69話・両手に華
––––あの後。
エストリアの裸を直視したとか、入浴中に彼女が乱入してきたとか、色々あったけど割愛する。
いつも通りに三人で朝食を終えたあと、俺はドールに話があると言った。
勿論、エストリアと俺の関係について話すため。
するとドールはなにかを察したのか、先に部屋で待っているから時間を置いてから来てくれと言う。
彼女の言葉に従い、たっぷり三十分程時間を空けてから、俺はエストリアを伴いドールの部屋を目指す。
廊下を歩く間は、互いに無言だった。
壁掛け時計の秒針を刻む音だけが響く。
カチ、カチと鳴る度に、心臓の鼓動も一段落上がっているような錯覚に陥る。
つまりは極度の緊張状態。
何故なら俺は今から、婚約者に「浮気をしました」と告白するのと似たような事を言うのだから。
「いいの、ユウト君?」
「あ、ああ。覚悟は出来てる」
「そう……なら、大丈夫ね」
エストリアと並んでドールの部屋の前に立つ。
彼女はやけに落ち着いていた。
その冷静さが羨ましい。
「安心して。仮にドールが貴方を拒絶したとしても、これから先、ずっと私が支えるから」
チクリと胸が痛む。
そのような事態は、浮気して婚約者を乗り換える、という行為そのままを意味している。
まあ、彼女は善意で言っているのだろうけど。
もしドールから拒絶されたら……情けないが、平静を保っていられる自信が無かった。
なら最初から二股紛いの事をするな! と、もう一人の冷静な自分が俺を叱咤する。
ああ、分かっているさ。
全部理解した上で、『今』を選んだ。
二人同時に幸せにする。
それが、俺の甲斐性だ。
「ドール、いるか?」
軽くノックしながら声を上げる。
ガチャリと、扉が勝手に空いた。
恐らく風の魔法か何かで開けたのだろう。
「入るぞ」
「お邪魔するわ」
俺とエストリアは顔を合わせ、互いにコクリと頷いてからドールの部屋に入室した。
実は彼女の部屋に入るのは初めての事なので、ぐるりと室内を見回す。
まだ住み始めて日が浅いからか、必要最低限の家具しか置いてない部屋だった。
けれど本棚だけはしっかりと揃えられていて、多種多様な本が詰め込まれている。
ドールらしい部屋と言えた。
で、当の本人はベッドの上に腰掛けている。
普段の黒いローブ姿では無く、白シャツに紺色のミニスカート、そして白いタイツを履いていた。
「話したい事って、何?」
出会い頭に彼女は言った。
余計な言葉で飾るのは不要らしい。
俺は素直に口を開いた。
「俺とエストリアの関係について、聞いてほしい」
「……うん」
「俺はドールを愛している、そこに間違いはなければ偽りもない。でも––––エストリアも好きなんだ」
「……そう」
我ながら、酷い事を言っていると思う。
世界一最低な告白だ。
でも、一度決めた事は貫き通す。
なんであれ、それが矢野優斗だから。
「最低な事を言っている自覚はある……俺はクズだ。それでも、ドールも、エストリアも、本気で幸せにしたいと思っている、だから––––認めて、ほしい」
「……」
言葉は尽くした。
あとはドールの答えを待つだけ。
彼女の回答を待つ間、時が無限のように感じた。
でも、時間は俺の意思に関係なく進む。
その間に、彼女も自分の考えをまとめる。
結末は確実に迫っていた。
そして––––
「何となく、予感はしていた」
「ドール?」
「エストリア、貴女がいつか、ユウトに好意を抱くと……以前から思っていた」
「……ごめんなさい」
「謝る必要はない」
ドールはエストリアを見ながら言う。
続けて立ち上がり、俺の顔を見た。
一瞬だけ目蓋を閉じて逡巡した後……サファイアのような双眼が開かれる。
「ユウト、私は貴方のモノ。だから気を使う必要は無い。貴方が望むなら、何人愛人や婚約者を増やそうと、私はとやかく言わない」
「ドール……」
「だけど––––」
彼女は、俺に抱き着く。
普段よりも、両腕に力を込めて。
か弱い細腕で精一杯。
「お願い、私を捨てないで。ずっと、ずっと愛して……この命が尽きるまで」
「捨てるなんて……そんな事、するワケ無いだろ」
震える肩に手を置き、抱き返す。
華奢な体を自らの体で包み込む。
言葉と態度、双方で俺の意思を伝えた。
「約束、して」
「勿論」
ドールが顔を上げる。
そして、目を瞑った。
俺も目蓋を閉じて、キスをする。
それが、約束だった。
「……ぁ、ユウト」
「ドール……」
唇を離す。
彼女の潤んだ瞳が目に入った。
まだ朝なのに、情欲が湧く。
「ズルいわ、私も混ぜてくれるかしら」
「んむっ!?」
突然、エストリアに唇を奪われる。
彼女とは本日三度目のキスだった。
それを見たドールがムッとする。
「……ふふ、今後は三人で仲良くやりましょう?」
「あ、ああ。俺もそれ、言おうと思ってた」
「分かってる。だけどユウト」
「は、はい」
「ユウトは隙が多すぎる。他の女に籠絡されないか、真面目に心配」
なんて事を言われてしまった。
「大丈夫よ、ドール。他の女の事なんて考えられないくらい、私達に夢中にさせれば」
「……一理ある」
「それで、早速だけど––––」
俺の婚約者二人はヒソヒソと何か話し始めた。
ま、まあ、仲が良い? のは良い事だよな!
その時、コンコンと扉がノックされる。
俺が出ると、執事のマーティーンが居た。
「こちらにいらっしゃいましたか、旦那様」
「何か用か?」
「はい、実はご相談したい事がいくつか––––」
そのまま仕事の話になったので、二人を部屋に残して俺はマーティーンと執務室へ向かう。
何はともあれ、俺の生活は今まで以上の幸せが約束される事になったのだった。
◆
時は過ぎ、夜。
俺、ドール、エストリアは一つの寝室に居た。
三人並んで眠れる大きなベッド。
その上で就寝前の雑談に興じている。
三人一緒に寝ようと言い出したのはドールだった。
少し意外だと思いつつ、願ったり叶ったりなのでエストリアも同じベッドで寝る事に。
「そろそろ、寝るか?」
「うん」
「そうね、夜も遅いし」
俺は明かりを消そうと、手を伸ばす。
が、その手がピタッと止まる。
衝撃的な光景を目にしたからだ。
「な、な……」
ドールとエストリアが、服を脱ぎ始めた。
躊躇なく脱衣し、あっという間に下着姿へ。
目を逸らす事は不可能だった。
ドールは上下共に青色の下着。
氷の結晶を連想させる複雑な刺繍が施されており、一見未成熟な彼女の肉体を艶めかしく見せていた。
対してエストリアは上下共に紫色の下着。
こちらも妖艶さを醸し出す紋様で、ドールよりも大きい胸部が自己主張していた。
ドールは恥ずかしいのか俯いている。
エストリアは余裕のある表情……だったが、僅かに頰を赤く染めながら言った。
「ユウト君も、早く脱いで」
「ど、どうして」
「貴方に悪い虫がつかないよう、今から調教……じゃなくて、躾けるのよ」
言い直していたが、対して意味は変わってない。
突然の出来事に脳が機能停止した。
なのに性欲だけは際限無く湧き上がる。
この状況に、俺はどうしようもなく興奮していた。
「ど、ドール! お前いつも言ってたよな!? こういう事は結婚前にする事じゃないって!」
「……うん、でも」
震える声で、彼女は言う。
「貴方が取られるのは、嫌だから」
「う……」
熱っぽい視線を向けられる。
ドキリと心臓が高鳴った。
呼吸は乱れ、息苦しい。
「脱がないなら、私達が脱がしてあげるわ」
「うん。動かないで、ユウト」
「あ、ちょ、待っ……」
下着姿の美少女達に衣服をどんどん剥ぎ取られる。
結果、丸裸にされてしまった。
慌てて下半身を隠そうとするが。
「ダメ、よく見せて」
「や、やめ」
ガシッと、ドールに羽交い締めされる。
彼女は魔力操作法まで使って腕力を高めていた。
加えて強引に足を開かされる。
「まだ何もしてないのに、すごいわ……」
「あうっ」
エストリアにピンッと、それを指で弾かれる。
屈辱的だったが、俺はしっかり快楽も感じていた。
そんな俺を見て彼女はクスクス笑いながら言う。
「大丈夫。沢山の本を読んで勉強したから、痛い事はしないわ。単に、私達でしか感じられないよう、ちょっとだけ悪戯するだけよ」
そして、背後のドールに耳元で囁かれる。
「何も考えなくていい……今はただ、私達に身を委ねて……私の勇者様……」
「あ、ああ……」
カクカクと体が震える。
期待、していた。
これから起こる出来事を。
「まずは、普通に気持ちよくなってもらうわ。手と足、どっちがいいかしら?」
「聞くまでもない」
「ふふ、それもそうね」
エストリアのスラッとした細い足が伸びる。
形の良い足の裏が、顔のすぐ近くまで迫った。
思わず擦り付けたくなったが、ドールに凄い力で引っ張られてそれは叶わない。
「よく見て。今からこの足が、貴方の––––」
……それからの記憶は、薄い。
だけど生涯忘れる事の出来ないような、激しい一夜だった事は、脳裏に刻まれていた。