87話・技の極致
さて、どう反撃に出ようか。
いや、消える技の正体が俺の予想通りなら、反撃に出ようと思った瞬間、既に敗北している。
困ったな……技の仕組みが分かっても、対処法が考えつかないのなら意味がない。
俺の体力も徐々に削られている。
ベリィーゼは強い。
下手をしたら、俺以上に。
だが、戦闘は必ずしも強い方が勝つワケでは無いと、俺は経験則から知っていた。
「……ふぅー」
「ふん、そろそろ諦めたら?」
「まさか、ようやく体が温まってきたんだ」
神纏は使わない。
使えば一瞬で終わるが、分不相応の力に頼るのは違う気がする……何より一々自らの命を削る技を、そう簡単には使いたくなかった。
こんな場面でも使用してたら、あっという間にあの世行きなのは確実。
故に、純粋な自らの技と力で勝つ。
「強がりだけは一級品みたいね。けど、そろそろ終わらせるわ!」
「っ!」
今まで最も速い初動。
目を凝らし、どうにか彼女の姿を追う。
この時点なら、まだ対応できる。
問題なのは、その後。
「これで決める––––!」
フッと、煙のように消えるベリィーゼ。
間に合わなかった……だが落胆する暇も無い。
急所だけを守るように身を屈める。
が、彼女の攻撃は今までと一味違った。
消えたと思ったら、また真正面に現れる。
直後に両肩を掴まれ、同時に足も引っ掛けらながら仰向けに投げられた。
結果、彼女にマウントを許す事に。
意識外の攻撃に判断が遅れた。
投げ技まで使える事に驚く。
青空とベリィーゼの顔を見上げながらも、寝技に移行されないよう脱出を試みる。
だが、彼女は俺の四肢を自らの四肢で抑えつける。
体勢の優位もあるが、それを加味しても力強い。
「女に組み伏せられた気分はどう?」
「存外、悪くないな……!」
「あっそ。その減らず口、塞いでやる!」
寝技か? と身構える。
しかし繰り出されたのは意外な技だった。
彼女の四肢の動きに集中していた俺は、完全に虚を突かれて見事に嵌ってしまう。
「ぐふぅ!?」
「……ちょっと恥ずかしいけど、勝つ為なら手段は問わないわ。卑怯にならない程度に、ね」
突然視界が闇に覆われる。
加えて息苦しく、呼吸を阻害されていた。
けれど何故か柔らかく、良い匂いもする。
ま、まさか……
「ふ、ふぐー!」
「ほら、早く脱出しないと窒息死するわよ? ま、このまま味わいたいならそのままでもいいけど!」
胸だ。
俺の顔面は、ベリィーゼの胸に押し潰されていた。
二つの果実に挟まれ、呼吸困難に陥っている。
そんな馬鹿な……こんな戦法、ありなのか!?
「フツーなら直ぐに突破される、でも……息切れする程疲れている今のアンタには、効果てきめんじゃない? 実際、苦しいでしょ?」
「ふ、ぐ」
やられた。
一見ふざけた戦法だが、確かに理には適っている。
疲労している今の俺では、拘束を解くのは難しい。
そんな状態で口と鼻を圧迫されたら振り解く手段は乏しく、元々息切れを起こしていた俺が酸素欠乏症に陥るのは必至だった。
「降参するなら今のうちよ。アンタの彼女達に、情けない敗北を見られたくないならね」
「ふー! う、ぐ!」
口元を塞がれているから、上手く詠唱も出来ない。
故に魔法も封じられている。
限定的だが、よく出来た戦法だった。
「ふ、ふぐぐぐ!」
「喋るな! さっさとオチちゃえ!」
ぐりぐりと胸を押し付けられる。
段々と視界はボヤけ、意識は朦朧としてた。
ああ……やばい……もう、意識が……
最後はこんなにも、呆気なく終わるのか……?
非常に屈辱的な負け方だ。
悔しい、だけどもう力が入らない。
諦めかけたその時。
ベリィーゼが俺の心を折ろうと、再び煽った。
「見えないだろうから、代わりに教えてあげる。アンタの彼女達、物凄く失望してるわ。あーあ、可哀想……きっと勝負が終わったら、捨てられちゃうかもね? フフ、その時は私が飼ってあげようか?」
ドールとエストリアが……?
俺に失望してる? 捨てられる?
なんだよ、それ……そんなの。
––––嘘に決まってんだろ!
「ふ、ぐおおおおおおおお!」
「きゃっ!? ちょっと、なに!」
魔力は十分にある。
あとは詠唱だけ。
いや……本当は詠唱も必要無い。
魔法の詠唱は、極論イメージの補強にすぎない。
だったら、詠唱など必要無いくらい強い想像力を生み出す事が出来れば……理論上は、可能!
イメージするのは風。
この高飛車淫乱女が吹き飛ぶ姿を夢想した。
大丈夫、俺なら出来る。
くだらない妄想を、飽きる程していた俺なら!
叫べ! そして見せつけろ!
想像力が生み出す、無限の可能性を!
––––ウィンドオオオオオオオ!
「き、きゃあああああああっ!?」
吹き荒れる突風。
突風はベリィーゼの体に直撃し彼女を吹き飛ばす。
視界が元に戻り、青空だけが見えた。
拘束から解放された俺は、素早く立ち上がる。
新鮮な空気を吸い、荒れた呼吸を整えた。
……若干ベリィーゼの匂いが顔に残っている。
「はぁーっ……! はあーっ……! あ、危なかった……!」
あんな負け方、末代までの恥だ。
二度と表を出歩けなくなる。
ドールとエストリアにも、捨てられる事は無いにしても、軽蔑や侮蔑はあったかもしれない。
だが、そんな悲しい未来は回避できた。
横目でチラリとギャラリーを見る。
ドールとエストリアは二人とも、手を合わせるようにして俺の勝利を祈ってくれていた。
ほらな、彼女達は俺を信じている。
だから負けられない。
しかし、あの戦法は恐ろしすぎるな……二人を思い出す事が出来なければ、あのまま気を失っていた。
けど、悪い事ばかりではない。
極限状態に陥った事で、俺の魔法は新たなステージを迎える事が出来た。
魔法の無詠唱行使。
正直言って、俺も驚いている。
ていうか、あんなカタチで目覚めていいのか?
「い、今なにが起きたんだ……?」
「あんな不自然な突風は吹かない……この人数だ、誰かが妨害したなら直ぐに分かる。だけど、そんな奴はいなかった」
「じゃ、じゃあまさか、あの男が詠唱せずに魔法を使ったってのか!?」
どよめくギャラリー。
無詠唱のインパクトで、さっきまでの俺の無様な姿は忘れてくれるといいのだが……
「まだよ! 私はまだ、負けたワケじゃない!」
言いながら、ベリィーゼは立ち上がる。
あの程度の魔法では仕留め切れないだろうと思っていたが、立て直しが想像以上に早い。
けど––––俺は、自らの勝利を確信した。
「悪いが、消える技の正体はもう見切った」
「っ……! 今更そんなブラフに引っかかると思った!? はああああっ!」
接近してくるベリィーゼ。
俺は無詠唱で『ウォーター』を行使した。
生み出す水が少量になるよう、調整しながら。
「今度こそ、これでトドメ……!」
彼女は右肘打ちを繰り出そうとする。
俺はギリギリまで引きつけ……決して『目蓋』を閉じないよう、注意しながら攻撃を避けた。
「なっ……!?」
「隙だらけだ!」
「っがは……!」
あっさりと避けられたのがショックだったのか、体が硬直していた彼女に前蹴りを放つ。
モロに受けたベリィーゼは、その場で崩れ落ちた。
「ど、どうして……!」
「気付いたんだよ。お前の技の正体、それは––––意識の隙間を狙った、錯覚だ」
「っ!」
「な、なんじゃと!?」
ベリィーゼも驚いていたが、彼女以上に驚愕していたのは彼女の祖父である里長だった。
恐らく、この技を教えたのは彼なのだろう。
俺は技の仕組みを細かく説明してやった。
屈辱的な技を受けた事の仕返しに。
「お前は俺が目蓋を閉じる瞬間を見極め、その時だけ超スピードを出して視界から消える。しかもそれを行うタイミングは、俺が攻撃に転じようとした一瞬の間だ。攻撃に移行する僅かな隙を狙い、二重の仕込みで消えたと錯覚させる……ほんと、スゲー技術だよ。カラクリが分かっても、俺には出来ないな」