16話 潜入のち当日、怪盗あらわる
「おはよう、ヴィー。今日も頑張ろうね」
ローミィが毎日話し掛けてくれるし、色々教えてくれる。たまにケイがこちらの様子を見てたりして、潜入しつつも安心できる日々を過ごしている。
「あ、旦那様」
「……」
作業をとめて頭を下げる。
通りすぎるのを待たなきゃいけないなんて貴族は面倒なしきたりで出来てるなと常々思う。
「ん?」
足音が止まる。
そして視線の向けた先、絨毯しか見えない中に、いかにも高そうな靴が入ってくる。しかも動かない。
「ヴィー、ローミィ、顔をあげなさい」
執事長の声がかかり顔をあげた。目の前にはターゲットの伯爵、一歩後ろに執事長。
「ふむ」
伯爵は私とローミィの顔を無遠慮にじろじろ見てくる。なかなか失礼。あ、でもニウも私のこと上から下までじろじろ見てきたし、貴族はそういうことをする習慣があるのかもしれない。
「うん、いいね。君達を私付にしよう」
「?」
「ありがとうございます」
ローミィがそう言って頭を下げたので、私も倣って頭を下げた。執事長がケイをその場で呼びだし、その間に伯爵は去っていく。
次に顔をあげた時にはケイしかいなかった。
「おめでとうございます。今日から旦那様付です」
「おお」
「やったわね、ヴィー! お給金上がるわよ!」
「うん」
なんとまあすんなり。
まさかラートステの目元きつめ化粧が功を奏したというの。化粧すごい。帰ったらお礼言おうっと。
「ヴィーさん、素晴らしいです」
「はい」
小声でケイが話しかける。
これで裏側に入れることができるからだ。
「私がうまく時間を作ります。その間に」
「はい」
屋敷の裏側に入るのは本邸からは一つだけ。護衛まで立たせてあからさまだけど、私たちはそこで顔をチェックされ名を名乗り入る。
裏側は表側とほぼ作りは同じ。部屋数が三分の一ぐらいまで少なくなるだけだ。
基本は本邸と変わらず侍女として掃除やらなんやらをこなすが、午後の一時間、オークションとそこでやることの説明が入る。
そして私はあいた時間にオークション品置場を捜し当てた。というか、大体貴族の隠す場所って共通してるので、すぐ見つかった。
「ふうん、贋作とセットなんだ」
本物と贋作で一つずつ。ご丁寧なものだ。ひとまず、伯爵の所持品を全部把握、屋敷の裏側の間取りと隠し通路、美術品骨董品の部屋に保管してあるお金の金額と書類、それら全てを帰ってからニウに報告する。
ただ贋作をやり取りしている書類は出てこず、ニウは難しい顔をして考えていた。
「ならオークション当日だろうな。さすがに出てくるはずだ」
伯爵が贋作を手に入れたルートは裏側に入れるようになってから、他の書類で証拠掴んでるし、その大元もニウの方で確保したようだった。後は伯爵のみ。現場押さえられればというところかな。
「オークション当日は」
「商品仕分け係になった」
「よくやった。俺も表のオークションにでるから、なんとしてでも手に入れるぞ」
* * *
潜入を続けつつも滞りなくオークション当日を迎えた。伯爵が私に気づくこともなかった程。実に順調でなにより。
「部屋の商品を分ける所からだ」
執事長自ら出てきた。屋敷ぐるみでやってるとは。
私は表と裏のオークションで出される品の最初の仕分けを任せられた。運び出し前の作業。色のついた札で判断して、右に分けるか左に分けるかと言う簡単な仕事だ。
まあここまでくると侍女レベルでも危ないことをしていると気づくだろう。案の定、執事長に口止め的なことをされた。
「さておき」
人目がなくなったら、こっそり逆に置いてみたり。札も勿論変えてっと。
「執事長さんは持ってなかったな」
商品リストは持っていても、購入におけるサインをする書類はない。大体の書類は最後受け取りでするか、となると。
「ヴィーさん」
「ケイさん」
「配置換えです。表の商品受取り場所へ」
「はい」
なぜか書類を渡される。微妙に記入されている紙、中身は受け取りに関するもの。すごい代替書類作ってきたんだ。耳打ちで差し替えを指示される。
「この場はローミィが担当します」
「はい」
本物と偽物の札は全部入れ替え済みであることを伝えた。というか、ケイさん入ってこれないんじゃなかったのと思って見上げると、こちら側には補充要員で急遽配属になったが侍女程仕事を任されないと言ってきた。立場としては、裏側に入れたけど中身は全く知らない伝言係みたいなものらしい。
ケイさんは嬉しそうに感謝してくれ、そのまま件の場所へ移る。私はというと、新しい持ち場に着くと、やっと欲しい物が視界に現れた。
「商品の引き渡しは一際神経を使うように」
「はい」
ニウが欲しがる書類は伯爵が手に持っていた。ばれないようにか表の書類と一緒にしている。その書類はよく見れば私の持つ偽物と同じ作りの束になっていて、しかも過去分がいくらか束ねられたままだ。
後はうまく差し替えるとしよう。
「あ、簪なかったな」
あわよくばと思っていたけど、ニウの言う通りなかった。
周囲を確認する。表の受取り場所近くにはオークション場所も近いからか貴族が多い。その中にニウの姿もあった。ああして見るときちんとした貴族なんだなと思いつつ。
するとニウが近くにいた貴族に声をかけた。
「お待ち下さい」
「どうしました? ブライハイドゥ公爵」
「そちらの品、何かが引っ掛かって」
見覚えのある何かが見える。そのカードは見覚えがあるよ。私がラートステから預かって、怪盗する度に置いていかなきゃいけないやつ。
「か、怪盗!」
「いやいやいやいや」
どういうこと? 私、何もしてないけど!
「お待ち下さい。何かメッセージが」
「え?!」
そんなことしてないし、今までもしたことない。いつも怪盗参上しか書いてないよ。コメントなんて普段しないし。
たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。