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低級魔法を極めし者  作者: 下っ端労働者
第3章:聖剣に選ばれし者
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77話・竜人との出会い

 

 翌日。

 身支度を終え、俺達は早速街に出向いた。

 昨日と同じで相変わらず人が多い。


 見かける人々の服装がそれぞれ全く別物である事を察するに、アルゴウスに限らず周辺諸国からの観光客も大勢ユナオンを訪れているようだ。


 これはアルゴウスの国柄である『来る者拒まず、去る者追わず』によるところが大きい。


 この国は元々とある一人の冒険者が建国した国家で、他国に比べてまだまだ歴史は浅く、その為関係を持った異文化の特徴を何でも吸収してしまうとか。


 和と洋がごちゃ混ぜになっているのもその一つ。

 和の要素は東の彼方に存在し、今は鎖国状態の【カゲヌイ】という国から取り入れたようだ。


 アルゴウス建国当時のカゲヌイはまだ鎖国していなかったようで、当代の王同士で交流があったらしい。

 温泉文化も元を辿ればカゲヌイ行き着くとか。


「ありがとう、ドール。勉強になったよ」

「これくらい何でもない、もっと聞いていい」


 アルゴウスについて説明してくれたドールにお礼を言うと、彼女はいつものように身を寄せて来た。

 人も多いし、この方が安全か。


「面白い所ね、ここ。なんだか暑いし」

「あちこちに温泉があるみたいだからなあ」


 エストリアは物珍しそうに辺りを見回している。

 はしゃいでいる子供のようで、新鮮な姿だ。

 浮かれているのは俺もだけど。


「あんまり離れるなよ、下手したら迷子になる」

「大丈夫よ、この子達がいるから」

「この子達?」


 彼女は人差し指を立てる。

 そこに数匹の小さな羽虫が集まった。

 目を凝らして見ると、蚊と似ている。


「エナジーモスキート。生物の魔力を吸い取ってエサにする魔獣よ」

「もしかして、そいつらも使い魔なのか?」

「ええ。常に周りを飛んでいるから、仮に迷子になったとしても、この子達が導いてくれるわ」


 昆虫なのに魔『獣』とはこれいかに。

 いや、魔獣は世界に溢れる魔力から生み出された生物全般を指すので、おかしくは無いのだけれど。


 しかし、相変わらずエストリアの使い魔は万能だ。


「二人は気づいてなかったけど、今までもこの子達が常に周りを飛んでいたわ」

「え、それほんとか?」

「……全然気づかなかった」


 いくら蚊のように小さくても、耳元を飛んでいたら羽音は嫌でも聴こえる。

 なのにこれまで、そういう音は一切聴こえてない。


 すると彼女はさらりと言う。


「羽音を消す術式を体に刻んでいるの」

「……何でもありだな、魔女って」

「ふふ、褒め言葉として受け取っておくわ」


 驚く俺とドールを見ながら、彼女は微笑む。

 あんな極小サイズの使い魔に術式を刻むって、一体どんな技術なら可能なんだ?


「ドールは出来るか?」

「絶対に無理。殆どの魔法使いには不可能」


 ドールに聞くと、彼女は不可能と断言した。

 不可能を可能にする魔女の秘術。

 俺も教わる事って出来ないかなー、なんて。


 前に聞いたことがあるけど、魔女の肉体はウィッチクラフトを扱うのに最適な身体にされている……つまりは魔女の一族でなければ使えないのだろう。


 そういう一子相伝の魔法は『秘伝魔法』とも呼ぶ。


「さ、行きましょ」


 エストリアは駆け足気味に歩き出す。

 俺とドールは彼女を見失わない為に追いかけた。






 ◆






「ふい〜、良い湯だあ……」


 温泉に浸かりながら静かに呟く。


 他の客も気持ちよさそうに浸かっていた。

 俺が今入っている温泉は静謐の湯と呼ばれていて、魔法で外からの音を消している。


 ある意味外界と遮断された空間。


 聴こえるのは湯が流れる音だけ。

 時間の進みが遅い雰囲気に身体は勿論、心の疲れも溶け出すように消えていく。


 ユナオンには宿泊目的では無く、ただ温泉に入る為だけの店が多数出店している。

 ここ、静謐の湯もその内の一つだった。


 ドールとエストリアは別の温泉に行っている。


 何でも美白効果に特化したお湯だとか。

 ズラッと長い列が出来ていたので、暫くは別行動になるだろうが……偶にはそれもいい。


 プライベートな時間も、時には必要だ。

 もちろん、二人と居るのは楽しいけどさ。

 日本に居た頃は一人で居るのに慣れていたから、今でもその癖が抜け切って無いのかもしれない。


 なんて考えながらお湯に浸かっていたら、入り口の引戸がガラッと開き、新たな客が入って来る。

 それだけなら気にする事は一つも無いが……その人物は他の客とは大きく違うところがあった。


 それは––––種族。

 その男の肌は深い緑色の鱗で覆われていた。

 爬虫類のような瞳に、ワニのような大顎。


 肉体は上下共に強靭に鍛えられていた。

 戦場に身を置いているのか、身体中傷だらけ。

 極め付けは腰から伸びた尻尾。


「竜人……」


 この世界に来て初めて見た、人間以外の種族。

 その衝撃からか、つい脳内で浮かんだ言葉がポロリと口から溢れてしまった。


「少年、拙者に何か用か?」


 一人称が拙者––––なのはどうでもよく、言葉を漏らした上に視線まで注いでいたのは流石に迷惑だったのか、向こうの方から声をかけられる。


 なんて答えるか一瞬戸惑うが、取り繕っても意味が無いので素直に謝罪の言葉を述べた。

 静謐の湯なので、声のトーンを低めにしつつ。


「すみません、貴方のような人を見たのは初めてで、つい驚いてしまいました。気を悪くしたのなら、謝ります」

「気にするな、拙者のような獣人族も今や少数のみ。知らぬ者がいてもおかしくない」


 竜人は器の大きい人物だった。

 しかし……彼が今自分の事を竜人ではなく、獣人と言ったのが気になるな。

 この世界では竜も獣の一種なのか?


「失礼する」

「あ、はい。どうぞ」


 竜人の彼はかけ湯をしたあと、俺の右隣に浸かる。

 それなりに人が居るので仕方ないが、気まずい。

 とは言え静謐の湯で喋る者は皆無。


 黙っていても、何もおかしくない。

 寧ろ私語を極力話さないのがマナーだった。

 竜人の彼を一旦忘れ、再び湯を楽しむ。


 はあ……良いお湯だ。

 ドールやエストリアも入れたかな。

 実は彼女達の浴衣姿を期待していたりする。


「ふぅ……」


 なんて考えながら二十分ほど過ぎる。

 そろそろ出た方がいいかな、また違う温泉に入るかもしれないし、これ以上はのぼせてしまう。


 なるべく水音を立てずに浴槽から出る。

 ヒタヒタとした足音だけが響き、残った。

 引戸を開け退出しようとした時……ざばっと、人が湯から上がる音が響く。


 振り向くとさっきの竜人だった。

 彼はこちらに近づいてから言う。


「何かまだ、話したそうな雰囲気だったようだが」

「あー、それは」

「ここでの会話は無作法、早々に立ち去るのが吉」


 どうやら妙な気を使わせてしまったようだ。

 二人で浴室から出て、手早く体の水滴を拭き取る。

 風の魔法を使えば一瞬だ。


「えと、風の魔法入ります?」

「よいのか? ならば頼もう」


 と、何故か竜人の水滴まで拭き取る。

 うーん、厄介な事になってきた。

 瑠璃色の浴衣に袖を通し、最後に刀を腰に刺す竜人を見て少々驚きながら思う。


 そんな感じで店を出ると、彼から酒場に行かないかと誘いを受ける。

 成り行きだと身を任せて頷いた。


 見知らぬ相手との交流。

 よく考えたら、これも旅の醍醐味の一つ。

 なんだ、楽しんでるじゃないか、俺。


「実は俺、昨日この街へ来たばかりで」

「拙者は三日ほど前から滞在している。久し振りの休暇故、羽を存分に伸ばしたくてな。まあ、拙者達の羽は退化して使い物にならないがな、ふはは」

「はは……」


 道中互いの事を話し合う。

 微妙に面白くない竜人ジョークを流しつつ、彼オススメの酒場へと到着した。


 小洒落た感じがしない、無骨な酒場。

 客層の殆どが男性だ。

 音楽もなく、ただ酒を楽しむ場。


 凄く良い雰囲気なのは分かる。

 が、一人で入るには少々勇気が必要そうだ。

 竜人の彼が居てくれて助かった。

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