15話 化粧のち潜入
「一人、こちらから寄越したのがいる。何かあれば頼れ」
「え? ならその人に頼めばいいじゃん」
「伯爵はオークションに侍女しか選ばない」
「じゃあその人、男の人なの」
「そうだ」
あらかじめ私が入ることは決まっている。幸い伯爵は通いの侍女をよしとしていて、私以外に数人通いの侍女がいるらしい。
大体住み込みになるところを通いがいるというのは、家の構造を探られない為というのもあるらしい。あからさますぎやしないかと思ったけど、考えないことにした。
「ほら、動くな」
「ん」
「まったく、化粧も知らないのか」
目の前で悪態をつくニウは、今、私に化粧を施してくれている。
「むしろなんでニウが化粧できるの」
「見ていれば出来る」
「そんなものなの?」
たぶんそのスキルはニウだけだよ。やたら器用そうだし。見たらすぐできるとか、すごく欲しいスキル。
「ラートステから勉強するよ」
「そうだな、そうしてくれ」
侍女として初潜入日、最低限化粧をしろと言われ、二の句もつけずに拒否したらニウは心底嫌そうな顔をした。できないことを伝えれば侍女を呼ぼうとして、それも拒否。
キレ気味に俺がやると叫ばれた。
「そもそもなんでニウがやるの」
「ヴィールが侍女を嫌がったからだろう!」
「知らない人はちょっと」
正直、ニウでギリギリ。他人に触れられるのに抵抗感がある。
「侍女に慣れることも必要だ」
「今まで必要なかったし、これからも必要ない」
「いや駄目だ。夫人に相談する」
「げえ」
夫人のレッスンプログラムに喜んで入るぞ、それ。
「ほら、目を閉じて」
「ん」
「……ぐ」
「ニウ?」
「……いや、目元をいじるぞ」
「はーい」
本当に危機感がないと溜息が浅く漏れている。失礼だよな、毎回。今私ニウに何かしたの?
「目を開けて」
「ん」
思ってたより、まともな顔をしてる。いつも眉間に皺寄せてたり、不機嫌な顔してるから、真剣な顔自体が珍しい。
彼の指が目元を擦る。目の下、真ん中から目尻にかけて。なんだか懐かしい気がした。
「このぐらいにしておこう」
「……」
「気をつけろ」
「ん」
* * *
そういえば、表立って怪盗として潜入みたいなのは初めてだ。今までは人に見つからないように壁の裏を移動するだけで済んでいた。
「旦那様は次のオークションで大変忙しく、またとても細やかな神経を使われている。旦那様の御心を煩わせないように充分注意すること」
どうして上手いこと侍女として採用されたかわからないけど、私はたくさんいる侍女の中に紛れて執事長の話に耳を傾けた。この家、かなりの数の侍従と侍女がいる。
「ねえ、貴方新人?」
「はい、初めてです」
隣の可愛いらしい侍女さんが話しかけてくれた。彼女は三ヶ月前からここで働いているらしい。
「私はローミィ、貴方は?」
「ヴィーです」
「よろしく」
「はい」
偽名が単純すぎるけど、私がボロ出さずこなしていくには本当の名前を使うしかなかった。元々伯爵令嬢だった私の名前と顔なんてそう知られていないんだけど。
と、いつの間にか真後ろに背の高い男性執事が立っていた。
「説明中にお喋りですか」
「ひっ」
「す、すみません!」
変な声でた。ローミィは即謝っている。これが侍女力というやつなの。でも気配のないまま背後から話し掛けられるなんて怖くて変な声しか出ないと思う。
「ほら、移動しますよ。乱さないでついていくように」
「は、はい!」
ローミィと少し離れてしまう。
「ヴィーさん」
「はい」
静かに男性執事に話し掛けられる。ちらっと見れば、目線は真っ直ぐでぱっと見、私と話してるような感じではない。私も倣って真っ直ぐ見据えて話すことにした。
「私はケイといいます」
「はい」
その言葉、あらかじめニウから教えてもらっていた協力者の名前だ。
「貴方とは仲良く出来そうです」
「仲良く?」
「ええ、お互い旦那様の力になれるよう頑張りましょう」
「はい」
仲良くしようということ、力になるという内容の声かけがあると言っていた。間違いない、この人がニウのいう協力者だ。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
* * *
帰宅後、相変わらず起きて待っててくれたラートステに早速お願いしてみることにした。
「化粧?」
「うん、潜入する時しとけって」
「そっちね~。なんだ、ヴィールちゃんが恋に目覚めたんじゃないかと思ったのに」
「なにそれ」
好きな人ができてお洒落したくなった、と思われたらしい。潜入の為だよと伝えると、なんだあと言いつつも別の意味で嬉しいからよしと言ってきた。
「ヴィールちゃんが可愛くなるなら喜んで」
「可愛いはともかく、頑張る」
「ふふ、これで理想の怪盗に近づくわねえ」
「……」
そっちかいと思いつつ、お願いした。なんだか簪探しからずれてる気がする。取引の延長だし仕方ないのだけど。
「ドリンヘントゥ伯爵は目元強めの化粧が好きよ」
「なんで知ってるの」
「仕事してると顔を見るのよ。あの人骨董品や美術品に関わってるし、私の作品も買ってるのよ。その時連れていた侍女の化粧をばっちり把握済みってこと」
前世は化粧品の販売員だったというラートステはお客の顔を見ることが癖。
にしても好みの化粧ってあるんだ。
「すごいね」
「職業病というやつよ」
そして翌日、私はラートステの力に感謝することになる。
「私付にする」
「はい」
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