとか言ってたくせに」
「撤回する」
振り返って、身を乗り出した。
ぎしりとベッドが軋む。
「ニウ」
髪に触れてくるのを拒否できなかった。ニウの纏う空気を見たことなかったから。
黙ってニウの言葉を待っていたら、何度か浅く息を吐いた後、静かに告げられた。
「俺はきちんと君に好意を抱いている」
「……え?」
好意?
ど、どういうこと?
視線を彷徨わせていたら、ニウが女性としてだとはっきり言った。
「うそ」
「嘘ではない」
目を細め眉を寄せて不機嫌な顔になる。
なに、これ。
告白されたのに、そういう顔くる?
やっぱり勘違いだった?
「頭打ってない?」
「そんなわけないだろう」
「どうして」
「そんなに嫌か」
「嫌かとそういうんじゃなくて」
「喜ばれる事はあっても、嫌がられる事はないと思っていたが」
「うわ、自意識過剰」
性格……貴族の坊ちゃんは皆こんな感じなの。
撫でてくる手を軽く払って、もういいよと告げた。
「からかうなら別の子にして」
「なんだと」
「その方が喜ばれるでしょ」
「……」
払われた手が私の顎を掴んだ。
「減らず口を」
「だから、私が嫌なら取引やめようって言ったんじゃん」
「嫌だと言った」
「なんなの」
特段痛くはないけど、そういう扱いはいかがなものかと思う。女性として認識してるなら、顎掴む? なんだろう、こうもっと雰囲気が違う気がする。
「……」
「……」
無言の睨み合いの末、ニウの手から力が抜けて、やっと解放されると安心した。
けど緩められただけで、まだ掴んでいる。その緩く掴まれたまま、ニウが近づいてきた。
「!」
唇に柔らかいものが触れる。
「?」
え、なに、どうして。
「?!」
たぶん数秒という短い時間、なのにそれがひどく長いものに感じた。
重ねられていた唇が離れる。
「……もう寝ろ」
落とされた暗闇、暖炉の明かりに照らされたニウの顔が赤く見えたのは気のせいじゃない。
ふいっと顔を背け、こちらを見ることなく部屋を出て、何も言わず扉が閉じられた。
たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。




