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低級魔法を極めし者  作者: 下っ端労働者
第3章:聖剣に選ばれし者
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86話・格闘少女ベリィーゼ

 

 本殿の正面で、俺とベリィーゼは向き合う。

 彼女は余裕を崩さない笑みのまま、派手な配色のパーカーを脱ぎ捨て、身軽な格好になる。


 パーカーの下は黒のタンクトップ一枚だった。

 意外にも自己主張が激しい胸部に目を奪われる。

 エストリアよりも大きかった。


「……視線がエロいんだけど」

「気の所為だ」

「あっそ」


 反論したが、まるで信じてない様子だった。

 ジトッとした視線が背中に突き刺さる。

 振り向くまでもない、俺の婚約者達のものだ。


「それより、まさかそのまま戦うのか?」


 見た感じベリィーゼは素手のままだ。

 魔法主体でも、俺のような事情が無い限りはドールのように必ず杖を所持している筈。


 武器は隠し持つような性格でも無いだろう。


「武器? コレに決まってるでしょ?」


 言いながら、ベリィーゼは己の拳を見せつける。

 徒手空拳メインの格闘家ってところか。

 武器が無い分、圧倒的な速さが売りだろう。


「アンタの方こそ、手加減なんて必要無いから。ま、手を抜こうが開始早々降参しようが、私は勝てるなら何でもいいけど」

「やたらと勝利に拘るんだな」


 すると、突然彼女は笑みを消す。

 弛緩した空気が引き締まる。

 真剣な顔つきで、ベリィーゼは言った。


「……当然よ。どれだけ努力しても、結果が出さなきゃ何の意味も無いもの」

「そうか」


 今の言葉で、俺は友人の幻獣を思い出す。


 アイツも強さには貪欲だった。

 親を失った過去を持ち、そのトラウマを払拭する為、強く在ろうと長い道を走っている。


 まあ喧嘩っ早くて残忍なのは玉に瑕だが……生粋のものだろうし、仕方ない。

 理由はどうあれ、強くなろうと努力している奴を、俺は嫌いにはなれなかった。


 何を隠そう、俺もその一人なのだから。


「この勝負、お爺ちゃんも見てる。いい加減、私は一人前だって認めさせるんだから」


 最後にベリィーゼはそう言い残し、くるりと背を向けて勝負のスタート位置に着く。

 俺も自分の立ち位置へ向かう。


 互いの距離は、約五十メートル離れていた。

 その中間に審判役が立つ。

 ギャラリーは円を作るように立っていた。


「では、始めるぞ」

「……」

「……」


 審判が片手を上げる。

 俺は片手剣を抜き、ベリィーゼは上半身を前に倒した攻撃特化の前傾姿勢に。


 一瞬の静寂。

 俺とベリィーゼの視線は交差し、ギャラリー達は始まりの時を待って固唾を呑む。


 そして……審判の片腕が、振り下ろされた。


「––––始めえええええっ!」

「いくわよ!」


 試合開始の合図の直後。

 ベリィーゼは大地を蹴り上げ、猛然としたスピードで突っ込んで来た。


 速い––––想像以上に。


 慌てながらもカウンターを決めようと構えた。

 が、彼女は目前で突然消える。

 何処だ––––頭で考えるより先に戦いの勘が働き、即座に振り向いて片手剣を振るう。


 予想通り、ベリィーゼは背後に潜んでいた。

 今まさに俺を殴り飛ばそうとしていた瞬間。

 しかし読まれていたのか、彼女は直前で拳を止め、バク転しながらムーンサルトキックを繰り出す。


 狙いは、俺の手元。

 鋭い鞭のような蹴りは右手を弾き飛ばし、片手剣を失わさせるには十分な威力だった。


 剣がクルクルと空中に舞い、数十メートル離れた位置にカランと落ちる。

 開始早々、武器を失ってしまった。


 いや、そんな事はどうでもいい。

 問題なのは、彼女の速度。

 消えたと錯覚する程のスピードには、必ず何かのカラクリがあるはずだ。


 まずはそれを見抜かないと、勝負にならない。


「反応は良いね。素人なら今の一撃で終わってるし、けっこーやるじゃん」

「そりゃどうも」

「けど……これならどう?」


 再びの急接近。

 俺も徒手空拳の構えを取り、迎え撃つ。

 魔力を眼球に回し視力を強化するが……追えない。


 視力強化は無駄と判断した俺は、純粋な肉体強化に魔力を回して少しでも耐久力を上げる。

 さあ、来るならこい……!


「はあっ!」


 正面からのハイキック。

 しなやかな足先を受け止め、反撃しようとするが。


「遅い!」

「ぐあっ……!?」


 彼女はまたも姿を消し、背中への一撃を浴びる。

 ズキッと痛むが、重くは無かった。

 超スピードの弊害か、打撃力はそこそこなので、速攻で倒される事は無いが……ジリ貧なのは事実。


 やがてはじわじわとダメージが蓄積する。

 動ける今の内に攻略しなければ、時間が経つごとにこちらが不利になるのは明白だ。


「だったら……『ウィンド』!」


 武器と徒手空拳の次は、魔法攻撃

 だが、これもあっさりと避けられた。

 その後も何度か詠唱するも、被弾には至らない。


「今の、もしかして低級魔法? その割には殺傷力高めだけど……ま、当たんなきゃ上級も低級も変わらないよね」


 軽やかに動き回るベリィーゼ。

 ダンスでも踊ってるのかと錯覚する程だ。

 魔法は魔力の消耗を激しくするだけだな……


「フゥゥゥ……」


 集中して、彼女の動きを予測する。

 目に見えるモノが全てでは無い。

 音、匂い、気配……それらの痕跡を探る。


「……そこだ!」

「残念、ハズレ」


 背後に正拳突きを放つ。

 しかし、拳は空を突いただけ。

 ベリィーゼの声だけが耳に残る。


「く……らあっ!」


 今度は左斜め後方に蹴りを。

 が、その攻撃も不発に終わる。

 ダメだ、都合良く達人の真似事はできない。


 仮に動きを察知する事が出来ても、速度が違いすぎて攻撃を当てる事も、避ける事も出来ないだろう。

 本格的にマズイ状況に陥っていた。


「お父さんが言っていたわ。戦闘において重要なのは、スピード。速さを極めれば、攻撃も防御も思いのまま……こんな風に、ね!」


 それまで動き回って撹乱していたベリィーゼが突然立ち止まり、大振りの右ストレートを放つ。

 ただの打撃なら、容易に対処できる。


 俺は僅かに体を傾け、右腕を使って彼女の右ストレートを受け流す。


 そのまま反撃に出ようとしたが、彼女は不発に終わった右拳を左手で押し出し、流れるような動作で右肘打ちを完成させた。


 技と技の隙間に生まれるタイムラグが殆ど無い。

 格ゲー風に言うならコンボ技。

 反撃に転じようとしていた俺は防御が間に合わず……ベリィーゼの右肘打ちをモロに受けてしまう。


「がっ……!?」

「ユウト!」

「ユウト君!」


 ドールとエストリアの悲痛な叫び声。

 そうだ、彼女達が見ている。

 こんなところで、終われない……!


 限界まで目を見開く。

 決して逃さないと気迫を込めながら、倒れながらも左足で蹴りを放った。


 とは言えこれも避けられる……そう思っていたが。


「あぐっ!」


 良い意味で予想を裏切られた。


 蹴りは吸い込まれるように彼女の脇腹へ当たる。

 細い身体は魔力操作法で強化されているとは言え、体重も変化するワケでは無い。


 軽い彼女は俺の蹴り一発で体勢を崩すに至る。


「く……!」


 顔を歪めながら、ベリィーゼは一旦距離を取る。

 俺も直ぐに立ち上がって体勢を立て直した。

 頭にあるのは、先程の攻防。


 何で今の蹴りは当たったんだ?

 彼女の速力なら、余裕で避けれる筈。

 それとも……避けられない理由があったから?


 なにか引っかかる。

 喉に刺さった、魚の骨のような違和感。

 疑問はそのまま放置するな、考えろ。


「ふん、ちょっと油断したけど……あのくらいじゃあ、私は倒れない!」


 意識を戦闘に切り替える。

 そうだ、今は実戦の最中。

 ゆっくり考える時間なんて無い。


「はああああっ!」


 五連続の正拳突き。

 その全てを避けられるが、構わない。

 消える理由を探る為、攻撃を続ける。


「そんなの当たらないってば!」

「ぐ……おおおおおお!」

「っ、あーもう、しつこい!」


 一発躱されるたびに、一発攻撃を受ける。

 ギャラリーからは壮絶な殴り合いに見えるだろう。

 実際はただのシャドーボクシングと変わらず、俺だけが一方的にダメージを受けているだけだが。


「はあっ、はあっ……!」


 気づけば激しく息切れを起こしていた。

 ほんと、俺っていっつもボロボロだな。

 偶にはスマートに勝ちたい。


 ––––だが、その甲斐はあった。


 目の前で突然消える技の正体。

 その仕組みを、僅かながら掴んだ。

 あとは悟られないよう、どう反撃に転じるか。


 決着の時は、近い。

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