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低級魔法を極めし者  作者: 下っ端労働者
第3章:聖剣に選ばれし者
85/118

85話・里長の孫

 

 ほんの少しと緊張と勇気を抱きながら前へ立つと、水晶玉に俺の姿が反射して写った。

 もう一人の自分へ重ねるように、右手で触れる。


 瞬間、選定の水晶玉が輝いた。

 キラキラとした粒子が舞っている。

 その様子を見てどよめく里長達。


 彼らの反応からして、勇者の証明は出来たようだ。

 息を吐きながらホッとする。

 しかし、一安心した直後。


 水晶玉は輝きながらも……濁った黒色に変色する。

 その色は俺が魔法適性を調べる水晶玉に触れた時に染まった色と、そっくりだった。


 嫌な記憶が蘇る。

 濁った黒色……それは一時は俺から全てを奪った、低級魔法使いという呪いにも似た烙印の色だ。


「……ふぅー」


 落ち着け、矢野優斗。

 俺はもうただの低級魔法使いでは無い。

 あの伝説の帝級魔法使いを倒した男だ。


 これだって、単に勇者の魔法適性を調べる、付随的に備わっている機能が働いただけだろう。

 勇者である証明に、何の隙も与えない。


 –––––そう、思っていたのだが。


「て、低級魔法使いの勇者……?」

「低級勇者なんて、歴史に存在してないぞ!」

「勇者ではあるけど……大丈夫、なのか……?」


 どうやら、彼らは違ったらしい。

 里長の護衛達は、水晶玉の結果に困惑している。

 勇者である事は分かった。


 しかし、その勇者が最弱の象徴である低級魔法使いだった……という事実が受け止め切れず、どう対処していいのか分からない、そんな感じ。


 俺はこの空気を知っていた。

 体感するのは、二度目。

 勝手に期待されて、失望されて、そして––––


「大丈夫」


 そっと、左右の手が握られる。

 優しく包み込むように。

 温もりは俺の薄暗い記憶を抹消した。


「ドール、エストリア……」

「私達は、知っている。貴方が勇者だって」

「ドールの言う通りかしら。だから安心して」


 微笑む二人。

 その笑顔に、僅かに残っていた低級魔法使いという負い目が、完全に払拭されたような気がした。


 俺を元気付けた二人は、そのまま里長達に告げる。


「この通り、勇者の証明はしたわ」

「ユウトは勇者、その事実に偽りは無い」


 堂々とした宣言。

 臆する理由など存在しないと言わんばかりの態度。

 実際に、嘘は何一つ無かった。


「そっ、そうですよ皆様! 何であれ、ここにおられるのはあの伝説の勇者様! 我々勇者の血族、その始祖たるお方です!」


 神主が説得するように言う。

 他にも何人かの巫女や住職は俺が勇者だと認めてくれたが、里長の護衛達は未だ渋い顔をしている。


 その里長もずっと黙って瞑目していた。


「……低級魔法使いじゃ、終焉の赤龍どころかその配下にすら勝てないじゃないか」


 ポツリと誰かが言った。


 言葉は波紋となり、周囲に広がる。

 例え勇者でも、弱い低級魔法使いなら何の意味も無い……嫌な雰囲気が出来上がりつつあった。


 ここで俺が「俺は強い!」なんて言っても火に油を注ぐだけで、何の解決にもならない。

 ドールもエストリアもそれを分かっているのか、悔しそうな表情をしながら口を閉じている。


「待て、結論を急ぐでない」

「しかし里長!」

「我らだけで答えを出していい問題ではあるまい。議会の出席者達にも相談して––––」


 このままでは収拾がつかなくなると判断したのか、沈黙を保っていた里長も発言する。

 と、その時。


「––––ったく、いい歳した大人が揃ってごちゃごちゃ言い合って……みっともない。よーするに、コイツが強いか弱いかを確かめればいいんでしょ?」


 一陣の風が吹く。

 瞬間、何者かが本殿内に現れた。

 明るい声音と小柄な体躯。


 銀色の髪に真っ赤な瞳。

 派手なパーカーを羽織り、ショートパンツの先からは小豆色のタイツを纏った両足が伸びている。


 彼女は不敵に笑いながら、自信満々に言う。


「ねえアンタ、勇者なんでしょ?」

「……ああ」

「なら、アタシと勝負しなさいよ。それで私に勝ったら強い勇者、負けたら弱い勇者。どお? 白黒ハッキリして、アンタも楽でしょ?」


 少女は勝負の誘いを言ってきた。

 正直、目的がよく分からない。

 そもそも彼女は一体何者だ?


 突然の乱入者に困惑していると、里長がプルプルと震え……まるで噴火直前の火山のようにエネルギーを溜めてから、叫んだ。


「ベリィーゼ! 何度言ったら分かる!? ここは神聖な場所じゃ! お主のような未熟者が軽々しく立ち入っていい所では無い! そもそも学校はどうした、何故ここにおる!」


 ドガガガッ! と、マシンガンのように言葉の弾丸を飛ばす里長。

 対して『ベリィーゼ』と呼ばれた少女はどこ吹く風で、辟易しながら答えた。


「あーもう、折角カッコつけたのに台無しよ……」

「ワシの話を聞けええええええい!」

「さ、里長。客人の前です、落ち着いて……」


 護衛に宥められてハッとする里長。

 咳払いをしてから、再び俺と向き合う。

 先程までの威圧感は、何故か既に消えている。


 まるで近所のお爺さんのような雰囲気だった。


「失礼、取り乱した」

「いえ。それより彼女は一体、何者ですか?」


 チラリと少女の方へ目線を向ける。

 彼女は品定めするかのように俺を見ていた。

 今までにないタイプの女性に気後れしそうになる。


 なんて考えていたら、里長が口を開いた。


「この愚かもんはワシの孫娘じゃ、名前は––––」

「久保安ベリィーゼ。アンタを倒す予定の戦士よ、まあよろしく」


 パチンとウインクされる。

 ああ……この子、苦手なタイプだ。

 騒がしくてノリが軽い、俺とは縁遠い存在。


「ところでお爺ちゃん」

「里長と呼べ、馬鹿者」

「いいでしょ別に。それより……さっきの私の提案、悪くは無いでしょう?」

「むむむ……それは、そうだが……」


 里長の孫娘、ベリィーゼとの勝負。

 彼女との対決で、今度は強さを証明する。

 突拍子だが、確かに悪くない。


 口頭であーだこーだ言うよりも、彼らの目に焼き付けた方が手っ取り早いだろう。


「俺は構いませんよ、久保安さん」

「……よいのか? いえ、よいのですか? ワシとしては、貴方様は既に勇者と認めていますが」

「ご理解頂きありがたいですが……それでは、里の人達は納得しないでしょう」


 護衛や住職達を見ながら言う。


「貴方のお孫さんを実力で倒せば、嫌でも現実を受け入れてくれると、私は考えています」

「へえ、アンタも中々好戦的じゃない」


 好戦的な自覚はあるのか、ベリィーゼは瞳をギラギラと輝かせながら俺を睨む。

 パッと見で分かるが……彼女は、強い。


 乱入した時の速度も眼を見張るものがあるが、今こうして立っているだけでもオーラが漂っている。

 特級勇者に勝るとも劣らない気配を感じた。


「分かりました。ですが……あの娘は、ワシ自ら鍛えた戦士です。強いですぞ?」

「相手にとって不足無し、ですね」


 それまでベリィーゼを咎めていた里長だが、彼女を強いと断言した時だけは、自慢の孫娘だと言わんばかりの空気を発していた。


 ベリィーゼ本人も応えるように、胸を張る。

 基本的には孫の事を可愛がっているのかも。

 まあそんなワケで、里長の孫娘と戦う事になった。


「ユウト君。あんな女、軽く蹴散らすといいわ––––と、言いたいところだけど……」

「あの子、強い」

「分かってる、けど心配しないでくれ。ドールから教わった新技もあるし」


 ドールとエストリアも感じたようだ。

 ベリィーゼが纏うオーラを。

 ただの高飛車な少女では無いのは明らかだ。


 しかし……勝負をあっさり引き受けてしまったけど、これ大丈夫か? 負けたら全部台無しだぞ?


「魔導馬車との簡易契約、切っておくわ。今から戦うようだけど、魔力量は平気かしら?」

「まだ八割以上も残ってるから大丈夫」

「そう、安心したわ」


 プツリと、魔導馬車との線が切れた感覚。

 体から流れる魔力を感じなくなった。

 これで何の制約もなく戦える。


「場所はどうするんだ?」


 ベリィーゼに問う。


「本殿の前でいいじゃない。広いし人も少ない、何より先代勇者様の前で闘いを披露できるわ」


 そう言いながらスタスタと歩いて本殿出る。

 周囲の者も本殿を出て行くが、里長だけは「神聖な場を私闘に使うなあああ!」と最後まで叫んでいた。

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