95話・力の試練
本殿へ入ると、神主が待っていた。
迷宮への入り口まで案内すると彼は言う。
素直に従い、二人を引き連れて歩く。
以前勇者だと証明する為に訪れた、選定の水晶玉が置いてある部屋よりも更に奥……静謐な雰囲気が充満する道の先へ進み続けて約十分後。
「ここが試練の迷宮への入り口でございます」
「案内ありがとう、助かったよ」
「いえ、これが我々に課せられた本来の役割です。勇者様も、ご武運を」
最後にそう言ってから、一足先に神主は去った。
挑戦者以外の長居は許されてないらしい。
とことん規則に厳しい所だ……なんて思いながら、肝心の入り口を視界に収める。
見た目は簡素な鳥居のようだ。
年月が経っているからか、所々綻びつつある。
それでも神秘的なオーラを放っていた。
「なーに突っ立ってんだ? 迷宮なんてサクッと攻略して、聖剣を手に入れちまおうぜ」
意気揚々とするケルベロスに対し、ベリィーゼが呆れた風にしながら言う。
「あのねえ、先代勇者様が直々に用意した迷宮なのよ? そんな簡単に攻略できるワケ無いじゃない」
「そりゃオメーみたいなザコには荷が重いかもしれねえなあ! カカッ!」
「優斗、こいつぶっ飛ばしていい?」
売り言葉に買い言葉。
最初は注意しようと思ったが、もう面倒なので好きにやらせておく、その内飽きるだろ。
そんなやり取りをしつつ、俺達は入り口を通った。
ケルベロスだけが弾かれるような事も無い。
先代勇者は寛容な心の持ち主で助かった。
鳥居の先は薄暗い空洞が続いていたが、やがて地下へと繋がる階段になる。
底無し沼のような階段を降り続け、暫く。
もう既にここは迷宮の内部だろう。
しかし一向に景色が変わらず、何も起こらない。
石造りの階段を下り続けているだけだ。
トラブルが発生しないのは良い事だけどさ。
どうにも『試練』というワードが引っかかる。
「神社の真下に、こんな空間があったなんて……」
「チッ、いつになったら暴れられるんだ?」
「ケルベロス、お前何しに来たんだよ……」
各々の不安が膨らみつつあった時。
変化は唐突に訪れた。
階段が終わり、広々とした空間に出る。
そこは石室だった。
俺ら勇者が召喚された儀式で使用された部屋と、何となく似ている。
と、その時。
『やあ、よく来たね』
「っ、誰だ!」
脳内に直接響くように、声音が発生した。
俺は素早く片手剣を抜いて身構える。
ケルベロスとベリィーゼも、それまでの弛緩した空気を忘れさせるくらいの真剣な雰囲気で戦闘態勢に。
いざという時には頼りになるな、二人とも。
『これは録音したアナウンスみたいなものだから、残念ながら君達の言葉に応える事は出来ない。けど、今君達の知りたい情報は分かるよ』
少年の声に聴こえる。
多分、俺とそんなに変わらない年齢の。
気品のある、落ち着いた美声だった。
『僕が何者なのか、でしょ? 大丈夫、僕はただの案内人……試練を円滑に進める為だけの存在さ』
「カカッ、随分と親切な設計じゃねえか」
軽口を言いながらも、警戒を怠らないケルベロス。
既に試練が始まっている可能性もある。
一秒たりとも気は抜けない。
『まずは君の力を示してもらう。何を成すにしても、実力が伴ってないと結果は出せないからね』
ドスン!
勝手に石室への出入り口が閉ざされた。
これで完全な密室の出来上がり。
殺人事件でも起こりそうだが、始まるのは試練だ。
『この魔獣を倒せば、次の道が開かれるよ。それじゃあ頑張って』
プツンと、案内人の声が途切れる。
直後に天井から光が差し込む。
それは召喚魔法の光とよく似ていた。
光の中から現れたのは……三つ首の化け物。
「グギャギャギャギャギャギャギャ!」
三つの頭、それぞれが単眼の怪物。
四足歩行の獣で、尻尾は針のように鋭い。
黒と黄の体毛は蜂を連想させる。
顔は虎にも獅子にも見えた。
あの魔獣を、俺は知っている。
以前ギルドにある魔獣図鑑で読んだ事があった。
ホーネットビースト。
毒を内包する危険な魔獣だ。
また危ないのは毒だけで無く、決して獲物を逃さない嗅覚と視力に加え、何でも噛みちぎる凶悪な顎。
「いきなり厄介な相手だな……ケルベロス、ベリィーゼ。奴は毒を持っているから落ち着いて––––」
二人に指示を出そうとした直後。
ケルベロスが一人で飛び出した。
彼を追うように、ベリィーゼも駆ける。
「ちょっとお二人さん!?」
なんてこった、連携もクソもない。
それにケルベロスはともかく、ベリィーゼまで?
彼女は猪突猛進では無かった筈なのに。
と、思っていたら。
「こんな奴、アンタが手を出すまでもないわよ!」
「カカッ! テメーは見学でもして力温存しとけ! オレ一人で十分だっ!」
二人なりに、俺の事を考えてくれての行動だった。
とは言えこれは勇者を鍛える為の試練だが……案内人は誰が倒せとまでは指示してなかったし、いいか。
「グギャギャギャ、ギャギャ!」
「せい!」
「オラァッ!」
二人を迎え撃つホーネットビースト。
鋭い針のような尻尾を振り回すが、ケルベロスとベリィーゼは苦も無く避けて接近する。
そしてケルベロスが右腕を肥大化させた。
あれは……獣の腕?
右腕だけが幻獣時のように変化する。
「ブっ飛べパクリ野郎!」
「ギャギャ!?」
同じ三つ首に思うところがあるのか、ケルベロスは獣のような右腕でホーネットビーストを殴り飛ばす。
絶大な威力だったのか、一気に吹き飛ばされたホーネットビーストは受け身も取れずに壁と激突した。
ケルベロスは追撃とばかりに身を屈め、矢のように弾け飛びながら再び拳を振り上げる。
しかし、今度の攻撃はいつもと趣がちがった。
「カカッ! 歯ア食いしばれ!」
ケルベロスの拳に宿る、真っ赤な炎。
あれは魔法……とはまた違うようだ。
本人はまるで熱さを感じてない。
「火炎拳!」
「ギギャギャ!?」
真紅の一撃が炸裂する。
打撃と火傷を同時に受けたホーネットビーストは四肢を振り回し抵抗を試みるが、ケルベロスは物ともせずに炎で目前の敵を焼き続けた。
「丁度ハラ減ってたんだ、食ってやるよ。カカッ」
「ギ、ギャギャギャギャギャギャギャギャ!」
「チッ……!」
勝負は決まったと、俺もケルベロスも思った瞬間。
ホーネットビーストは全身を震わせ、焼かれているにも関わらず三つの大顎を開けた。
そして喉の奥からナニカを吐き出そうとする。
嫌な予感を悟ったのか、ケルベロスは即座にその場を離れ、距離をとった。
恐らく体内の毒を吐き出そうとしている。
毒に備えて身構えるが、ホーネットビーストが毒を放出する事は叶わなかった。
「ギギャ––––」
「ほいっと」
いつのまにかホーネットビーストの背後に潜んでいたベリィーゼは、何らかの魔法で片足を輝かせ、弧を描くように足を振るう。
スパンと、小気味良く三つの首が床に落ちた。
身体だけぴくぴくと僅かに動いているホーネットビーストだが、絶命しているのは明らか。
呆気ない幕引きだった。
ケルベロスも拍子抜けしている。
一方、返り血を浴びないよう素早く身を引いたベリィーゼは、俺の前にやって来てドヤ顔をする。
「どーよ、今の?」
「いや、普通に凄えな。最後は何したんだ?」
「足に光属性の魔法を纏わせたのよ。そこにアタシの脚力を加えれば、そこら辺の武器より斬れ味の良い刃物の完成って感じ」
へー、と彼女の話を聞く。
するとケルベロスもこちらへ来る。
彼はベリィーゼをジッと見ながら言う。
「カカッ、ただの雑魚ってワケじゃなさそうだな」
「あったりまえでしょ。ま、アンタもけっこー強いのは、今ので分かったけと」
「テメーもオレより速かったな」
また喧嘩が始まると思ったが、今の一戦で互いの実力を認め合ったらしく、険悪な雰囲気は無い。
仲良くしてくれるなら願ったり叶ったりだ。
『試練突破、おめでとう。扉を開けるよ』
案内人の声が響く。
途端、何も無かった空間に扉が現れた。
一体どんな技術なのか……
「なんか悪いな。まだ俺、何もしてないし」
「なーに言ってんのよ、アンタはアタシ達の大将格なんだから、ドンと構えてればいいのよ」
「カカッ! 違えねえ」
「お前ら、急に息合わせやがって……」
二人が俺の背中を叩きながら言う。
けど、力を示す試練が一番最初で良かった。
ケルベロスもベリィーゼも、純粋な強さに対してはリスペクトするからな。
なんて考えながら、三人で扉を開けた。