73話・堕ちた勇者
「竹田……お前、何やってんだよ」
「ん? 見たことある奴がいるなぁ」
竹田は目を細めながら俺を見る。
本気で誰なのか分かってないようだ。
だけど、無理もないのか?
彼は元の世界でも、俺と同じく孤立していた。
そして俺達同士も話した事が無い。
かろうじて名前だけは覚えていたが、それだけ。
けど、顔はしっかり覚えている。
今の竹田は何故かフェイルート王国騎士団の鎧を身に付け、その上から赤いマントを羽織っていたが……服装が違えど、見間違う事はあり得なかった。
「俺は矢野、お前と同じくこの世界に召喚された」
「お頭、知り合いなんですか?」
「……あー、居たなそんな奴も」
ポン、と手を打つ仕草をする竹田。
本当に忘れていたようだ。
が、すぐに凶悪な笑みを浮かべる。
「で、そんな元同級生が何の用だ?」
「旅の途中だ。この村に寄ろうとしていたが、ご覧の有り様だった……竹田、お前がやったのか?」
「そうだぜ」
あっさりと、彼は肯定する。
盗賊を率いて、村人を殺害したと。
明らかに日本の倫理観が欠如していた。
「何で……お前は勇者だったろ」
「はあ? 勇者? お前、まだそんな事言ってんのかよ、ダッセー。んな一銭の得にもならねえ見せかけの称号よりも、盗賊やってた方が百倍楽しいぜ!」
「流石お頭! 俺達の救世主!」
竹田の配下と思われる盗賊達が彼を褒めちぎる。
救世主とはどういう事だ?
疑問に思っていたら、ドールが竹田に質問した。
「一つ聞きたい、その鎧はどうしたの?」
「あ? うるせえ……て、中々良い女だな、お前。そっちの黒髪もとびきりの美少女じゃねえか……!」
「答えて」
彼女は一切の感情を見せず、無表情のまま聞く。
エストリアは既に竹田への興味が無くなったのか、傷付いた村人達の手当てをしていた。
「丁度良い……お前ら!」
「へい!」
「俺の武勇伝を聞かせてやれ!」
「分かりやしたぁ!」
すると三人の盗賊が前に出て口を開いた。
竹田は彼らの背後でふんぞり返りながら聞く。
本音を言えば奴の武勇伝なんて聞きたくなかったけど、事情を知りたいので黙っている。
「お頭はフェイルートのクソ騎士団に捕まっていた俺らを解放してくれたんだ!」
「男前!」
「しかもしかも、その時に騎士を何人もぶっ殺して、武器と鎧を奪ったんだあ!」
「最強!」
「そのまま俺達のリーダーになって、賢い戦略で次々に村を襲っては酒池肉林! 毎日夢のようだあ!」
「よ、世紀の大軍師!」
……耳を覆いたくなるような武勇伝だった。
ドールもエストリアも、彼らを汚物を見るかのような冷たい視線で見ている。
要するに亡命した後、盗賊団を乗っ取ってそのまま悪の限りを尽くしていたってワケか。
救いようの無いクズ共だ。
「矢野、同郷のよしみだ。その女二人を差し出せば、お前だけは見逃してやるよ。今日は気分が良いからな、いつもぶっ殺しているが、本当に助けてやる」
竹田はケラケラと笑いながら言う。
その自信はどこから湧いてくるのだろう。
自然と、剣を持つ握力が強まっていた。
「断る。死ぬのはお前だ、竹田」
「はあ?」
「『スパーク』!」
「っ、危ねえ!」
スパークを唱え、電流を放った。
竹田は前に居た連中を蹴って盾のように使う。
当然、そいつらは感電死した。
「アギャアアアアアッ!?」
「今まで散々、面倒見てやったんだ。喜んで死ね」
「仲間に対する言葉とは思えないな」
「仲間? はっ、どーいう意味だそれえええ!」
言いながら、竹田は腰に刺していた鞘から剣を抜いて猛烈なスピードで迫り来る。
が、既に何度も強敵達と戦い、目が慣れていた俺の前ではゾウのような速度に見えた。
体を少しズラすだけで回避する。
加減を知らなかったのか、竹田はそのまま一人で俺の背後にあった民家に突っ込んだ。
「お、お頭!」
「テメエらよくも!」
「ソイツを殺せええええええええっ!」
今まで何処に潜んでいたのか……盗賊が次々と現れ、気づけば二十人前後まで増えていた。
数では圧倒的に不利。
しかし、俺達と盗賊達の実力差は歴然。
何も臆することは無かった。
「ドール、俺はあの馬鹿の相手をする。残りの盗賊全部任せてもいいか?」
「問題無い、ユウトも気をつけて」
「ああ、分かってる」
互いに背中を合わせ、目前の敵と相対する。
「幾百もの風の刃よ、吹き荒れろ『ハンドレッド・エアカッター』」
ドールが風の魔法を詠唱した。
盗賊達の中には魔法使いが存在しないのか、全員武器を振り回すだけで彼女に近くことすら出来てない。
これなら何も心配する事は無いだろう。
そう考えていたら、吹っ飛んで自滅した竹田が起き上がり、何やら口元を動かしながら再び迫り来る。
「くらえ! 『シャドウイリュージョン』!」
すると奴の影が空中に浮き上がり、刃のように形を変えながら背後で蠢いていた。
あれは確か、闇属性の上級魔法。
影に魔力を流し、変幻自在の物質として操る術だ。
影が濃い程威力は高まり、薄いと逆に弱まる。
今は昼間なので影の色は濃かった。
「この猛攻、お前に耐えられるか!」
今度は速度を調節しているようで、俺の少し前で止まった竹田は剣と影を混ぜ合わせて攻撃を始める。
影は枝のように分離していたが、操作している竹田のコントロールが悪いのか楽に避けれた。
「あたるかよ」
「くそっ、避けんじゃねえ!」
苛立ちを隠そうとしない竹田。
そんな奴を見て思う。
低級魔法に闇属性は存在しない。
低級しか使えない俺に、闇属性は扱えなかった。
なんか、見せつけられているようで腹立たしい。
俺は闇に対抗するべく、光の魔法を放った。
「暗闇を払え『ライト』!」
「馬鹿な……!?」
眩い光が照射される。
それだけでシャドウイリュージョンは消滅した。
残ったのは唖然としている竹田だけ。
その間に素早く奴の懐に入り込み、三発殴ってから腕を掴み、背負い投げをして地面に叩きつける。
俺の動きに竹田はまるで反応出来ていなかった。
「ぐあっ……! こ、のお……!」
「これで終わりじゃない」
「ふざけっ––––っ!?」
起き上がろうとした竹田の顔面に、サッカーボールを蹴るような動作で足のつま先を叩き込む。
本当にボールのように転がった。
ボタボタと血を流しながら、竹田は顔を片手で覆いながらヨロヨロと立ち上がる。
驚いた、まだ立てるのか。
「ゆ、許さねえ……絶対に、殺す!」
竹田は持っていた剣を投げ捨て、両手を広げた。
何をするつもりだ?
「炎と風よ! 今一つとなり、渦巻く火炎となりて全てを焼き払え! 『バーニングストーム』!」
直後……奴の右手に炎、左手に小さな竜巻が宿り、それらを合掌するかのように擦り合わせ、巨大な火炎の竜巻を生み出した。
あれは合成魔法か。
意外に器用だな、あいつ。
合成魔法は細かいコントロールが要求される筈だから、奴の苦手な分野だと思っていたが……戦闘と魔法構築の器用さはイコールじゃないって事か。
……なんて、評論してる場合じゃない。
あの規模の魔法は周辺に大きな被害を及ぼす。
俺一人なら回避も防御も容易いが、村が住民達への被害は計り知れないものになる。
なら––––
「バーニングストームの射程範囲はこの村を軽く超えるぞ! ひはは、全員焼け死ねゴミ屑共!」
竹田は錯乱しながら魔法をぶっ放そうとする。
勿論そんな事はさせない。
俺は奴の元へ高速接近しながら魔法を唱えた。
「吹き飛べ! 『ウィンド』!」
出来る限りの魔力を注いでウィンドを行使する。
合成魔法は緻密なバランスの下で成り立つモノ。
なら、そのバランスを崩せばいい。
俺のウィンドは竹田のバーニングストームと衝突。
取り込まれるが、風量が増した事でバーニングストームは不安定になり……乗せていた火炎は消え、ただの竜巻へと変化した。
「な、なにいいいいっ!? ぐ……だが射程範囲は変わらねえんだよ! このままぶちかます!」
竹田は御構い無しに魔法を飛ばした。