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低級魔法を極めし者  作者: 下っ端労働者
第3章:聖剣に選ばれし者
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88話・勇者の証明

 

「ば、馬鹿な……この短時間で『幽幻歩』の仕組みを見破るなど……!」


 里長が呟く。

 ふーん、消える技は幽幻歩って名前なのか。

 技巧の塊のような歩法に、感服する。


「で、でも! 仕組みが分かったからって、対処出来るような技じゃない! なのに何で……」

「ああ、そこが一番の問題点だった。攻撃をしないと勝てないし、瞬きだって必ずしてしまうもの、だから––––こうしたのさ」


 俺は人差し指を立てる。

 指先には、極少量の水が漂っていた。

 無詠唱で生成した『ウォーター』だ。


「目が乾かないように、魔法で生成した水を直接眼球に浸した。これなら瞬きをしなくて済む」

「は……?」


 俺の説明にポカンと口を開けるベリィーゼ。

 里長達も同様で、皆呆けていた。

 そんな難しいことを言った覚えは無いが……


「どうした?」

「ふ、フツーはそんなこと不可能よ! 目の乾きを防ぐ程度の水量を生み出す? そんな細かな調整、出来る奴なんて見た事無いわ!」


 ああ、そういう事か。

 魔法の規模は術者の技術で、ある程度まではコントロール出来るが当然限界はある。


 この世界、魔法は戦闘目的で使用される事が多い。

 生活を支える魔法は魔導具として普及されているから、わざわざ細かいコントロールを練習して生活を豊かにする必要は無いのだ。


 これが魔法使い界隈の一般論。

 しかし、俺は少々普通から逸れている。

 何せ低級魔法しか使えない。


 だから、出来る事は全部やった。

 通常なら役に立たない魔法の精密なコントロールも、いつか役立つ日が来ると信じて。


 その成果が、ようやく発揮された。


「悪いな、俺はコレしか取り柄が無いんだ」

「う、嘘よ……そんなの……うう……!」


 悔しそうに顔を歪めるベリィーゼ。

 自慢の幽幻歩が破られ、混乱しているようだった。

 それでも……彼女は、立ち上がる。


「まだやるのか?」

「……当たり前よ。幽幻歩が破られても、私は戦える。今こうして、立っているんだから!」


 彼女はそう言いながら左足でハイキックを繰り出し、続けて右、左と交互に拳を突き出す。

 もう幽幻歩は使ってない。


 純粋な力と技の勝負。


 なら、受けて立とう。

 俺だってこの世界に来て半年……イルザ様と出会ったあの日から、努力を怠った日は無い。


「っあああああ!」


 繰り出される攻撃を、一つずつ捌く。

 冷静に対処すれば全てを受け流す事が出来た。

 加えて魔法の無詠唱攻撃。


 詠唱という工程が無くなった結果、いつ何処から魔法が飛んでくるか分からない。

 先読みによる回避は格段に難しくなっていた。


「あ、があああああっ……!」


 今も彼女は雷の魔法で痺れている。

 だが、判明した事が一つ。

 無詠唱で行使すると普段より威力が低下していた。


 心の中で詠唱はしているので、スペルブーストは機能しているが……それでは足りないのだろう。

 とは言え詠唱の有無、どちらにも利点はあるので使い分ければ済む話だ。


「凍結せよ『フリーズ』!」

「……負けるかあああああああああっ!」


 フリーズでベリィーゼの両足を凍らせたが、彼女は気合いで凍った足を動かし、氷を破壊した。

 そのまま尋常じゃない速度で俺の周りを駆け回り、残像が生まれる程の速さで撹乱する。


 彼女の元々の素早さを活かした攻撃。

 見切るのは至難の業だろう。

 けれど、無理に見切る必要は無い。


 俺はある魔法の詠唱を始めた。


「––––これで、終わりよ!」


 残像が消え……本物のベリィーゼが背後に迫る。

 今からでは、防御もカウンターも間に合わない。

 しかし、その必要は無かった。


「うそ、何これ!?」


 試合中、もう何度聴いたか分からない驚愕の声。

 俺はゆっくりと後ろを向く。

 そこには、地面に両足が沈んだベリィーゼが居た。


「地面を泥に変える水と土の合成魔法『マッドフィールド』……お前が駆け回っている間に、仕込ませてもらった」

「……こ、このっ……!」


 両腕を振り回すベリィーゼだが、攻撃は届かない。

 これが新技の合成魔法。

 ドールに教わったあの日から、訓練を続けていた。


 最も、ぶっつけ本番で成功したのは今が初めてだけど……何故か上手くいく確信があった。

 思惑通り、マッドフィールドは展開されている。


 彼女がもがいている間に、片手剣を取りに行った。

 そして……剣の切っ先をベリィーゼの喉元に突き付け、勝利宣言をする。


「俺の勝ちだ、文句は……無いよな?」

「……分かってる。私の––––負けよ」


 彼女は最後まで泥から脱出しようと試みていたが、やがて諦め、自らの敗北を認める。

 こうして俺は、ベリィーゼとの試合に勝利した。




 ◆




「ユウト!」

「ユウト君!」


 試合が終わるとドールとエストリアがやって来た。

 体のあちこちを触られ、無事を確認される。

 な、なんかくすぐったいな?


「また無茶した」

「いや、あれは戦略というか、何というか」

「そうね、でも……貴方が勝つと、信じてたわ。まあ、途中でハラハラした時もあったけど」

「はは、面目無い……」


 やっぱり、二人にアレを見られたのは恥ずかしい。

 でも彼女達はいつも通りに接してくれていた。

 昔、母さんが言っていたっけ。


 本当にその人が好きなら、少しくらい格好悪いところを見ても心変わりする事は無い––––って。

 母さんの言葉があったからこそ、あの状況でベリィーゼの煽りに惑わされず、二人を信じ切れた。


 と、そんな時。

 いつのまにか里長や護衛、巫女、住職、更には神主までもが綺麗に整列していた。


 里長が代表するかのように言葉を紡ぐ。


「今の試合、ワシらは最後まで見届けました」

「……」

「そして確信しました。魔法の無詠唱に精密なコントロール、加えて初見であるにも関わらず、幽幻歩を見破った眼力の持ち主……貴方様こそ、今代の勇者じゃ……! 数々の非礼、どうかお許しを……!」


 一斉に土下座を始めた里長達。

 これも先代勇者の言伝か?

 真剣に謝る時は土下座しろって。


 いやでも、これは流石にやりすぎだ。

 彼らの立場上、俺を疑うのも無理ないし。

 信じてくれるなら、もうそれでいい。


「頭を上げてください……いや、上げてくれ里長。俺は貴方達を非難するつもりは無い」

「おお、なんと寛大なお言葉……!」


 里長達に頭を上げるよう言った俺は、その足で未だ座り込んで俯いているベリィーゼの元へ。

 近づくと、彼女はビクッとしながら俺を見上げた。


 心なしか、瞳が潤んでいる。

 体も小刻みに震えているし……どうかしたのか?

 そう思っていたら、彼女は言う。


「……煮るなり焼くなり、好きにしていいわよ」

「は? 別にそんな事しねえよ」

「え? な、何で……?」


 いや、そう言われても……


「私、アンタを馬鹿にする攻撃したり、煽ったりしたのよ? それにお爺ちゃんが本物の勇者って認めたら、この里で何をしようが許されるし……だから、私に報復すると思って……」

「悪魔か俺は……勇者じゃねえだろそんなの……」


 光山とかなら喜んでそうしただろうけどさ。

 生憎、俺が率先して傷付けるのは生きる価値の無いクズと俺の大切なモノに危害を加えた奴だけだ。


「それに、アレだって試合の範疇の技だろ? やろうと思えば目潰しとか金的とか出来たのに、お前はしなかった。十分正々堂々戦ってたよ」


 言いながら、彼女に手を差し伸ばす。

 彼女はボーッと俺の顔を見てから、何故か僅かに頰を赤く染めながら手を取り、立ち上がった。


「つ、次は勝つから」

「ああ、望むところだ」


 そしてそのまま、握手を交わした。


「優斗様! 孫への寛大な処置、痛み入ります……ベリィーゼ! お主も早く頭を下げんか!」

「う……わ、分かってるわよ……!」


 プライドが高そうなベリィーゼは渋々といった感じで頭を下げようとするが、今更へりくだられても違和感しかない。


「今更別にいいよ、友達みたいに接してくれ」

「あ、そう? なら改めて……私は久保安ベリィーゼ! これからよろしく、優斗!」

「この馬鹿者! 無礼にもほどかあるわあああ!」


 それまでのしおらしい雰囲気から一転、カラッとした笑顔を浮かべたベリィーゼと俺は、里長の叫び声をバックに今度はハイタッチを交わした。

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