66話・今後の方針
「ありがとう、リク。俺がこれから、何をすればいいのか……分かった気がする」
「お主は恩人だ、気にするな」
「ユウト、大丈夫?」
スッと、ドールが俺の手を握る。
「怖い顔、してたから」
「ああ、大丈夫。ちょっと覚悟を決め直しただけだから……そんな事より今の情報、イルザ様やタイダル陛下にも伝えなくちゃな」
「うん、きっと対策をしてくれる」
一度、フェイルート王国に帰らないとな。
報告しないといけない事が沢山ある。
ゴーグル男もロマノフ団長に引き渡す予定だ。
ホワイトグリードは国際的な犯罪集団らしいから、常に各国で指名手配されている。
ランキング七位ともなれば、組織についてそれなりの情報を持っている筈。
騎士団の尋問官が色々聞き出してくれるだろう。
あ……王国と言えばまだ、エストリアから助力する気があるのかどうかの答えを聞いてなかった。
彼女の顔を見ると……いつのまにか考え事は終わっていたようで、今は普通にしている。
何を考えていたのだろう?
まあ、今は別にいいか。
「エストリア、聞いていいか?」
「何かしら?」
「王国に助力する件の、答えを聞きたい」
「ああ、その事ね」
彼女は何でもないように言う。
それが自然すぎて、思わず聞き逃しそうになる。
だけどしっかり、耳には残っていた。
「私はフェイルート王国へ協力するつもりよ? 昨日の夜の時点で考えていたけど……今日、森が襲撃されてよりそうするべきだと思ったわ」
「ほ、ほんとか!」
「ええ」
目を細めながら、エストリアは続ける。
「今、世界は大きく変わろうとしている。私もいつまでも、自分の世界に閉じこもっているワケにはいかないみたいだし」
彼女は、自分自身の気持ちで変わろうとしていた。
あれだけ遵守していた掟を破って。
その両目に迷いは宿って無かった。
「フェイルートの王族を代表して、お礼を言う。ありがとう、エストリア」
ドールが真摯に頭を下げた。
彼女の王族としての矜持が、そうさせたのだろう。
俺も感謝の言葉を告げた。
「俺からもありがとう。エストリアが協力してくれるなら、本当に心強い」
「もう、やめてよ二人とも。私だって、今更貴方達と離れたくないのよ」
そう言って、エストリアは微笑んだ。
ああ、それは確かに。
もうずっと前から三人一緒な気がする。
本当はまだ一ヶ月くらいの関係だけど。
「割り込むようで悪いが、魔女よ。お主が青髪の童女と森で何をしていたのか聞いても構わぬか?」
「あ、それ俺も気になってた」
「……勿論、話すわ」
リクの意見に同調する。
するとエストリアは浮かない表情をした。
隣に座っているドールも暗い雰囲気になる。
「実は––––」
俺は、エストリアから事の顛末を聞いた。
「そうか……浜崎は死んだか」
俺がゴーグル男を追いかけた後、予想通り二人は浜崎と戦闘を繰り広げた。
浜崎は古代魔法とやらを使っていたようで、序盤の方は押されていたが……ドールの起死回生の一手で、あと一歩のところまで追い詰める。
しかし、浜崎は謎の力で暴走してしまう。
取り押さえる事も出来ず、最期にはエストリアが召喚した使い魔によって命を落とした……か。
「ごめんなさい……ユウト君の知り合いだったのよね? 同じ故郷出身の、なのに私」
「気にしなくていいよ。同郷って言っても、殆ど接点は無かったからさ。俺はそれより、二人が無事だった事の方が嬉しいよ」
二人が責任感や罪悪感を持たないように言う。
それは本心だった。
もし、浜崎を生け捕りにする事が出来ていれば、聞きたいことはあったが……その為に二人が危険を犯す必要は、どこにも無い。
クラスメイト『だった』奴らよりも、俺はエストリアやドール……この世界で知り合った人達の方を優先すると、声高に言える。
だから彼女達が罪悪感を覚える必要はまるで無い。
そもそも命のやり取りをしていたのだ。
戦えば、どちらかが死ぬ。
浜崎も新谷も、平気で俺達を殺そうとしていた。
だから反撃しただけ。
文句を言われる筋合いは無い。
「ユウト君が、そう言うなら」
「ああ。でもドール、格上の特級魔法使いをそこまで追い詰めたなんて、凄いじゃないか」
これも心からの言葉。
ドールは上級魔法使いだ。
特級は一つ上の級位とは言え、特級と上級の間には果てしない程の差がある。
その差を、彼女は覆したのだ。
俺が光山を倒したように。
やはり戦いは単純なスペックでは計れないな。
「ユ、ユウトの為に、頑張った……」
ドールは頰を赤らめながら言う。
視線は下に向いていたが、雰囲気から「撫でてほしい」と無言のサインを送っているのが分かる。
はは、それくらいならお安い御用だ。
彼女の頭の上に、優しく右手を置く。
サラサラの髪が心地良い。
「ドール、ありがとな」
そのままゆっくり撫でた。
儚い美術品を扱うように。
細心の注意を払いながら、撫でる。
ドールは満足そうに頷いてくれた。
すると、エストリアが拗ねたように言う。
「あら、私には何もしてくれないのかしら?」
「え? いや、それは……」
確かに彼女も頑張ってくれた。
けど、易々と頭を撫でていいものか。
ほら……ドールは婚約者だから。
なんて事を考えていると、彼女は子供のような笑みを浮かべながら言った。
「ふふ、冗談よ。その気持ちだけで、嬉しいわ」
「な、何だ……はあ、からかうなよ」
クスクスとエストリアは笑う。
男を手玉に取るのが上手な魔女さんだ。
俺の婚約者が拗ねるので、やめてくれません?
「お主達は、仲が良いのだな。良き事だ」
「ワオン!」
神獣親子にそう言われる。
と、リクは少しの間目を瞑り、何かを思案する素振りを見せ……パチリと目蓋を開けた。
「うむ、これも運命。ヴィナスの……いや、人と人が紡いだ結果の導きか」
「急にどうした、リク?」
彼は難しい事を口走る。
「悪いな、歳を取ると独り言が多くなる」
「貴方が言うと、笑い事じゃ済まなくなるわ」
「安心しろ、我はまだまだ生かされる」
生かされる?
奇妙な言い回しだった。
リクは言葉の意味を解説する。
「神獣とは、産まれながらにして世界の終わりを見届ける義務が付いて回る。故に我らの寿命は、世界が滅ぶその時まで続く」
「要するに、俺達人間からしたら永遠に等しい時間を生きるって事か?」
「左様だ」
ふーん、とリクの話を聞く。
世界の終わりまで、生き続ける宿命ね。
まるで心中だな、なんて。
「うむ……? 話しが逸れたな。我の命など今はどうでもよい、それより重要なのは––––ユウト」
「ん?」
リクは俺を、真剣な眼差しで見る。
気の良いお父さんから一転、壮大な宿命を背負った生命体としての威厳を感じた。
「我は……お主にユニヴァスラシスを託したい」
「お、俺に?」
「そうだ。ユウトならば、きっと世界を良くする為に聖剣の力を使ってくれる……そんな予感がするのだ。最も、現物はまだ封印されたままだが」
「……つまり、ユウトにユニヴァスラシスの封印場所を教えてくれるの?」
「そうだ、童女よ」
俺が……聖剣を受け継ぐ?
いいのか? こんな簡単に決まって。
そう思っていたら、エストリアが口を開いた。
「いいんじゃないかしら? ユウト君以外の勇者の手に渡っても、面倒だし」
「ユウトなら、大丈夫」
凄い……信頼です……
二人は俺が悪用するとは微塵も思ってないようだ。
いや、実際するつもりなんて無いけどさ。
「なんか、成り行きみたいで申し訳ないな」
「安心しろ、ユウト。大抵の出来事はそういう『流れ』で出来ている。大事なのは流れに乗ったあと、どう生きるかだと、我は思っている」
リクが言う。
最低千年間は生きているご長寿さんの言葉だ。
説得力のある言葉は、決意の後押しをしてくれる。
「––––分かった。聖剣ユニヴァスラシスが封印されている場所を教えてくれ、リク」
聖剣を、かつて勇者が使っていた剣を受け継ぐ。
考えてみれば、亡命した他の勇者達が剣を手に入れ、悪用する可能性もある。
なら、俺が先に回収しておくのも悪くない。
使い勝手が良いならそのまま使うけど。
力そのものには、善も悪も無いのだから。
「良い返事だ、ユウト」
そして、リクは聖剣の所在を口にした。
「聖剣は、地下深くに広がっている【試練の大迷宮】の最奥に封印されている。だが、その大迷宮の入り口がある真上の土地は現在『勇者の里』と呼ばれる隠れ里の住人達が占領している。そしてその里に立ち入る条件だが––––勇者の血を体に流す者だけが、里の出入りを許されるそうだ」
彼の話しを聴き終えた俺は、思う。
ああ、また新たな冒険が始まるな、と––––
それは嬉しくもあり、悲しくもあった。
だって俺、屋敷持ってるのに住めて無いじゃん……
今日で第2章:冥府の森の魔女は終わり、明日から第3章が始まります。
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