70話・手がかりの成果
「おはようございます、旦那様……旦那様?」
「……ああ、マーティーンか、おはよう」
「随分とお疲れの様子で」
「まあ、な」
フラつきながら浴室を出るとマーティーンが居た。
今日は起床後、エストリアとドールが先に風呂へ入った後に俺もすぐ入浴したのでまだ彼と会ってない。
と言うより、意図的に避けていた。
身内ではあるが流石にあの惨状を誰かに見せたいとは思わず、ベッドの手直しもゴーレムに任せている。
「楽しむのも良いですが、日常生活に支障が出ない程度にしておくのをお勧めします」
「……知ってたのか?」
しかし老齢の執事には全て見抜かれていたようだ。
一応、ドールに頼んで防音の魔法を使ってもらったし、行為の最中はゴーレムが見張っていたんだが。
「若い男女が夜中、一つの部屋に集まる。少し考えれば想像するのは容易いです」
「それもそうか……」
マーティーンはさも当然といった風に言う。
確かにいつもはドールとだけ一緒の部屋で眠っていたが、昨日はそこにエストリアも加わっていた。
何かあると思うのが普通だろう。
「時に旦那様、エストリア様は妾という認識で間違ってないでしょうか?」
「ああ、今はそれでいい」
二人を区別するつもりは無い。
が、公にはエストリアの存在を明かせないだろう。
王女を婚約者にしといて、妾が居るとは何事か……と反感を買う恐れがあるからだ。
実際は貴族だろうが王族だろうが、男なら何人かの妾や愛人がいて当然らしいが、表向きには言えないというのが世間の風潮である。
「それからもう一つ、今朝早馬で手紙が届きました」
「何だって?」
「こちらです」
彼から手紙を受ける。
便箋には王家の紋章が記されていた。
差出人はタイダル陛下か?
その場で開けて手紙を読む。
「……マジかよ」
書かれていた内容に、俺は驚きを隠せなかった。
「ドールとエストリアは今どこに?」
「各自の部屋かと」
「二人とも食堂に呼んでくれ、朝食のついでに話すことができた」
「かしこまりました」
マーティーンを見送り、一足先に食堂へ。
ゴーレムがお茶を用意してくれていた。
ティーカップから立ち上る湯気を眺めながら、さっき読んだ内容をもう一度頭の中で反復する。
手紙に書かれていたのは、俺が引き渡したホワイトグリードのゴーグル男について。
情報を引き出すため、今日までずっと尋問や拷問をしていたようだが……成果は、ゼロ。
肉体的に追い詰め魔法で精神にも干渉したようだが、彼は何も知らなかったらしい。
冥府の森襲撃も依頼として受けていたが、間者を何人も通しているようで依頼主の特定は難しいようだ。
その上ホワイトグリードの情報も殆ど無い。
組織の規模や、アジトの位置など。
意図的に情報を与えられてなかったと考えられる。
仮にもランキング七位の実力者でコレだ。
徹底的な情報管理がされているのは間違いない。
何故勇者達と協力していたのかも、結局分からず仕舞いになってしまった。
––––数分後。
ドールとエストリアは駆け足気味にやって来た。
彼女達を見た瞬間、昨夜の行為がフラッシュバックしたが……今はふざけている場合では無い。
煩悩を振り払って彼女達と対面する。
「ユウト君、何かあったのかしら?」
「事件?」
「まあ、ちょっとな」
エストリアは黒のカーディガンを羽織り、ハウンドトゥースと呼ばれる白黒チェック柄のミニスカートを履いている。
ドールはいつもの白シャツに紺のミニスカートと、二人とも既に部屋着だった。
因みに俺は高校の制服を着ている。
唯一の日本の品で懐かしさがあるので、こうして部屋着として重宝していた。
「とりあえず座ってくれ」
三人揃って、いつもの定位置に座る。
俺が上座で二人がすぐ近くに対面するカタチだ。
着席するとゴーレム達が食事を運んでくるが、今は構わずに手紙の内容を二人に伝える。
「実は今朝、陛下から手紙が届いた」
「あの王様から?」
「ああ。で、内容は––––」
実物を見せつつ説明した。
その間、二人の表情は変わらない。
ただの事実として受け止めているようだ。
「––––というワケなんだ」
「厄介な事になったかしら。少しはホワイトグリードについて分かると思ったのだけれど」
「それが今でも、彼らが捕まらない理由。あらゆる国が総出で手がかりを探しても、尻尾を掴む事すら出来なかった」
ドールが言う。
それが本当なら、不気味な組織だ。
バックに大国でも潜んでいるんじゃないか?
素人考えだけど、何処かの国がホワイトグリードを支援して敵対国を弱体化させてるとか。
……流石に陰謀論すぎるか。
「正体が掴めない奴を相手にするってのは、面倒だなあ……かと言って無視も出来ないし」
「向こうの方からまた接触があるかもしれないわ。理由は分からないけど、ケルベロスを狙っていたし、また来てもおかしくないわ」
「そういえば、その辺は大丈夫なのか?」
ケルベロスの傷はまだ癒えてない。
俺が与えた傷は治りかけていたが、特級勇者との戦いで再び深刻なダメージを負ってしまった。
故に今も森に残っている。
「あの子ならリクが付いているから、心配ないわ。私が留守の間は彼が森を守ってくれる約束だから、心配しないで」
「そっか、なら今度見舞いにでも行ってやるか」
実際に拳を交えたから分かるけど、リクは強い。
しかも理性を失った状態であの戦闘力。
万全の状態なら神纏でも勝てるかどうか怪しい。
でも、そんなリクを不意打ちとは言え一度は支配下に置いた奴がいるんだよな。
ゴーグル男はソイツからリクを買ったようだし。
もしかしたらこの先、出会う事があるかも。
「……やっぱり、行くべきなのか」
「何処へ?」
「勇者の里だ」
「ユニヴァスラシスを手に入れるため?」
「そうだ」
ドールの言葉に頷く。
自分一人で全てを守れるとは思っちゃいない。
でも、守れる範囲は出来る限り伸ばしたかった。
低級魔法を研究し、奥の手の神纏もある。
それでも、まだ足りない。
もちろん鍛錬は続けるが、結局俺はどこまでいっても低級魔法使いでしかないのだ。
力が手に入るなら、逃す手は無い。
「なら、近々行ってみる? リクから勇者の里がある場所は聞いているわ」
「何処にあるんだ?」
「かなり遠いわ。最短ルートだとここから国境を越えて【ユナオン】に、更にその先……地理的には【商業都市ラック】に近いかしら。一ヶ月はかかるわ」
「長旅になりそうだな……」
一ヶ月の旅なんて、経験した事が無い。
そもそもフェイルートから離れた事も無かった。
冥府の森はフェイルートの国土だったし。
「でも、面白そう」
ポツリと、ドールが言った。
「そうね、あまり気を張らずに……旅行気分で行くのもいいかもしれないわ。途中で経由するユナオンはアルゴウス王国の領土だけど温泉街として人気だし、商業都市ラックはあらゆる物と娯楽が集まる所として有名かしら」
中々魅力的なワードが出揃っている。
温泉街に、あらゆる物と娯楽が集まる都市か。
ちょっと興味が湧いてきた。
「ユナオンのアルゴウスは知ってるけど、商業都市ラックてのは初めて聞いたな。どんな所なんだ?」
視線をドールへ向ける。
彼女は待ってましたとばかりに解説してくれた。
いつも助かるなあ、ほんと。
「商業都市ラックは昔、三人の商人達が作り出した完全中立都市。何処の国にも属さず、世界中と取引している物流の中心地」
「へえ、なんか凄そうだな」
「……お金があれば何でも叶うけど、逆にお金が無ければ最低限の人権すら保証されない。所持している金額の差で身分が決まる、独自の法で回っている」
後半は微妙な表情で語っていたドール。
確かに歪な法律だ。
所持金の額で身分が決まるって、分かりやすい成金主義でいっそ清々しいな。
「中々愉快そうな所だな」
「ちょっと遊ぶくらいなら、楽しい所。でも、あの都市に取り憑かれて人生を捨てた者は多い」
楽しそうだが、危険な場所でもあるようだ。
けれどそれだけにワクワクしている。
そういう遊びの町には憧れがあった。
「それじゃあ、勇者の里に行くついでにユナオンとラックにも行ってみるか」
「ええ、とても楽しそうかしら」
「ユウトが行くなら、私も行く」
その後、俺達は色々と計画を立てながら話し合う。
修学旅行の予定決めってこんな感じなのかな?
中学の頃は馴染めなくて行く前も後もつまらなかったし、高校は旅行前に召喚されてしまったからな。
でも、今は違う。
愛する婚約者達との旅行だ。
もう既に楽しみで仕方ない。
「移動に関しては、私に任せてくれるかしら?」
「何かアテでもあるのか?」
「ええ、丁度良いのが」
エストリアが自信満々に言う。
彼女なら任せても問題ない。
……こんな感じで、タイダル陛下からの手紙で暗くなった雰囲気は一瞬で吹き飛び、いつのまにか楽しげな空気で包まれていた。
終焉の赤龍だっていつ復活するか分からないし、ずっとそればかり考えていても仕方ない。
人生楽しまなきゃ、損だよな。