98話・本当の試練
巨大な扉を通り、儀式が執り行われる予定だった部屋に戻ってケルベロスとベリィーゼに再会する。
二人は早すぎる俺の帰還に驚いた。
「え、幾ら何でも早すぎない?」
「どーなってんだ、オイ」
まあ、当然の反応だろう。
さて……何と答えたらいいのやら。
真実を伝えるのは簡単だ、しかし……その場合、彼らが要らぬ責任感を背負うかもしれない。
だから––––
「悪い、ミスった」
「なっ……嘘でしょ!?」
「カ、カカッ! 面白え冗談だろ、なあ!?」
つまらない、カッコつけの嘘で塗り固める。
俺の生き方はいつも自己満足でしかないな。
けど、それが最良だと信じている。
「本当だ、聖剣はもう手に入らない」
『おめでとう、君は本当の試練に挑む資格を得た』
俺の言葉と重なるように。
案内人の声が脳内に届いた。
は……? 本当の試練……資格……?
情報の洪水に脳がパンクしそうになる。
俺はさっき、聖剣を捨てたも同然の選択をした。
そこで試練は終了、攻略は失敗に終わった筈。
しかし、今案内人はこう言った。
本当の試練に挑む資格を得た、と。
つまり、試練はまだ続いている……?
『さあ、すぐに戦う準備をするんだ、ここから先はちょっと荒っぽいからね。でも大丈夫、仲間を選ぶ事が出来た君なら、どんな困難も乗り越えられる』
ゾクリと、背筋に悪寒が走る。
巨大扉の奥から殺気が漏れていた。
その気配はドンドン強く、濃くなる。
ケルベロスは右腕を獣化させた。
ベリィーゼも武術の型を作る。
二人とも、目前の脅威を察知していた。
「あーもう、次から次へと何なのよ!」
「チッ……おいユウト! さっきの話の続きはあとで聞かせてもらうぞ! 今はアレだ!」
ケルベロスが指差す先に居た。
強烈な殺気の持ち主が。
ソイツはあの巨大扉を蹴破りながら現れた。
「……生き物、なのか?」
例えるなら、人型の闇。
頭も手足もあるが、全身真っ黒。
塗り潰されたような漆黒だが、唯一右手に持つ武器……聖剣ユニヴァスラシスだけは輝いていた。
柄の部分は地面に刺さった時も見えていたが、刀身は今ここで初めて見る。
一目で通常の刀剣とは造りが違うと分かった。
まるで宝石のような剣。
青色の結晶体で形作られた刀身は透き通るように美しく、同時に総てを斬り裂く冷たさも感じた。
『本当の試練……それは先代勇者が生み出した自らの分身〈ドッペルゲンガー〉を倒し聖剣を手に入れる事。それこそ迷宮が作られた真の意味! さあ今代の勇者よ、仲間と共に影を討ち滅ぼせ!』
「……!」
案内人が高らかに叫ぶ。
直後、ドッペルゲンガーは凄まじい速度で駆ける。
あまりの速さに反応できなかった。
結果、奴の接近を許す事に。
「ウオラアアアアッ!」
野生の勘か、唯一反応出来ていたケルベロスがブォン! と豪腕を振るう。
が、ドッペルゲンガーはするりと避けた。
そのまま聖剣でケルベロスを斬り伏せようとする。
「させるかよ!」
片手剣を構えながら、両者に割って入る。
迫る聖剣を俺は片手剣で受け止めた。
鍔迫り合いになる……前に、なんと片手剣はバターのように斬られてしまう。
「っ! 『ウィンド』!」
慌てて魔法を唱えドッペルゲンガーを吹き飛ばす。
今のがユニヴァスラシスの能力。
万物を斬り裂く、最強の聖剣。
想像以上にとんでもなかった。
あれじゃあ防御する事が出来ない。
実質的に、全ての攻撃がガード不可なようなもの。
ゲームだったらナーフ確実のチートアイテムだ。
「ていうか、ドッペルゲンガーって何なんだ?」
使い物にならなくなった片手剣を捨てながら呟く。
地球では確か、自分自身の姿を自分で見る、幻覚の一種だと聞いた事がある。
あとは世の中には自分と同じ顔が三人いて、そいつと遭遇するとどちらか一方が命を落とす……なんて伝説もあったような。
いや、どれも今考える事では無い。
目前の敵に集中しないと。
俺は深呼吸してから右手で拳を作った。
「いくわよ優斗!」
「おう! ケルベロスは一度下がって、あいつを観察しててくれ!」
「ハッ、しょーがねえなあ! たっぷり時間稼げよお前ら!」
様子を伺っていたベリィーゼと共に、徒手空拳で聖剣を振り回すドッペルゲンガーに立ち向かう。
一見無謀にも思える行動。
しかし、相手が握っているのは万物を斬る聖剣。
こちらがどんな武器や防具を持っていようと、斬られてしまえば無に等しい。
回避が戦闘の絶対条件なら、身軽さを優先して素手で戦うのは適している。
そういう意味なら、素手による戦闘が可能な俺達はあのドッペルゲンガーと相性が良いと言えた。
最も、マイナスをゼロに戻しただけで、プラスになる程有利な状況にはなってないが。
数で勝っているのが、唯一のアドバンテージだ。
だが……
「っ、コイツ……!」
ベリィーゼは素早い動きで翻弄しながら、隙を見て鋭い一撃を加えようとする。
けれどドッペルゲンガーは直前で回避し、流れるような動作で反撃に出た。
俺はドッペルゲンガーの手元を狙って蹴りを放つ。
しかしそれすらも身を捻られて避けられる。
今のは完全に意識の外からの攻撃だった筈。
まるで全身に目があるかのような動きだった。
それ故に、ベリィーゼの幽幻歩も通用しない。
あれは視覚や意識の外を突いた技だ。
一切の隙が見当たらないドッペルゲンガーに対しては、少し素早いだけの攻撃にしかならない。
「生き物と戦ってる気がしないんだけど!」
「同感だ……!」
ドッペルゲンガーの戦法は人を超えていた。
突き、からの薙ぎ払い。
そのまま空中回転し、遠心力を高めた振り下ろし。
振り下ろした直後にVの字を描くような斬り上げ……と、曲芸のような連続攻撃。
回避に専念してようやくついていける。
カウンターを叩き込もうにもドッペルゲンガーには技と技の繋ぎ目が殆ど存在しないので、直ぐに対応されて防御の時間を与えてしまう。
無敵。
そんなワードが浮かんでは消える。
無論、攻撃が当たりさえすれば相応にダメージを与えられるのだろうが……そもそも攻撃すらさせてもらえてない状況では、机上の空論だった。
「ベリィーゼ、一旦距離を取るぞ!」
「オッケー!」
一度ベリィーゼを後ろに下がらせる。
そうはさせまいと言わんばかりに、ドッペルゲンガーもその身を前進させた。
「雷よ迸れ『スパーク』!」
足止めの為に魔法を放つ。
しかし……ドッペルゲンガーが聖剣を振るうと、雷は瞬く間に霧散した。
「な、嘘だろ!?」
「優斗、危ない!」
「っ!」
魔法の無効化。
聖剣には、そんな副次的な効果も宿っていた。
いや……万物を斬り裂くのが能力なら、魔法さえも斬り捨てて無効化してしまったと考えるべきか。
という考察を一瞬でもしてしまう。
結果、致命的な隙が生まれた。
蒼く輝く聖剣が、俺を一刀両断しようと迫る。
聖剣の力を見誤っていた、俺のミス。
脱出するには……これしかない。
間に合ってくれと祈りながら、神纏を使った。
「ぉ、おおおおおおおおっ!」
「優斗!?」
驚愕するベリィーゼ。
それもそのはず。
彼女は無様に斬られる俺を幻視しただろう。
だが神纏を使った事で、究極の後出しジャンケンが発生……人間を超越した身体能力で聖剣を躱し、それどころかドッペルゲンガーの懐に潜り込み、今までのお返しとばかりに正拳突きを打ち放ったのだから。
一気に壁際まで吹き飛ぶドッペルゲンガー。
それでも体の原型をとどめているあたり、強敵なのだと改めて実感させられる。
普通の相手なら今ので木っ端微塵だ。
「フゥゥゥ……!」
「ア、アンタ優斗なの……?」
困惑しながらベリィーゼが言う。
ああそうか、彼女はまだ見た事無かったな。
俺は直ぐに神纏を解除した。
「あ、戻った」
「今のは諸刃の剣なんだ。長時間使えば、冗談抜きに死ぬ。出来ればこの先は使いたくないな……ぐ」
「ちょ、ちょっと、それ大丈夫なの……?」
今の一瞬の使用でも、確実にダメージが蓄積した。
けれど動けなくなる程では無い。
もう少し出力を調整出来れば使い勝手も良くなるのだが、そこまで都合の良い技術でもなかった。
「ああ、まだ動ける。それに……そろそろ何か分かったか? ケルベロス」
「……カカッ」
いつのまにか俺らの背後に潜んでいたケルベロス。
俺の指示で、先程からずっと観察に集中していた。
彼はニヤリと笑いながら言う。
「見つけたぜぇ、あの真っ黒野郎の弱点をな……! クカカッ! 反撃開始だぁ!」
頼もしい言葉に、こちらも思わず笑みが零れた。