90話・偉大な影
「先程はお見苦しい姿を見せてしまい、申し訳ありません……」
綺麗に頭を下げるストロさん。
あの後泣き止んだ彼女に客間へ案内された。
玄関で靴を脱いだ事に続き、畳の部屋も初めての経験だったドールとエストリアは最初こそ驚いていたが、直ぐに慣れて今は普通に座っている。
「気にしないでください、ストロさん。我が子を心配に思うのは当然ですよ」
「そう言って頂けると、私としても助かります」
俺が言うと、彼女は優しく微笑んだ。
謝罪はこの辺で済まし、本題に入ろう。
現在客間に座しているのは俺ら勇者一行の三人と、久保安家の三人と計六人。
長方形の机の中央に俺が座り、対面には里長。
俺の左右にはドールとエストリア。
里長の左右にはストロさんとベリィーゼが。
これから話すのはそれなりに重要かつ機密性が高いので、話し合いの人数は少ない方がいい。
里を代表する一族が三人も居れば、問題は無い。
一つ気になったのは「レイト」なる人物も参加すると思っていたが、不在のようだ。
まあ日中の、しかも突然の訪問だしな。
仕事か何かで居なくても、おかしくはなかった。
「まず、改めて自己紹介を。俺は矢野優斗、フェイルート王国で召喚された、今代の勇者です。今日はワケあって勇者の里を訪れました」
「そういえば、アンタ達って何しに来たの?」
純粋な疑問だったのか、ベリィーゼは言う。
俺が言葉使いを許している以上強くは言えないのか、それでも里長は憤怒の形相で彼女を見ていた。
「聖剣ユニヴァスラシスを探しに来たんだ。この里の地下の迷宮にあるんだろ?」
「あー、成る程ね」
合点がいったのか、彼女はウンウンと頷く。
里長も予想通りだったのか、特に反応は無い。
この様子だとユニヴァスラシスの伝説は、里内で広く伝わっているようだ。
「やはり、そうでしたか」
「俺達が挑んでも問題ないよな?」
「はい、ですが迷宮攻略にはいくつかのルールがありまして」
「ルール?」
里長にオウム返しする。
迷宮へ挑むのに資格でも必要なのか? と考えていると、彼はルールについて細かく説明してくれた。
「まず、迷宮に挑めるのは勇者様本人と、サポーターとしてワシら里出身の人間一人だけですじゃ」
「どうして?」
人数制限に意を唱えたのはドール。
エストリアも懐疑的な表情を浮かべていた。
そのルールだと二人は迷宮に挑めないからだろう。
「聖剣獲得までの道筋はそのまま当代の勇者様の試練になります、故に人数は限りなく少数です。そして迷宮が無闇に荒らされないよう、先代の勇者様が挑戦者を絞るようお造りになられたのです」
理には敵っている事情だった。
しかし里の人と一緒に攻略するのには、コミュニケーションが下手な俺としては些か不安がある。
「それなら仕方ないのかしら……」
「でも、心配」
「俺なら大丈夫だよ、二人とも」
心配無いと言ったつもりだったが、ドールとエストリアにジト目で反論されてしまう。
「ユウト、すぐ無茶する」
「そうね。そこが一番心配だわ」
「は、はは……ところで、一体誰がサポーターとして同行してくれるんだ?」
話題を逸らす為里長に問う。
途端、彼は難しい顔をした。
困っているようにも見られる。
そしてベリィーゼとストロさんも同様に、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
「それが……当初勇者様に同行させる予定だった者が、トラブルで不可能になりまして」
「トラブル? 何かあったのか?」
「実は––––」
「大丈夫よ、優斗」
里長の言葉に重ねて、ベリィーゼは言った。
「迷宮には私が一緒に行く、サポートなら任せて」
「ベリィーゼ! 貴様いい加減にせい!」
「っ! パパの代わりは、娘の私がやる! 何もおかしい話じゃないでしょ!?」
なんと、彼女がサポートに回ると名乗りを上げた。
が、里長は反対のようで声を荒げる。
呼応するかのようにベリィーゼも乱暴に言い返すが……パパの代わり、ね。
「二人とも、静かに。勇者様の前ですよ? 私が言えた事でもありませんが」
口論を続ける二人を、ストロさんが諭す。
先程泣いていた人とは思えないくらい冷静だ。
そんな彼女を見て、二人も我にかえる。
「う……も、申し訳ありませぬ、勇者様……しかし、そう簡単に同行者を決める事は出来ないのです」
「それに関しては、同意見」
と、それまで口論を静観していたドールが、刺すような視線をベリィーゼに向けながら言う。
「今日知り合ったばかりの人間に、ユウトは任せられない。それでもし、彼に万が一のことがあったら……私は平静を保っていられる自信が、無い」
「それは……」
「ドールの言う通りかしら。迷宮は危険なんでしょう? 同行者は慎重に選ぶべきだわ」
「……っ」
援護射撃とばかりにエストリアも言葉を紡ぐ。
二つの視線に晒されたベリィーゼは、反論しようにも正論だと自覚はしているのか、何も言い返せない。
悪い雰囲気が場に漂う。
これはマズイ……空気を変えないと。
「皆んな、一旦落ち着こう。俺達は今日知り合ったばかりなんだから、互いの事は知らなくて当然だ」
「勇者様の言う通りです、少しお休みになりましょう? お茶を淹れ直してきます」
ストロさんはそう言ってから立ち上がり、皆の湯呑みを回収して退室した。
残された俺達は再び会話を始める。
「ごめん、少し言いすぎた」
「私も、謝るわ。貴女がそこまで執着する理由もよく知らないのに……」
「そんな……私の方こそ、ごめんなさい。感情的になって……ほんと、馬鹿みたい」
ドールとエストリアが謝る。
するとベリィーゼは自らを叱咤した。
その姿はどこか哀愁漂う。
「ちょっと、頭冷やしてくる」
言って、彼女も客間から退室した。
彼女の後ろ姿を、里長は悩ましげに見つめる。
やはり、何かあるようだ。
「里長、ベリィーゼと俺の迷宮攻略の同行者だった人物の間に、何かあったんだろう? いや、恐らくは––––」
「父親です」
ポツリと、里長は力無く言葉を吐いた。
やっぱりなと心の中で相槌を打つ。
察するに、その父親の名がレイトか。
「久保安レイト……ストロの妻であり、ベリィーゼの父親じゃった男です」
里長はレイトについて軽く話した。
曰く『最も勇者に近い男』と讃えられ、実力も性格もまるで伝説の先代勇者の生き写しだったとか。
剣を振れば山を裂き、拳を繰り出せば大地を割る。
誰が相手でも態度を変えず、尊重し、困っている人を見つければ率先して助けた。
一部では先祖返り、なんて言われていたらしい。
それほど偉大な父を持ったベリィーゼは彼を目指し、自らも強く在ろうと努力していた。
彼女の強さへの執着心は、父親が理由だったか。
奇しくもそこまでケルベロスと似ていた。
アイツも育ての親が原因で、強くなろうとエストリアの元を訪れたと記憶している。
閑話休題。
誰からも愛され、尊敬されていた久保安レイト。
このまま勇者が現れないなら、彼が勇者を名乗っても問題無い……勇者信仰が強いこの里でそんな事を言われるくらい、立派な男だった。
しかし––––
「丁度一年前、悲劇が……災厄が起こったのです」
「一体何が?」
悲劇、災厄。
マイナスイメージの言葉を重ねる里長。
彼は重々しく、口を開いた。
「終焉の赤龍……彼の者に最も近いとされる、四人の側近『死竜』が、赤龍よりも先に復活したのです。そしてレイトは四人の死竜を相手にたった一人で戦い……命を落としました。この里を、守る為に」