83話・勇者の里
フェイルートの屋敷を出発して、約一ヶ月後。
遂に【勇者の里】へと到着しようとしていた。
俺達が乗る魔導馬車は深い森を突き進み……とても人が通るようには出来てない獣道を強引に走破する。
通常の馬車ならこうはいかなかっただろう。
馬車の車輪は悪路用の頑丈な物に交換されているし、馬はゴーレムだから傷付く心配もない。
唯一の問題は魔導馬車に使う俺の魔力だったが、里があるとされる森の中に入る直前、万全を期して一日休んで魔力回復に努めたので残量も十二分にある。
あとは里に繋がる秘密の通路を探すだけだった。
「エストリア、どうだ?」
「リクの情報によると、そろそろ着くはずだけど……視界が悪くて……」
エストリアの言う通り、森は無数の枝葉が成長し放題といった感じで、人の手が一切加えられてない。
森と言うと彼女が暮らしていた【冥府の森】を思い出すが、あそことはまた違う雰囲気の森林だった。
ありのままの自然は恐ろしいとよく聞くが……それを今、身を以て実感している。
魔獣こそ現れないだけで、人が容易に踏み込んではいけない領域だと本能で悟った。
「秘密の通路って、どんなもの?」
そんな時、ドールがふと呟く。
そういえば勇者の里の正確な位置や秘密の通路等、エストリアが知っているからと聞いていなかった。
彼女に丸投げするのもよくないので、場所を聞いて俺もこの目で探し出そう。
エストリアも隠すことなく口にした。
「この森の中に洞窟があるらしくて、勇者の血を持つ者が通ると【里】に辿り着けるそうよ」
「それ、リクはどうやって見つけたんだ?」
「私も聞いたけど、神獣にしか分からないがあるって言われて煙に巻かれたわ」
うーん、リクは秘密主義なところがあるな。
ルプスを預ける理由も話してなかったし。
まあおいそれと話せる情報でも無いけどさ。
それから暫く、洞窟を探す。
俺はゴーレムホースに跨りながら、ドールは魔導馬車の屋根の上に乗りながら。
エストリアは多数の使い魔を放ち、自分の目として使って探し回る。
そろそろ休憩にしようか……と、考えた時。
「……見つけた」
「え、ほんとか?」
「うん。ここから右に曲がって真っ直ぐ」
屋根の上にいたドールが呟く。
魔力操作法で視力を強化し、ドールに指示された方向を視ると––––確かに洞窟らしき場所を見つけた。
「でも、ただの洞窟かもしれない」
「だからって無視はできないだろ? 行こうぜ」
馬車内に居たエストリアにも話し、許可を得てゴーレムホースの進行方向を変える。
そして数十分後、目的の洞窟までやって来た。
間近で見て分かったが、入り口が大きい。
まるで巨大な魔獣が大口を開けているような形。
奥は深い闇に包まれ、先が見えない程暗い。
この先に、勇者の里がある。
里とは関係ないただの洞窟の可能性もあるが、俺とドールは馬車の中に戻ってエストリアに話す。
「エストリア、あの洞窟だと思うか?」
「位置は凡そ合っているわ。ここら一帯に使い魔を飛ばしたけど、反応は無いし……多分、ここよ」
「なら、行く」
「ああ。ドールの言う通りだ」
ここまで来て臆する事は出来ない。
里の住民がどんな人間なのかは会ってみないと分からないが、俺は仮にも勇者本人なのだから、下手な扱いは受けない……と、思いたかった。
それからゆっくりと、魔導馬車は進む。
外の様子は逐一チェックした。
一見は何の変哲も無い、天然の洞窟。
肌寒く、雫の音だけが洞窟内で呼応する。
静謐な空間だった。
数分間は何も起きず、順調に進む。
だが、突如霧が発生した。
霧の量は徐々に増え、やがては視界を完全に覆い右も左も分からない程濃くなってしまう。
引き返そうかと考えたが、今更戻っても仕方がないと三人で結論を出し、前進を続けた。
そして––––
「……あれは、門……?」
ある地点を超えてから、霧が急速に晴れた。
周りは相変わらずの岩肌。
しかし岩肌の壁や天井部分に光を発する装置が埋め込まれていて、洞窟内を明るく照らしていた。
加えて視線の先には、閉じている大きな門。
洞窟の果てが確かに存在した。
あの門を超えた先に、何があるのか……期待と不安を胸に抱きながら魔導馬車を走らせる。
「文明の痕跡がある」
「灯の魔導具に大きな門––––それに霧が晴れた途端、道も整備されているわ。日常的に誰かがここを利用しているかしら」
二人は既に確信を持っているようだ。
エストリアの言う『誰か』が【勇者の里】の住民を指しているのは、俺でも分かる。
そして、その住民とは存外早く遭遇した。
「なあ、今朝里から馬車が出た記録、あるか?」
「……いや、無いな」
「だよな––––というワケで、止まれ!」
未だ洞窟の中だからか、人の声がよく響く。
馬車内に居てもしっかり聴こえた。
窓から顔だけをこっそり出して覗く。
遠くからでも見えた門。
その両脇に、門番と思われる男が二人立っていた。
鎧は身に付けてないが、帯剣している。
片方だけが抜剣し、残る一人は様子を伺っていた。
抜剣した方の男が叫ぶ。
「貴様ら何者だ! 何故この地へ来れた!」
その言葉だけで、察する。
間違いない……あの門の先が、勇者の里だ。
疑っていたつもりは無いが、リクの言っていたことは本当だったと、改めて実感する。
「落ち着いて、危害を加えるつもりはありません」
俺、ドール、エストリアの順に馬車から降りる。
敵意を示さない為、武器の類は置いてきた。
仮に何かあっても、魔法でどうにかなるしな。
「質問に答えろ! 貴様らは何者で、一体どんな方法でこの地にやって来た」
「……ま、仕方ないか」
完全に警戒されていた。
このままでは話し合いも出来ない。
なので、まずは言われた通りに正体を明かす。
信じてくれるかどうかは、分からないけどさ。
「俺はユウト、矢野優斗です。とある筋から勇者の里について聞き、やって来ました。来れた方法は––––俺が、今代の勇者だからです」
「「……なっ、なにいいいいいいい!?」」
門番の男性は、二人揃って絶叫した。
◆
門番が正気に戻ると、まず一人が「里長に報告しなければ!」と慌てながら駆け出した。
彼が戻って来るまでの間、俺達は残る一人に剣を向けられながら待機する事に。
案の定、信じてもらえてないようだ。
いやまあ、予想していたけどさ。
里長とやらに報告してくれるだけでもありがたい。
最悪、勇者を偽る不届き者として斬り伏せられる……なんて事もあると考えていた。
話は通じそうで助かる。
そんな感じでもう一人が帰ってくるのを待っていたが、俺は門番の服装を見て少し驚く。
自衛隊の着る迷彩服にとても似ていたからだ。
細部は違うものの、ぱっと見だけなら自衛官と勘違いしてもおかしくないくらいに似通っている。
これは何かの偶然だろうか?
別に迷彩柄なんて何処にでもあるし。
それこそ外国の軍隊にも迷彩柄は採用されている。
ただ、門番の顔つきが日本人と酷似していたので、迷彩服を見て最初に自衛隊と思い浮かんだ。
「彼、ユウト君と同じ人種なのかしら?」
「ユウトと似てる」
「いや……二人も分かっていると思うけど、俺は異世界人だし––––あ」
ドールとエストリアからも指摘され、気づく。
そう、ここは勇者の里。
恐らく勇者の末裔が住んでいる土地なのだろう。
里に入る条件も『勇者の血を継ぐ者』である事から、ほぼ間違いないと断言していい。
そこから導き出される結論。
それは––––先代の勇者も、俺と同じ日本人だった。