92話・故郷の味
––––翌朝。
「ああ、幸せだ……生きてて良かった……」
俺は涙目になりながら食事を進める。
箸を使い、茶碗に盛られたソレを掴む。
口内へ放り込んで二度三度と咀嚼すれば、ほんのりとした甘さがじわじわ広がる。
「いや、お米食べたくらいで大袈裟でしょ……」
そんな俺の様子を見て、ベリィーゼは呆れていた。
何と言われようと、嬉しいものは嬉しい。
ユナオンではついぞ食す事が出来なかった『米』。
その米を、朝食の場で俺は食べていた。
白米が久保安家の食卓に出されたのは昨夜の夕飯からだったが、一夜明けても衝撃は収まらない。
寧ろ白米への欲求はより高まっていた。
「ベリィーゼ、お前も米が無い世界に召喚されてみろ。半年後にはこうなってるぞ?」
「微妙に笑えない冗談はやめてよ……」
「ユウト、そんなに美味しい?」
ドールは不思議そうに白米を食べる。
フェイルート育ちの彼女の舌には合わないのか、俺がここまで歓喜する理由が分からないようだ。
「文化の違いかしら。私やドールの主食はパンだけど、ユウト君やベリィーゼはお米……文化が違えば、味の好みが異なるのも当然ね」
そう言いながらも、エストリアはパクパクと米を食べている……彼女個人としては気に入った様子だ。
ドールも食べられないほど拒絶はしてないし、二人とも食に関しては柔軟な舌を持っている。
「勇者様、お代わりは必要ですか?」
「是非、お願いします」
ストロさんに空になった茶碗を渡す。
彼女は微笑みながらお代わりをよそってくれた。
ありがたく頂き、再び箸を進める。
「食べすぎてお腹壊しても知らないわよ?」
「加減は分かってるよ」
ベリィーゼに大丈夫だと伝える。
俺はまだまだ十七歳。
胃袋には余裕があった。
で、朝食後。
俺達は道場に集まって今日の予定を決める。
久保安家の道場は俺の高校にあった武道場とよく似ていて、柔道や剣道なんかが出来そうだった。
因みに里長は早朝から会議があったようで、俺が起床した時には既に出発していた。
「ユウト君はベリィーゼと特訓をするのよね?」
「ああ、実際問題、未開の迷宮に挑むつもりなら、呼吸を合わせるのは大事だと思うし」
「私も手伝う」
ドールが杖を持ちながら言う。
「いいのか?」
「他にやる事も無いし」
「ま、人手が増えるのは良い事じゃない。ドールだっけ? よろしくね」
「こっちこそ、よろしく」
二人は握手を交わす。
その際もドールはいつもの無表情だったが、若干視線が胸に注がれているような……これ以上は彼女の名誉に関わるので、割愛する。
「なら私は、世界の危機や勇者伝説について調べておくわ。この里でしか伝えられてない逸話もあるようだし……ああでも、勝手に動くのは危険かしら?」
「あー、そうかも。基本的に皆んな顔見知りだから、外から来た奴って多分すぐにバレる」
「恐ろしいな、村社会……」
聞けば里の総人口は五百人前後だとか。
仲間意識が強いから、顔くらいなら全員見覚えがあるとベリィーゼは言う。
「いっそ、里長がさっさと俺達の事を公表してくれた方が動きやすいかもな」
「安心してください、勇者様。その為の会議を、父は今している筈ですから」
「あ、ストロさん」
道場の出入り口から、ストロさんが顔を見せる。
彼女は魔法使いが着るようなローブを纏っていた。
「あれ? 今日の担当ママだっけ?」
「そうよ。それよりベリィーゼ、貴女勇者様との修行の前に一度学校へ行きなさい。これ、お父さんが作ってくれた事情説明の休学届けよ」
「う……わ、分かったわよ……」
渋々といった感じでベリィーゼは書類を受け取る。
「勇者様、娘が迷惑をかけると思いますが、捻くれているだけで根は良い子なので……どうかよろしくお願いします」
「迷惑かける前提!? 私は至って真面目よ!」
「はは、任されました。ストロさんは何をしに?」
担当って何の事だろうか?
「里の外の見回りです。偶に野良魔獣が迷い込んでくるので、必要ならば排除を」
「へえ……それがストロさんの仕事何ですか?」
兵士や騎士に近い警備の仕事だろうか?
そう思っていたが、驚くべき答えが返ってくる。
彼女は当然とばかり言った。
「いいえ、これは里で暮らす者の義務です」
「義務?」
「はい。十五歳を超えると、毎日順番で見回りの役が回って来ます」
ストロさんの話を纏めるとこうだ。
先代勇者の教えに『自分の身は自分で守る。全員がその役目を果たせば自分達の住む世界も守れる』とあるらしく、その教えを今でも守っているらしい。
見回り役を順番で回しているのは、一人一人が里を守るという意識を強める為だとか。
規模の小さい集団だからこそできる取り組みだが、とても良い方策だと思う。
「この里の人達は真面目ね」
「そう? 自分達の住む場所は自分達で守る、別に普通の事じゃない?」
「そう思わない困った人も、私達の国には居る」
エストリアとドールも感心していた。
自分達の身は自分で守る。
先代勇者は当たり前だけど忘れがちな事を、後世に残るようシステムにして組み込んだのか。
「では、私はこれで」
「はい。気をつけてください」
「行ってらっしゃーい」
背を向けたストロさんを見送るベリィーゼの様子からして、彼女も魔獣には遅れを取らない程度の実力を持ち合わせているのだろう。
「はー……じゃ、私もちょっと学校行ってくる」
「こっちの世界の学校かあ……気になるけど、見学はまた今度だな。制服とかはあるのか?」
この世界、平民で読み書きが出来ないのなんて珍しくないくらいにまだまだ教育は行き届いてない。
イチから学べるのは貴族や大商人の家くらいだ。
なのに勇者の里では義務教育があるらしく、里の子供達は等しくまともな教育を受けられる。
識字率は驚異の百パーセントだ。
これも先代勇者の教えらしい。
現代日本の良いところを余す事なく伝えていた。
さぞ立派な人物だったのだろう。
俺なんてまず考えたのは、現代日本の料理で一儲けできないか? だからな。
結果は普通に無理だったし。
なんて考えていたら、ベリィーゼは言う。
「制服? ああ、セーラー服の事ね、あるわよ」
「ん? 妙な言い方だな。セーラー服だと女子しか着れないじゃないか」
「当たり前じゃない。アンタが居た世界って、女の子は学校に行く時セーラー服を着るのが規則何でしょ? 理由は知らないけど」
「……は?」
ちょっとまて。
今の話だと男子は私服登校で、女子だけが制服……セーラー服を着て登校しているように聞こえる。
「面白い規則ね。ユウト君が通ってた所もそうだったのかしら?」
「先代勇者様曰く、世界共通の常識らしいけど、実際どうなの?」
「いや……それは……」
勿論そんな事は無い。
世界共通とか、普通に嘘だ。
先代勇者、お前……自分の趣味をこっそり常識に置き換えて伝えているんじゃねえよ!
俺は先程まで抱いていた先代勇者への尊敬を捨てながらも、彼の名誉の為「そうだ。俺の通っていた学校も同じだよ」と嘘をついた。
この借りはいつか返してもらうぞ、先代……
無理な願いだと分かりつつも、俺はそう思わずにはいられなかった。
私事ではありますが、当作品がキネティックノベル大賞の一次審査を通過した事をご報告します。
審査はまだまだ続きますが、見守って頂けると幸いです。