75話・合成魔法の練習
––––何故、俺はこんな事をしているのだろう?
「あっ、ちょっと強いわ……ユウト君……」
「ご、ごめん」
「ユウト、手が止まってる」
「わっ分かってる!」
エストリアの艶めかしい吐息が集中力を乱す。
思わず、指先に込める力が強張った。
その様子を見たドールが咎めるように声を出す。
俺は軽い錯乱状態に陥りながらも、これは魔法の練習だと自分に言い聞かせて集中する。
右手は書物を書き写す為にペンを握り……左手は、エストリアの胸を握るように触っていた。
服の上からでも分かる、柔らかい感触。
彼女の胸部は手のひらにすっぽりと収まる、小さすぎず大きすぎない丁度良い形をしていた。
もっと味わいたいと、自然と指先に力が入る。
だが、傍のドールがそれを許さない。
彼女はじーっと俺を見ながら、編集者のように早く書けと無言の圧力をかけてくる。
時には言葉で弄りながら。
俺は左手の柔らかさに惑わされず、書物を書き写そうと必死で右手を動かした。
俺は合成魔法の練習をしたかっただけなのに。
なんでこんな事になっている……!?
数分前の出来事を、嘆くように思い出した。
◆
「合成魔法を、教えてほしい?」
「ああ、頼むよドール」
目的の物資を購入し馬車に積み込んだ俺達は、大勢の村人に見送られながら村を出発した。
村長は最後「生きているうちに本物の勇者様と出会えるとは……」なんて言いながら頭を下げていたが、流石にやりすぎだろうとやめさせたっけ。
まあそんな感じで、沢山の人に感謝された。
事件の元凶が元クラスメイトなのは複雑だったが。
他の奴らは今頃何をしているのだろう?
闇ギルドと結託している連中もいるようだけど、竹田のようにはならないでほしいと願うばかりだ。
で、その竹田で思い出したのが、合成魔法。
「いいけど、急にどうして?」
「竹田が最後に使った合成魔法さ、上級魔法の威力を超えていただろ? だから俺もスペルブーストと合わせて使えば、例え低級魔法でもより強い力になると思うんだ」
竹田は上級魔法使いだった。
しかし最後に放とうとしていたバーニングストームは、特級魔法には劣るものの、確実に上級魔法の威力は超えていたと思う。
合成魔法は緻密な魔力の制御とセンスが必要だから、今まで覚えるのを後回しにしていたが……勇者の里に着くまでまだまだ時間はかかるし、この際覚えてしまおうと考えた。
「そういう事なら、任せて」
「ありがとう、頼もしいよ」
ドールは魔法のスペシャリストだ。
それは今までの実力で分かっている。
彼女になら安心して指導を頼めた。
「面白そうね、私にも手伝える事はあるかしら?」
本を読んでいたエストリアもこちらにやって来た。
そういえば……彼女はウィッチクラフトではなく、普通の魔法は使えないのだろうか?
気になったので、聞いてみた。
「普通の魔法? 習ってないから使えないわ」
「へえ、そうなんだ」
「それに覚えようとしても、多分無理ね。私達魔女の体はウィッチクラフトに特化するよう代々改造されているから、普通の魔法は肌に合わないかしら」
なんて答えだった。
代々身体を改造している……魔女としてのエストリアについては、知らない事ばかりだな。
……少し脱線してしまった。
話を戻して、合成魔法について。
ドールは一冊の本と用紙、ペンを用意していた。
「合成魔法は、二つ以上の事を同時にする魔法。口で言っても伝わり難いと思うから体で覚えてもらう」
「具体的には、何をするんだ?」
言うと、彼女は用意した物を俺に差し出す。
「今からこの本に書いてある事を、一字一句間違えないように書き写して。その間に、平行して別の事をやってもらう」
「ああ、そういうことか」
二つ以上の事を同時にする。
例えば書物を書き写しながら、絵を描くとか。
全く別の事を同時にやる事で合成魔法に必要なコントロールを鍛えようと彼女は言っている。
「右手は書き写すのに使うとして……左手で何をしようか。やっぱり絵を描くのがいいかな?」
「––––いえ、もっと良いことがあるわ」
目を細めながら、エストリアが言う。
その表情は俺を虐めている時の顔だった。
なんだか、嫌な予感がする。
「……聞きたくないけど、何?」
「私の胸を触るといいわ」
「は?」
想像の斜め上を飛んでいく発言。
ドールもぽかんとしながら口を開けていた。
エストリアは自信満々に続ける。
「性欲に惑わされず、しっかり書き写せるかどうかで集中力も鍛えられるし。ええ、正に一石二鳥よ」
「そんな名案みたいに言われても……」
「却下。卑猥すぎる」
俺とドールは即座に拒否した。
が、エストリアは聞く耳を持たず、勝手に俺の左手を持ち上げて自らの胸部へ引き寄せる。
抵抗しないと––––心ではそう思っていたが、俺の下半身は違う結論を導き出したようで……まあ簡単に言えば、俺も本当は触りたかったので、触った。
むにょんと、五本の指に伝わる感触。
もう何度か触っている筈なのに、真昼間に馬車内というシチュエーションがスパイスとなったのか、まるで初めて触れたかのような味わいを見せた。
「あ……ふふ、流石ユウト君。理解が早いわ」
「こ、これは練習だからな、そう、魔法の練習!」
「……」
頰を赤らめながら熱っぽい視線を送るエストリア。
対照的にドールからの視線は氷のように冷ややかで、性欲に没頭していた俺の意識は覚醒した。
そうだ、俺は何をやっている。
「え、エストリア。気持ちは嬉しいけど、倫理的にマズイから、もうやめよう」
「今更倫理なんて……」
より強く左手が彼女の胸に押し付けられる。
仕方ない、彼女には悪いが強引に振り払おう……そう考えた時、ドールが俺にペンを握らせた。
「ドール?」
「時間が勿体無い、練習を始める」
「いや、でも」
「やって」
「はい!」
有無を言わさない迫力。
こうなった彼女は止められない。
怒らせたのは俺だから文句は言えないけど。
◆
……と、まあこんな事があった。
現在、書き写しは一ページも終わってない。
集中力は乱れに乱れ、練習どころではなかった。
「ん、あ……」
「エストリア、変な声出さないで」
「だって、ユウト君が……」
「……」
無意識のうちに左手の指を動かしていたようだ。
チラッと視線を横にズラす。
エストリアの頰は火照っていた。
息づかいも艶かしい。
彼女は明らかに興奮している。
それは俺も同じだが。
「……むぅ」
ドールはぺたりと、自分の胸に触れる。
そして、何かを思いついたようにハッとなった。
直後……俺の右手も、柔らかいモノに包まれる。
「ど、ドール!?」
彼女は俺の右手を引っ掴み、自らの両足の太ももで挟み込んでしまった。
白いタイツのザラザラとした肌触りと、ぐにぐにとした程良い肉つきの柔らかな感覚に襲われる。
「ユウトはこっちの方が好きでしょ?」
「それは……」
「あら、私への当てつけかしら?」
「だったら?」
「……受けて立つわ」
不敵に笑うエストリア。
俺の右手が太ももに挟まれている事を知ると、体を僅かに縮こませ胸の谷間を作った。
そこに差し込まれる、俺の左手。
「どう、ユウト君? 太ももが触りたいなら触らせてあげるけど……コレはドールには無いものよ?」
「……卑怯」
バチバチと、少女達の視線が交差する。
間に挟まれた俺は既に合成魔法の練習など忘れてしまい、ただ両手から伝わる快楽に身を任せていた。
ここが……天国か……
「じゃあ、ここ……!」
「っ! ちょ、そこは色々マズイ!」
「大胆ね、ドール。なら私も……!」
「ふ、二人とも落ち着け! まだ昼間だぞ!? なのにこんな事、まるで––––」
その後暴走を始めた二人を何とか宥め、キチンとした合成魔法の練習を始める。
一昼一夜で完成するものでも無いので毎日コツコツ鍛錬を積む必要はあるが、そういうのは得意だった。