67話・魔女の誘惑
フェイルート王国は、魔女エストリア・ガーデンウッドと正式な協力関係を結んだ。
エストリアが使い魔という戦力を貸し、フェイルートは彼女に王家秘伝のマジックアイテムや魔法の触媒となる素材を提供する。
最終的にそんな風な取り決めがあったと聞く。
とは言え、両者の中は完全なビジネスライクでも無く……エストリア自身が他者との関わりを求めていたので、彼女は自らが受ける利益に頓着は無かった。
また、貸し付ける使い魔のゴーレムは素材さえあればいくらでも量産できるらしく、エストリアにとってはほぼデメリットの無い契約だったとか。
その辺りの強かさは、流石魔女と言うべきかも。
フェイルートは喉から手が出るほど戦力が欲しいので、断る事も出来なかっただろうし。
タイダル陛下は魔女との協力が結べなくても、他の手を考えると言っていたが、どうやら芳しくなかったようで心底安心していた。
加えてゴーレム達は戦闘だけでなく、壊れた外壁の修理等の雑務もこなせるので、フェイルートの復興に現在進行形で役立っている。
陛下からは「流石はユウト殿、本当にありがとうございます!」とめちゃくちゃ感謝された。
今度、また新たな報酬をくれると約束されたっけ。
金銭、土地と屋敷……次は何だろう。
まあ貰って損は無いから貰うけどさ。
俺は平和に楽しく暮らせれば、それでいい。
––––けど、そう簡単に言ってられない状況になりつつあるのも事実だった。
世界の危機。
リクからの情報で、終焉の赤龍とやらが暴れ回って文明を崩壊させると分かっている。
その事をフェイルートの上層部に伝えた。
当然、彼らは大いに混乱する。
確証は無かったが、魔獣の大量発生や凶暴化と辻褄は合っているのもあり、楽観視はできないと上層部の人々は赤龍の存在を一応は認めてくれた。
まあ、はいそうですかとは信じられないよな。
最悪ホラ話だと突っぱねられる事も考えていたが、皆思慮深くて本当に良かった。
と、まあこんな感じで、森から帰った後は物事が慌ただしくも確実に前へ進んで……一週間が経つ。
俺とドールは仲良く屋敷で暮らしていた。
––––そして、もう一人。
「ふあ……」
「こんばんわ、ユウト君。大きなあくびね」
人の気配を感じ、夜中にふと目覚めた。
パチリと目蓋を開ける。
ボンヤリとした視界には、微笑みながら俺の寝顔を覗き込むエストリアの顔があった。
ついでに言えば、彼女の体は同じベッドの中。
真ん中が俺で、右側がドール、左側が彼女。
そういう形になっていた。
うん、なんで?
寝る時はドールだけと一緒だった筈
エストリアと寝た記憶は無い。
俺は焦りながら彼女に聞く。
「あの、何やってんの?」
「夜の挨拶をしただけよ?」
「や、そうじゃなくて……」
当然とばかりに言うエストリア。
俺が聞きたいのは、何故同じベッドの中に入っているのかという事なんだけど……
「部屋に不満でもあったのか?」
「いいえ、とてもステキな部屋だったわ」
「なら何で……」
すると、彼女は微笑みを消し……怪しげな表情を浮かべながら、クスリと笑うように言う。
「貴方と一緒に居たいから」
「え」
「––––なんて言ったら、殿方は喜ぶのかしら?」
ススッと、彼女は身を寄せて来る。
俺は緊張で身動きが取れなかった。
真夜中なのに、心拍数が跳ね上がる。
「え、エストリア、その、あの」
「ふふ……」
彼女はぐいぐい近づいてきて、いつのまにかピッタリと俺に張り付くような姿勢になっていた。
柔らかい、女性特有の部分が体に当たる。
「は、離れてくれ、これはマズイ」
「どうして?」
「ど、ドールが起きたら大変な事になる」
「なら、それまではいいでしょう?」
今夜の彼女はやたらと積極的だった。
もしかして、これは夢か?
その可能性も十分にある。
「夢じゃないわ……」
「は、はい!」
耳元で囁かれる。
ゾクリと背筋に電流が走るような感覚。
正直なところ、気持ち良かった。
「ユウト君……」
「っ……!」
彼女は右手で俺の体を順番になぞる。
胸、腹、腰、内股……そして、一番大事な部分。
白く細い指がソコに到達する瞬間、俺は叫んだ。
「せ、生理現象! 反射! それだけだから!」
「まだ何もしてないわ」
「これからするつもりなんだろ!?」
「流石ユウト君、名探偵さんね」
「そ、それはシャレにならない! ダメだ!」
理性をかき集めて抵抗を試みる。
今触れられたら、暴発する危険性があった。
ナニがとは言わないけど。
そんな事をしたらドールに見捨てられる。
だから必死で彼女の指先を跳ね除けた。
するとエストリアは驚いたように言う。
「意外ね、貴方はもっと欲望に忠実だと思っていたけれど……」
「お前の中の俺はどう見えているんだ……」
「だってユウト君、こういうの好きでしょう? 女性の方から責められる感じの」
「!?」
とんでもない言葉を聞かされる。
その情報は何処から漏れた。
ドールがバラすワケ無いし……そもそも彼女とそういう事をした覚えも無い。
「実はね、私の蔵書室には使い魔の管理人がいるの。普段は隠れているから姿を見せないけど、その子からユウト君がどんな本を借りていたか聞いて––––」
「何でもしますから、黙っていてください」
そこにはベッドの上で土下座をする男が居た。
何故、友達の女の子から性癖を暴露されるような事態になっているのか……真剣に分からない。
「いいのよ、隠さなくても」
すると、エストリアは優しく声音で言う。
同時に頭を優しく撫でられた。
割れ物を扱うような丁寧な手つきで。
「誰だって恥ずかしい秘密の一つや二つ、持っているものよ。気にしなくていいわ」
「……」
暗に、俺の趣味が恥ずべきモノと言われたような気がしたが……まあ、いい。
今は彼女の子守唄のような言葉に、身を委ねたい。
「それに、婚約者の前でそんな情けないことは頼めないだろうし……」
「あの、もう少し手心を」
流石に傷つくぞ? と抗議するべく頭をあげる。
けれど、それは叶わなかった。
顔を上げた途端、彼女の胸元に抱き寄せられる。
「む、むぐっ!?」
「だから、私の前で曝け出すといいわ。何もかも、ユウト君が本当に望んでいる事を––––私が全部、受け止めてあげる……」
柔らかい感触と良い香りに顔全体が包まれる。
段々頭の中がぼーっとしてきた。
なんかもう、どうでもいいや。
気持ち良くなれれば、それでいい。
「エ、エストリア、俺、もう」
「私にどうされたいの? 貴方の口で直接言ってくれないと、何もしないわ」
飴と鞭を交互に使い分けられる。
俺は泣きそうな顔で懇願した。
しかし。
「お、俺を––––っ!」
言葉は途切れた。
血の気が引いていくのが分かる。
カタカタと震えながら、視線を横へズラす。
いつの間にか、ドールは起きていた。
ぱっちりと目は開いている。
いつも以上の無表情で、ジーッと俺を見ていた。
「……どうしたの、ユウト? 言わないの?」
「いや、あの」
「早く言って、私も続き、聞きたい」
言えるワケが無かった。
彼女の視点から想像してみよう。
夜中、物音がするから起きてみると、自らの婚約者が同居人の女の胸元にしがみ付いていた。
果たして、どんな言い訳をすれば乗り切れるのか。
「あら、眠れるお姫様が起きてしまったわ」
「エストリア……これ、何?」
「ごめんなさい、ちょっとした悪戯よ」
「悪戯」
ドールとエストリアの視線が交錯する。
俺は今のうちに逃げてしまおうと、スルリとベッドから逃れようとしたが––––
「ユウト」
「はいっ!」
あっさりバレた。
直立不動の姿勢になる。
判決を言い渡される罪人の気分だ。
「横になって。床に」
「え……?」
「はやく」
「はい!」
言われた通り、床の上で横になる。
これが罰だろうか?
と、思っていたら……ドールがベッドの上を移動し、座ったまま足を伸ばして俺の顔を踏みつけた。
「ふぐうっ!?」
「ユウト、足が好きなんでしょ?」
「まあ、ドールも大胆ね」
言葉からは、静かな怒りが感じられる。
やはりこれはお仕置きのようだ。
ぐりぐりと素足で顔面を踏み潰される。
俺は黙って受け入れた。
「エストリア」
「何かしら?」
「私、負けないから」
ベッド上では少女の攻防が繰り広げられていた。
強い意志のこもったドールの声音。
エストリアは少しだけ困った風に言う。
「私は別に、そういうつもりじゃ……」
「ユウトは誘惑に弱い。放っておいたら貴方の方に行ってしまうかも」
「それは……そうね。今もお仕置きなのに、彼、喜んでるみたいだから」
エストリアはドールの足に踏まれてる俺を見下ろし、ある一点を指差してながら言った。
ドールは呆れたと言わんばかりな顔になる。
「……もう、お仕置き兼ご褒美で、いい」
「良い婚約者を貰ったわね、ユウト君。ふふ」
「む、むぐう……」
口元を足裏が覆っているのでうまく喋れない。
俺はうめき声をあげながら、ごめんなさいと心の中で何度も謝った。
同時にこの時間が終わらないでほしいとも願った。