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低級魔法を極めし者  作者: 下っ端労働者
第3章:聖剣に選ばれし者
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68話・告白

 

 翌朝。


 俺は決意を新たに廊下を歩く。

 昨夜はあの後、ドールに飽きるまで踏まれ続けた俺は一人で床に転がされながら眠った。


 身体中の節々が痛い。

 あとでドールに治癒魔法をかけてもらおうか。

 素直に応じてくれるかは分からないけど。


 しかし、流石の俺も反省している。

 婚約者という存在がいるにも関わらず、簡単に誘惑に乗ってしまうのは男として最低だ。


 ドールに愛想を尽かされても文句は言えない。

 これからは芯のある男として生きる。

 エストリアからどんな誘惑を受けても、毅然とした態度で跳ね除ける。


 ……そもそも。

 何故、昨夜のエストリアはあんな行動を?

 俺を唆して何の得がある。


 今更腹の底を探り合う仲でも無いのに。

 しかし、考えれば考える程選択肢は狭まる。

 つまりは……彼女は俺に好意を抱いており、男女の仲として深まりたいからああいう行動に出た。


「……」


 立ち止まって思案する。

 そんな事、あり得るのか?

 ラブコメの主人公のような展開が。


 もし、エストリアが本当に俺の事が好きなら––––ドールには悪いが、嬉しい。

 悪い事なのは分かっているけど、やはり男としては可愛い子の好意は素直に受け止めたいと思う。


 でもなあ……もし勘違いだったら、ただのイタイ奴になって恥を晒すだけだからなあ。

 いやでも、フツーに考えて、好きでも無い男に対して昨夜のような事をするか?


 そっちの方が心配だよ。

 けれど、もし俺の恥ずかしい予感が当たっているなら、彼女が森を出てこちらで暮らすと言った理由にも一応の辻褄が合ってしまう。


 あれは五日ほど前のこと。

 タイダル陛下との謁見を終え、正式に使い魔を貸し出す事を契約したエストリア。


 俺は当初、彼女は森へ帰ると思っていた。

 散々連れ回したのは俺だが、彼女はやはり魔女で責任感の強さから森に残ると思っていたのだが––––


「私、王都に残るわ。住む家は……ユウト君とドールのお家にお邪魔しようかしら?」


 そう言って、今日までに至る。

 まあ、森ではずっと一緒に暮らしていたワケだし。

 今更気にする事でも無いかと、了承した。


 それから数日間は何事も起きなかったが、何故か昨夜、エストリアは突然寝室に忍び込み、俺を誘惑しようと犯行に及んだ……というワケ。


 ドールは心中、穏やかでは無いだろう。

 彼女の信頼も失ってしまった。

 早急に何とかしなければ。


 なんて悶々と考えながら、とりあえず汗を流そうと浴室へやって来た。

 サッパリしてからもう一度考えよう。


 俺はガラッと引き戸を開けた。


「あっ」

「あら?」


 そこには半裸のエストリアが立っていた。

 タオルで胴体を覆っているだけの姿。

 恐らく風呂から出て、体を拭き終わった場面。


 だから水音も着衣の音もしなかった。


「ご、ごめん!」


 慌てて浴室から出ようとする。

 しかし、その前にガシッと腕を掴まれた。

 そのまま引っ張られてしまう。


「急に出て行く必要無いじゃない」

「そ、そんな格好の女と出会ったら、逃げるに決まってるだろ!」

「裸では無いわ」


 風呂上がりのエストリアを見る。

 しっとりと濡れた黒髪に、タオル一枚だけの身体。

 熱気で少しだけ頰が赤く染まっていた。


 その姿に、思わず見惚れてしまう。

 すると彼女はクスリと笑った。

 昨夜見せた、怪しくも美しい顔色を浮かべながら。


「感想はある?」

「ありがとうございます……じゃ、なくて! こ、こんな所で何の用だよっ」


 浴室で女と二人きり。

 またもや危険な香りのするシチュエーションだ。

 これ以上、ドールに嫌われたくない。


 本当なら直ぐにでも出て行くべきだ。

 なのに、俺の男の部分がそれを拒否する。

 何かあるかもと期待して、足が動かなかった。


「別に、大した理由は……無いかしら」


 彼女はクスクスと笑う。

 単に、俺の反応を見て楽しんでるだけのようだ。

 童貞で悪かったな!


「なあ……一ついいか?」

「ええ、何でも」


 真っ直ぐに彼女を見すえる。

 これ以上、悩むのは嫌だった。

 間違っていても、俺が恥をかくだけ。


 なら大したデメリットじゃない。

 意を決して言葉を発した。


「エストリアは……俺の事、好き、なのか?」

「……」


 聞いた途端、彼女は笑みを消した。

 感情を読ませないポーカーフェイスへと変わる。

 地雷を踏んでしまったかと思いつつも、今更引き下がれないので思っていた事をそのまま口にした。


「昨日の夜みたいな事とか、さ。もし、からかってるだけなら……やめてほしい。簡単に引っかかる俺も悪いけど、やっぱりドールには申し訳ないし」

「なら––––」


 そこで初めて、エストリアが口を開いた。


「もし、私が貴方を本気で愛しているとしたら……どうするのかしら?」

「っ……」

「答えて、ユウト君」


 ああ、やっぱり––––

 嬉しさと絶望感が同時に押し寄せる。

 俺は、どうしたらいい。


 他人からすれば、ドールただ一人を愛するのが正解に決まっていると言うだろう。

 でも、エストリアに惹かれているのも事実だ。


 こんな状況、生まれて初めて経験する。

 二人の女の子から好意を寄せられる……それこそ日本にいた頃は、飽きる程妄想していた。


 だけど、実際に直面すると––––何をどう選んでも、誰かを傷つける結果になってしまう。

 なんて風に必死で考えていたら。


「いいのよ、ユウト君」


 彼女が俺の両手を取りながら言う。


「真剣に考えてくれて、ありがとう」

「エストリア……」

「私は、ユウト君の事が好きよ」

「っ! どう、して」


 サラリと、彼女は言った。

 ポーカーフェイスは既に崩れ……魔女では無い、ただの少女としてエストリアは続ける。


「気づいたら貴方に惹かれていたけれど、やっぱりキッカケは––––私を知らない世界に連れ出してくれた事かしら」

「……けど、それは」

「分かってる。仕事だったんでしょう? でも、あの時のユウト君の熱意は、それ以外の感情も混じっていたと私は思うわ」


 事実だった。

 仕事として、彼女に王都を見せて交渉の材料にしたいと考えていた一方。


 純粋に、森の外へ彼女を連れ出したかった。

 世界は広いと、教えたかったのだ。

 例え、自らの醜いエゴだとしても。


「私に、踏み出す勇気をくれた人。それが貴方よ、ユウト君……だから、愛しているわ」


 彼女の顔が、瞳が、近づく。

 キスを迫られている事くらい、流石に分かった。

 それをしたら、最早言い逃れはできない。


 だけど––––


「……」

「……」


 俺達は、唇を重ねた。

 浮気と言われても仕方ない。

 でも、求めた。


 俺はエストリアを、心の底から欲していた。


「……我儘に付き合ってくれて、ありがとう。これで最後だから––––」

「最後じゃない」

「っ! ユウトくっ、!?」


 離れた唇を、再び奪った。

 彼女の腰を抱きしめる。

 ぱさりとタオルが落ちても、構わない。


「ぁ、ん……!」

「っ!」


 今度はより、力強く。

 貪るように重ね合わせる。

 この瞬間だけは、互いにあらゆる立場を忘れ––––相手を欲するただの男女に成り果てた。


「……ん、はぁ……っ!」

「俺、さ」


 唇を離し、真っ直ぐに彼女を見つめる。


「馬鹿で、子供で、おまけにクズで……だから、自分の気持ちには正直に生きたいと思ってる」

「……」

「俺もエストリアの事が、好きだ」

「っ!」

「君が、欲しい」


 ぎゅっと、エストリアは俺の胸元を掴む。

 なにかを堪えるように、彼女は口を開いた。


「いいの、本当に? ドールを裏切る事になるわ」

「ドールにはちゃんと説明する。二人とも愛しているって、そこに格差なんて無い」

「ふふ、すごい事を言っている自覚はあるかしら、ユウト君? 私としては、嬉しいのだけれど」

「責任はとる」


 俺は真人間じゃない。

 一夫一妻の日本で育ったけど、二人の女性を愛してしまったのなら、二人とも愛せばいいじゃないか。


 正直に生きる。

 その信念を、曲げたくなかった。

 いや……信念なんて言葉で取り繕うのもやめよう。


 俺はドールも、エストリアも好きだ。

 だから二人とも幸せにする。

 この気持ちさえあれば、他には何も必要無かった。

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