表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
低級魔法を極めし者  作者: 下っ端労働者
第2章:冥府の森の魔女
64/118

64話・重なる拳

 

 少し、驚いた。

 ケルベロスが「借りは返す」と言うなんて。

 案外、義理堅い性格なのかも。


 何だかんだでエストリアには従っているし。


「……と、アイツを捕まえないと」


 蹴り飛ばしたゴーグル男を見る。

 彼はヨロヨロと立ち上がっていた。

 さっきまでの威圧感は微塵も感じない。


「ああ? メンドくせえ、殺しちまえよ」

「聞きたい事が沢山あるんだ、殺すなよ?」

「ハッ! まあテメーが追い詰めたんだ、好きにすればいいさ」


 殺気を放つケルベロスに忠告しておく。

 今日の彼はやけに素直だった。

 想像以上に弱っているのかもな。


 少しだけドールが魔法で傷を癒してたけど、それも応急手当ての域は出ない。

 早く森に残っている二人と合流しなければ。


 それに浜崎は特級勇者だ。

 エストリアが居るから、大丈夫だと思うけど。

 万が一って事も考えれる。


 だからなるべく早くゴーグル男を捕らえたかったが、彼の方はまだやる気のようだった。

 フラつきながら、俺達を強く睨む。


「もう勝ったつもりか、ガキ共……!」

「そりゃ、まあ。強欲の魔本も、神獣も無い。今のアンタに何が出来るんだ?」


 そう言うと、ゴーグル男は怒りを露わにした。

 ぎりり、と奥歯を噛み締めている。

 握られた拳は小刻みに震え、憎悪を募らせながら魔法の呪文詠唱を始めた。


「飢えた群狼よ、我に従え顕れよ!『サモン』!」


 性懲りも無く召喚魔法を唱えたゴーグル男。

 彼の周囲に複数の魔法陣が浮かぶ。

 光の中から出現したのは、黒い狼。


 フェンリルと違い、大きさは地球にも存在している狼とそう変わらない。

 そういえば、ニホンオオカミは絶滅したんだっけ?


 目前の黒狼はタイリクオオカミに似ている。

 威圧感はリクに遠く及ばないが、軍隊のように一匹一匹が統率された雰囲気を感じた。


 その数は十五匹。

 五匹ずつのグループに分かれていた。

 全匹、俺とケルベロスを睨んでいる。


「コイツらは常に腹を空かせてる魔獣だ。群れで狩りを行い、獲物は甚振ってから食い殺す……お前らの死に様にピッタリの処刑人だ、やれ!」


 ゴーグル男が命令を出す。

 すると十五匹の黒狼が一斉に動き出した。

 円を描くように俺達を素早く取り囲む。


 だが……


「なんだあ? ハエみてーな犬っころだな、邪魔くせえ……失せろ」


 一言、ケルベロスが告げる。

 途端に黒狼達の動きがおかしくなった。

 ほぼ全ての黒狼がブルブルと震えている。


 どう見ても、武者震いでは無く単なる恐怖だった。


「な、何してる!? 早く奴らを殺せ!」


 焦るゴーグル男。

 しかし黒狼達は一歩も動かない。

 どういう事だろうか?


「ケルベロス、お前何かしてるのか?」

「別にい? ただ、コイツらは俺の下位互換みてーなモンだからよお。上には逆らえねーンだよ」


 成る程。

 確かにケルベロスは四足獣の幻獣種。

 カテゴリーとしては似ていた。


 黒狼達は本能で悟っているのだろう。

 例え瀕死の状態でも、自分達では勝てないと。

 その恐怖が、主人の命令を上回っている。


 次第に一匹ずつ、黒狼は退去していく。

 光の粒子になって消え去る様子を、ゴーグル男は止める事も出来ずに呆然と眺めていた。


 やがて、黒狼は一匹残らず退散し––––


「う、うあああああああああああっ!?」


 ゴーグル男は無謀にも拳を振り上げた。

 そのまま喚きながら俺達へ迫る。

 錯乱しているのは誰の目から見ても明らかだった。


 追い詰められた人間は、見るに堪えない。

 さっさとトドメを刺してしまおう。

 俺は殺さない程度に拳へ魔力を込める。


「待った、一発だけオレにも殴らせろ」

「……まあ、それくらいなら」

「分かってんじゃねえか、ならいくぞ!」


 ケルベロスも拳を握る。

 そして二人の呼吸を合わせながら––––ゴーグル男の顔面を狙って、ストレートパンチを繰り出した。


「ごはあっ!?」


 バキンッと、彼のゴーグルが割れた。

 そのまま鼻血を流しながら、倒れる。

 見下ろすと、既に気絶していた。


 これが、ホワイトグリードのランキング七位。

 案外大したことなかったな。

 上はもっと、強いのかもしれないけど。


 そんな風に思いながら、氷の低級魔法でゴーグルを付けていた男の体を凍らせて身動きを封じておく。

 ……コイツ、どんな名前だったんだろ?




 ◆




「ンで、これからどーすんだ?」

「森に戻って、エストリア達と合流する」


 ケルベロスに聞かれるが、悩む事なく答える。

 しかし、問題が一つあった。

 未だ意識を取り戻さないリクである。


 どのくらいの期間、洗脳されていたのかは分からないが……最悪、このまま目覚めないなんて事も。


「チッ、おいリク! さっさと起きやがれ!」

「待て待て待て! 何してんだ馬鹿犬!」


 突如ケルベロスがリクの頭を叩き始めた。

 ブラウン管テレビじゃねーんだぞ!

 この世界テレビ無いけどさ!


「ああっ!? 誰が馬鹿犬だ!」

「あのな、そんな乱暴な方法で起きるワケ––––」

「……ウ」

「……まじ?」


 ゆっくりと、リクの閉じていた目蓋が開かれる。

 その瞳はルプスと同じ色をしていた。

 キチンと正気に戻っていると思いたい。


「ほらな? こんくらいで丁度良いーんだよ。ったく、お前ら人間は脆すぎるぜ」

「んな極端に言われてもな……まあ、とにかく」


 俺はリクの前に立ちながら言う。


「あー、初めまして」

「……ここは何処だ? お主は何者だ?」


 すげえ、獣のまま人間の言葉を話してる。

 ケルベロスも人語を理解して話してはいるが、幻獣姿の時は喋ることができない。

 小さくない衝撃を受けつつも、冷静に振る舞う。


「俺は矢野優斗、貴方のお知り合いのエストリア・ガーデンウッドの友人です」

「なに、魔女の?」

「ソイツの言ってる事はホントーだぜ」


 ケルベロスがリクに言う。

 彼の口ぶりだと、顔見知りのようだけど。


「小僧、貴様も居たのか」

「まあな。あと小僧呼びやめろ」

「気が向いたらな……フム、お主はどうやらただの人間では無いようだが……」


 ジロジロと俺を観察するリク。

 少しばかり警戒しているようだ。

 とは言え時間に余裕があるワケでもない。


 俺は早速本題に入った。


「すみません、時間がないので手短に。まず、今まで何があったのか説明します」

「頼む、我も混乱していてな」


 それからリクに事の経緯を話した。

 冥府の森に侵入者が現れ、ケルベロスを攫い……自らが洗脳されていた事実を。


 全てを聴き終えたリクは、目を丸くしていた。


「なんと、そのような事態になっていたとは……すまぬ、人間。不甲斐ない我が迷惑をかけた」

「いえ、貴方も被害者の一人ですよ」

「この場ではいくら詫びても足らぬ、とにかくエストリア達と合流しなければ––––む、噂をすれば」


 バサバサッと、退避させていたワイバーンが何かを見つけたように空中で旋回している。

 その先には……また別のワイバーンに乗った、エストリアとドールの姿があった。


「二人とも! 無事だったか!」


 急いで駆け寄り、安否を確認する。

 着陸してワイバーンから降りたエストリアとドールは、それぞれ口を開いた。


「ええ、私は問題無いわ」

「私も。かすり傷くらい」

「そうか、良かった……」


 二人の体を見る。

 本当に大きな傷は無いようだ。

 とりあえず、これでようやく安心できる。


「ユウトこそ、大丈夫?」


 ドールが心配そうにしながら言った。

 エストリアもジッとこちらを見ている。

 俺は二人を安心させる為、言葉を紡いだ。


「まあな、それにケルベロスもリクも取り戻した。全員五体満足だ」


 積もる話は互いに山ほどあったが、いつまでも野原に居たのでは落ち着かないので、話し合いはエストリアの館に戻ってからと決まる。


 何はともあれ……冥府の森の襲撃事件は、これにて一応の解決を迎えたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ