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低級魔法を極めし者  作者: 下っ端労働者
第3章:聖剣に選ばれし者
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93話・柔と剛

 

 勇者の里に来て二日経つ。


 俺が勇者と明かすお披露目会は昨日行われた。

 事前に里長が住民達に決して取り乱すなと強く指示していたおかげか、パニックにはならなかった。


 それでも勇者信仰が強い者はその場で涙したり勇者への愛を語ったりと、やはり多少の混乱は起きたが……

 戦士団に所属する屈強な男達が睨みを利かせていたので、暴力沙汰に発展しなかったのは幸いか。


 とにかく、これである程度の自由が生まれた。

 エストリアは里の図書館に赴き情報を集め、ドールは俺とベリィーゼの修行を手伝ってくれている。


 ––––で、現在。


 俺とベリィーゼは道場で相対していた。

 彼女はタンクトップにスパッツのみと、人によっては目に毒な格好で立っている。


 今日は武器無し、魔法無しのシンプルな組手で格闘能力向上を目指す予定だ。

 だから動きやすさ重視の衣服を選んだのだろうけど、凹凸のある体が艶かしく強調されている。


 本人にその自覚は無いだろうけど、健全な男子高校生としては無視できない問題だった。

 目を逸らすのが大変です。


 因みにドールはエストリアに手を貸して欲しいと頼まれたそうで、今日は彼女と共に居る。

 用が済んだら戻って来ると言っていた。


「始める前に、ちょっと確認しときましょ」

「確認? 何の?」

「アンタの戦い方。目的も無しに鍛えても、得られるモノは僅かでしょ?」


 成る程、一理ある。


 格闘術と一口に言っても、例えば手数で翻弄する型だったり、逆に一撃必殺を狙う型等……流派ごとに特色が違うように、戦い方が違う。


 目指すスタイルが最終的にどんなものなのか、先に見つける事でより効率の良い修行になる。

 彼女はそう言いたいのだろう。


「今までのパターンだと手数で翻弄する感じかな」

「確かに。剣、魔法、素手……何でも使って勝つのが、優斗の強みね」


 俺の基本スペックは著しく低い。

 だから小技で補う必要があった。

 剣も魔法も素手の格闘戦も、全て必要と言える。


「なら……コレとかいいわね」


 流れるように戦闘態勢へ移行するベリィーゼ。

 獰猛な獣の如き視線が突き刺さる。

 俺は反射的に拳を構えた。


「今から見せる技、キッチリ覚えなさい」

「おう!」

「いくわよ!」


 掛け声の直後、彼女は駆け出す。

 気を抜けば直ぐに見失う速度だ。

 しっかりと視力を強化し、身構える。


 彼女は幽幻歩は使わないと事前に言っていた。

 アレを破るには、魔法を使うしかないからな。

 だが例え幽幻歩無しでもベリィーゼは速く、強い。


「しっ!」


 気合い一閃……鞭のような前蹴りが繰り出される。

 風切り音が遅れてやってくるが、惑わされずに体を逸らして避けた。


 ベリィーゼはくるりと回転し、遠心力を利用して威力と速度を更に上乗せした右足のキックを繰り出す。

 回避は不可能と判断し、両腕を揃えて防御する。


 バチッと音が鳴り、両腕が痛む。

 強烈な一撃だったが何とか凌ぐ。

 次はこちらの番だ。


「せい!」


 キックを防御した直後、未だ片足だけで地に立つ彼女の左足を狙って小さな蹴りを繰り出す。

 威力は低いが、体勢を崩すには十分。


 両足が地から離れたベリィーゼは、当然前のめりになりながら倒れる……筈だった。

 彼女は倒れながらも四肢を巧みに操り、木に張り付く虫のように俺の身体へ引っ付いた。


 女性特有の柔らかい感触を確かめる暇も無く、彼女は俺の背後に回って手足を絡め重心をズラさせる。

 結果、俺が逆に倒れるハメになった。


「うおっ!?」

「フフ、油断しすぎ!」


 ニヤリと笑っているベリィーゼの顔。

 直接は見えないが、容易に想像できた。

 彼女の思惑通りに事が進むのは、面白くない。


 俺は倒れる間際に自ら両足で床を蹴った。

 そしてバク転するかのように下半身が宙を舞い、ベリィーゼの拘束を振り解きながら一回転する。


 アクション映画のような動きだが、魔力操作の肉体強化はイメージさえ出来れば、余程人体の構造を無視した動きでない限り実行できるのだ。


「あーあ、惜しかったのに」

「そう簡単に終わるかよ。それよりも、俺に教えたい技ってのを早く見せてくれ」


 今までの彼女の動きは見事と言う他無いが、俺に教えたいと言っていた技とは違う気がした。

 するとベリィーゼは勿体振りながら言う。


「焦んないでよ、どんな技も使い分けが大事なんだから。使うべき時に使ってこそ、よ」

「なら……さっさと引き出させてやるぜ!」


 今度は俺から積極的に攻めようと接近する。

 腰を捻りながら右手の正拳突き……と見せかけ、直前で腕を曲げて鋭い肘打ちを放つ。


 緩急のある打撃。

 狙いは腹部。

 さあどうする、ベリィーゼ。


 肘打ちが当たる瞬間。

 ニヤリと、彼女はまた笑みを浮かべた。

 虚勢……では無い。


 何か仕掛けるつもりか?

 警戒しながらも、攻撃を続けた。

 しかし肘打ちはあっさりとヒットする。


 なんだ……と、思った直後。

 拍子抜けする前に、違和感に気づいた。

 クリーンヒットした筈の肘打ち。


 なのに、感触が無い。

 通常なら、攻撃した側にもそれなりの衝撃が返ってくるものだが……それが一切無かった


 まるで柔らかい、小学校の理科の実験で使ったスライムの塊に肘打ちを放ったような感触。

 吸い込まれている––––衝撃が、全て。


「どお? これが見せたかった技よ」

「しまっ……!?」

「じっくり解説してあげる」


 一瞬、意識が驚愕に囚われていた。

 彼女がその隙を見逃す筈も無く、引っ込めようとしていた腕を掴まれる。


「はああああっ!」

「っ!?」


 ベリィーゼはそのまま背負い投げに移行する。

 普通なら難しい姿勢からの投げ技。

 しかしこれまたどういうワケか、彼女の腰がぐにゃりと曲がり、非常に低い姿勢から投げられてしまう。


 バシイイインッ!


「がはっ……!」


 道場の床に叩きつけられる。

 肺から強制的に空気が吐き出され、痺れるような痛みが全身を駆け回った。


 見上げると勝ち誇った表情のベリィーゼが。

 スパッツに覆われた太ももや大きな胸が突き出た体を眺めながら、俺は降参した。


「参った……」


 終始彼女の技に翻弄されていた。

 初見とは言え、体術だけだとこうもあっさり負けてしまうのか、俺は……


「いてて……」

「ほら、立てる?」


 差し伸ばされた手を取る。

 ベリィーゼは勝利の余韻から一転、少しやりすぎたかな? とこちらを心配していた。


「本気で投げないでくれよ……」

「本気じゃないと、アンタには通用しないのよ」

「……それで、今のが?」


 聞くと、彼女は頷きながら言う。


「そうよ。今のは肉体を極端に柔らかくして衝撃を分散したり、フツーでは出来ない動きを可能にする……私達は『柔』の魔力操作法って呼んでる」

「魔力操作法? 今のが?」


 小さくない衝撃が俺の中で炸裂した。


 魔力操作法……この世界では必須の戦闘技能。

 魔力を流して身体能力を活性化させるこの技能には、果たして何度助けられた事か。


 しかしその殆どが、身体を強く……言い換えれば肉体そのものを『硬く』していた。

 そうする事で攻撃と防御、双方を強化している。


 けど、肉体を極端に柔らかくさせるなんて……


「そんな事が出来るのか?」

「実際に私がやったじゃない……出来るのよ、魔力の注ぎ方を工夫すればね」


 ベリィーゼは先程、柔の魔力操作法を使ったであろう腹部を撫でながら言う。


「ま、軟化できる箇所は極一部だけだし、フツーの肉体強化と違って長続きしない。でも、上手く使えば窮地からの大逆転も夢じゃない……優斗、そういうの得意でしょ?」


 彼女の言う通り、俺にピッタリの技だった。


「分かった。試練の迷宮に挑む前に、柔の魔力操作法を習得しろって事だろ?」

「そーいうコト」


 方針は決まった。

 あとはそこに向かって突き進む。

 俺の最も得意な事だ。


「まあ、それ以外にも色々教えたいけどね。途中で根を上げるんじゃないわよ?」

「まさか、願ったり叶ったりだよ」


 お互い笑みを浮かべながら言う。

 こうして俺とベリィーゼの修行は始まった。

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